いつもにも増して、視線が痛い。
頬を膨らませた恋人が、正座した俺の目の前で仁王立ちしていた。
心当たりは、まあまあある。
アレかな、コレかな。
あ、この前、彼女用のクリームソーダを勝手に飲んだからかな?
考えれば考えるほど、心当たりしかなくて苦笑いしてしまった。
「え、えっとね、喉が乾き過ぎたのと、甘いものが欲しくてつい……」
思い当たるものが多過ぎるが、その中で当たりどころの大きいものから、謝ろうと言葉を選ぶ。
「そんなことで、怒りません。あ、嘘です。今度、クリームソーダ買ってきてください」
アレ? これじゃない?
じゃあ、どれだ?
思いついたものを片っ端から謝罪していくが、どれも違った。
話せば話すほど、彼女の首は横に振られ、的が外れていく。
なんだ〜?
なんで、こんなに怒っているんだ〜?
頭の中に宇宙の渦のようなものが出来上がっていく。
「今日、お仕事しているところ、見えたんです」
彼女がゆっくりとしゃがみ、俺と視線を合わせてから、静かに話し始める。
それは、今日の仕事のこと。
思い起こすのは、救助を優先し過ぎて、少し危ないことになりかけた。隊長からも、その事はコテンパンに怒られたけれど、まさかそれを見られた?
彼女が正面から俺を抱き締める。
「もっと自分を大切にしてください。私が怒っているのはそこです」
顔は見えないけれど、涙声になっているのは分かった。
彼女が一番怒ること。
俺自身が、俺を大事にしない時だった。
逆ならきっと俺も同じ怒り方をするなと思うと、申し訳なさが増して、彼女を強く抱きしめ返した。
「ごめん。本当に、ごめんね」
おわり
お題:「ごめんね」
「すっかり夏だねぇ」
「その割には湿度が高くないから、過ごし易いですよね」
居間にあるベランダへ出られる大きな窓から、日が差すとある休日。
二人はソファに座りながら、喉を潤す。透き通った琥珀色の飲み物に氷が入り、ストローを回す。グラスと氷がぶつかり、からんからんと涼やかな音を立てていた。
「明日も暑いのかな」
「んーっと……」
彼女はスマホですいすいとアプリを立ち上げた。
「明日も暑いみたいです」
「そっか〜……」
なんとも嫌そうな声に恋人が疑問符を浮かべる。
「夏や暑いの、嫌いでしたっけ?」
恋人の至極単純な疑問に、青年は彼女から視線を逸らした。
「別に嫌いじゃないけど……君が半袖の薄着になるでしょ。それが嫌なのっ」
背中から彼女の強い視線を感じる。
思春期の学生じゃないのに、こんなふうに思う青年は顔も耳も熱くなっていた。
おわり
お題:半袖
「「から〜い!!」」
夕飯を囲むのは、お土産と貰ったカレー。
〝美味しいから!〟と渡されたカレーは激辛だった。
二人は大の甘党。特に彼女は辛いものは苦手で、テーブルに突っ伏してしまっていた。
顔を赤くし涙目の彼女。
自分も辛いものは苦手だけれど、彼女はもっとだ。
「うぅ……地獄だぁ……」
二人頷きながら、スプーンを進めていく。
「食べ終わったら、いいものあげる」
「ほんと!?」
「もちろん!」
「分かった、食べる!!」
辛い中にもうま味を感じて、口に運んでいった。
食べ終わると青年は冷蔵庫から、とっておきのものを出してくる。
「じゃーん!!!」
青年が持ってきたのは、シュワシュワの炭酸にバニラアイスが乗った二人の大好きな飲み物。
「あ、クリームソーダ! 見たことないやつ!」
「そうなの、また新しく見つけたんだー!」
彼女のきらきらした瞳がクリームソーダに釘付けになる。ひとつを彼女の前に差し出すと嬉しそうに受け取った。
ストローを刺して吸い込むと、喉に通る炭酸が心地好い。
「「あまーい!!」」
思わず声が揃ってしまった。
「ふふ、天国です」
