視界が歪んだ気がした。
大きな事故から発展して事件になった。
それは彼女の勤め先の近くて、彼女は巻き込まれた可能性が高いと冷たい汗が背中に流れる。
俺はスマホを見る。
席を外して連絡したい気持ちがあったけれど……――
「なにしている、早く準備しろ!」
「はい!!」
隊長からの声がかかる。いつも緩めな職場だが、こうなると一気に緊張感が増す。
防護服に袖を通しながら、その短い時間で頭をフル回転させる。
彼女のことは確かに気にはなる。でも、一瞬抜けてしまった時間で、助けられるものが助けられなかったら?
それを彼女は〝よし〟としてくれるだろうか。
胸を張って彼女に会えるだろうか。
パチンとボタンを留めた瞬間、気が引き締まる。
俺は――救急隊だ。
医療道具を肩に担いで、ヘリに乗った。
結果として、彼女は事故に巻き込まれていなかった。
でも、ギリギリなところではあったらしい。
家に帰って、迷ってしまったと言う話しを彼女にこぼした。すると背中から抱きしめてくれた。
「それでいいんですよ」
そう笑ってくれる彼女に、心が軽くなった。でも心に刺さるトゲは抜けきれない。
「でも、優先にはできないよ」
「ここで優先にされたら、私、怒っちゃいますよ」
そこ、怒るの?
そう驚いて、彼女に視線を向けた。抱きしめる腕の力を抜いて正面から笑顔を向けてくれる。
「私は、お仕事をしている姿が好きなんですよ」
屈託のない笑顔は、その言葉が本当だと教えてくれる。
俺も。
俺も、そう言い切れる君だから、好きなんだよ。
おわり
お題:岐路
黄緑色の炭酸、その上にはバニラアイス。ちょんと乗る鮮やかなさくらんぼ。
ふたり、共通の好きな飲み物であり、思い出の飲み物。
元は青年が好きで集めていた飲み物。それを色々な人に配っていた。彼女もその一人だった。
今では――
ちらりと視線を向けるのは、正面にいる恋人。
視線を感じたのか、彼女もこちらを見つめてくる。ふわりと優しい微笑みも一緒に。
「どうしたんですか?」
「ううん」
ぼんやりと彼女への視線を逸らさないまま。
「ど・う・し・た・ん・で・す・か?」
笑顔はそのまま崩さず、少しだけ強い口調で、青年に声をかけてくる。
「本当になんでもないんだ」
からからと、クリームソーダをかき回しながら視線をクリームソーダに向けた。
「そばに居てくれて、嬉しいなって」
彼女の手が伸びて、青年の手の上に重ねられる。
「ふふ、私もです」
改めて、青年は彼女に視線を送る。
色々な人が自分の気持ちを押し付けてくる中で、青年の気持ちを考えてくれる人。いつしか惹かれ、想いを告げた人。
この先。何があっても、ずっとそばに居て欲しい人。
おわり
お題:世界の終わりに君と
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
なんで、こんなことになったんだよ。
この都市は、楽しいこと全振りなのは分かっていたけれど、そのお鉢が回ってきた。と、思う。
たった一日のレディースデーを作るのは良い。
でも、それを女性へのサービスではなく、職員を全員女性にするサービスって、どう考えてもおかしいでしょ。
それが罷り通る職場だし、都市だから怖い。
俺は金髪のカツラに、フリルのワンピース。化粧は別の職場の女性陣が全力を向けてくれた。それはもう楽しそうに……。しかも徹底的にとムダ毛処理までされた。本当に泣きそうです。
確かに。格好良いか、可愛いかで言われると、可愛い方の部類に入るとは思う。でも、こんな姿をしなきゃいけないのは嫌だー!
なにより、彼女にこんな姿を見られたくない!
そんなこと思うけれど、彼女はこういうお祭りデーの時にこそ、お店に来ない。
だから大丈夫だろう、多分。
カランカランと、お店のドアの音が響く。
職員は一斉にお出迎えの声を出した。
「「「いらっしゃいませー!」」」
来店したお客さんの顔を見て、俺は固まった。
彼女ご来店。しかも職場の友人たちと。
他の店員を見て笑いつつ、俺と目が合う。そうして、そばに来てくれた。
「可愛いですよ。あとでサービスしてくださいね」
よく表情の変わるタイプの彼女とはいえ、ここまでの笑みは早々ない。それほど嬉しそうかつ、楽しそうな微笑みを俺に向けて言ってくれた。
ほんと、最悪だ。
見られたくなかった。
俺は、彼女にだけは格好良いって言われたいのにー!!
おわり
お題:最悪
仕事中、怪我をしてしまい病院にきた。
彼に会えないかなと、周りを見回してしまう。
その様子を察したのか、彼の先輩が、〝あっちにいるよ〟と教えてくれた。
やっぱり、会いたくて。
いつも会えるのに、会いたくて。
早る気持ちを抑えられなくて、足早に足を進める。
ベンチまで歩く。
彼の姿が見えないけれど、どこへ行ったのかな。
そう思って周りを見たら、そのベンチに横になっている彼を見つけた。
小さく、彼の名前を呼ぶ。
反応は無い。
もう一度、耳元で名前を呼ぶけれど、一緒だった。
疲れているんだな。
そう思うと、彼を起こすのは申し訳なくて。
音を立てないよう、彼の頬に唇を乗せた。
「いつも、本当にお疲れ様です」
感謝を込めて言葉を残し、足音を立てないようにこの場を後にした。
寝ている彼にキスをしたなんて、恥ずかしくて言えない。
―――――
耳が熱い。
人の気配が恋人だと気がつくのに時間がかかった。それと生まれた小さなイタズラ心。驚かそうと思ったのに、逆に驚かされた。
彼女が立ち去って、人の気配が無くなってから身体を起こす。
「起きてたなんて言えない……」
おわり
お題:誰にも言えない秘密
新しい家、新しい部屋。これから一緒に住む家。
全てが新鮮な気持ちになる。
「ごめん。これどこに置けばいい〜?」
「あ、はーい」
大切な彼からの声に振り返ると、ダンボールを抱えて廊下を歩いてくる彼が見えた。そのダンボールには〝いま〟の文字。
「これは、居間に置きたいものなので、この辺りに置いて、ソファが届いたら開けましょう!」
「りょうかーい」
彼はてくてくと歩いて指示に従ってくれる。
予定が合わず、先に彼の荷物を入れてくれたので、手伝ってくれていた。
「ごめんね、あまり広い部屋を選べなくて」
と言ってもワンLDKの部屋なのだから、ふたりで住むには充分だと思っていた。
「そんなことはありませんよ」
彼のそばに寄り添い、その肩に頭を乗せた。
「その分、傍にいればいいと思います」
ひとつ、間を置いてから彼が強く抱き締めてくれる。
「そうだね。そのための家だ」
部屋が狭くても、ここは私の大切な場所になるんだ。
おわり
お題:狭い部屋