カレーで汗をかいた後に、口に含む涼やかな炭酸とクリームの甘さが口に広がると、満面の笑顔が青年に向けられた。
おわり
お題:天国と地獄
昨日は仕事が上手くいかずに、雨に当たって反省しまくっていたところ、恋人に見つかり自宅へ連行、自分の身体を大事にしなかったことへのお説教が待っていた。
これも反省だなと考えながらお風呂に入ったあと、温かいココアと一緒にそばにいてくれた。
「大丈夫だよ」
という言葉と共に。
今日は仕事も休みだから二人でゆっくりしていると、雨の音もしなくなった。
「雨、止みましたね」
窓の外を覗いた恋人が笑顔で言う。
どんよりした空気と気持ちは、天気と共に軽くなったのが分かる。いや天気だけじゃない。
「今日、月は見えそう?」
そう彼女に言うと
「うーん……まだですね」
「今日は難しいかな?」
「寝て待てば出てきてくれるんじゃないでしょうか」
「寝て待てって?」
「そう!」
屈託なく笑う彼女に、楽しさが込み上げて、不覚にも笑ってしまった。
「お月さまにご用事が?」
首を傾げて笑う恋人。
「そうですねぇ。明日の仕事は更に頑張れるように、お願いしようかと」
冗談交じりで言うと、彼女は笑って〝大丈夫ですよ〟と返してくれる。
「じゃあ、早いけど。寝て待つ?」
「そのまま起きられないかも」
ひとしきり笑ったあと、片付けをして、月が出るのを待つことにした。
そんな〝寝待ち月〟の夜。
おわり
お題:月に願いを
この街では雨が少ないのに、仕事で失敗した時に限って雨が降るんだ。
空を仰ぐと、灰色がかった雲から落ちてくる雫。
この雨は頭を冷やせと言っているのだろうか。
悔しい。
今日のアレはもっと早く対応出来たはずだ。
アレも、丁寧な対応が大事だったじゃないか。
隊長にも、先輩にも、まだまだ及ばない。
悔しい。悔しい。悔しい。
「なにやってるんですか!!?」
悲痛な声が響いた。
重くなった頭をゆっくりと持ち上げると、彼女が顔面蒼白で走ってくる。
「傘もささずに、こんなに濡れて!!!」
「あ……」
「お医者さんが不養生なんて笑えませんよ!」
こんなに声を上げる彼女は珍しい。
こちらに傘を向けるが、そうなると彼女が濡れてしまう。だから傘を押し返した。
「押し返さないっ!」
「でも濡れちゃうよ」
「今はあなたを濡らさないようにするの!」
「いいんだ」
「よくない!」
様子がおかしいのは、きっと伝わっている。だから、こんなに怒るのかな。
「今日、たくさん失敗しちゃってさ。少し反省したい気分なんだ」
そう笑う。すると、彼女はより一層頬を膨らませた。
「反省なら、温かいお風呂の中でもできます!」
彼女が俺の腕を手を取る。
「帰りましょう」
もう少し雨に当たりたかった。そういう気分だったのだ。
「俺はもう少し……」
「やだ」
彼女を見上げると、雨のせいか瞳が潤んでいるように見えた。そして彼女の言葉。〝だめ〟という言葉ではなく、〝やだ〟だったのだ。
注意ではなく彼女の意志だ。その強い瞳に抵抗する気持ちは無くなった。
「雨……止まないね」
自分の気持ちのように降り続ける雨。
そんな小さく呟いた言葉に振り返りもせず、彼女は袖を更に強く引っ張る。
「大丈夫です」
軒下に着いた彼女は笑顔で振り返った。
「今は止まないかもですが、明日には止みますよ」
重い気持ちを払拭させる彼女の微笑みにつられてしまう。
「自分を追い込んでもいい反省は出来ません。だから一緒に温かいご飯を食べて、お風呂に入って、しっかり反省しましょ。大好きなハンバーグ、作りますから!」
ひとりじゃない。
そう伝えてくれる、彼女の言葉に、濡れているにもかかわらず抱き締めてしまった。
おわり
お題:降り止まない雨