とある恋人たちの日常。

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 この街では雨が少ないのに、仕事で失敗した時に限って雨が降るんだ。
 
 空を仰ぐと、灰色がかった雲から落ちてくる雫。
 この雨は頭を冷やせと言っているのだろうか。
 
 悔しい。
 今日のアレはもっと早く対応出来たはずだ。
 アレも、丁寧な対応が大事だったじゃないか。
 
 隊長にも、先輩にも、まだまだ及ばない。
 
 悔しい。悔しい。悔しい。
 
「なにやってるんですか!!?」
 
 悲痛な声が響いた。
 重くなった頭をゆっくりと持ち上げると、彼女が顔面蒼白で走ってくる。
 
「傘もささずに、こんなに濡れて!!!」
「あ……」
「お医者さんが不養生なんて笑えませんよ!」
 
 こんなに声を上げる彼女は珍しい。
 こちらに傘を向けるが、そうなると彼女が濡れてしまう。だから傘を押し返した。
 
「押し返さないっ!」
「でも濡れちゃうよ」
「今はあなたを濡らさないようにするの!」
「いいんだ」
「よくない!」
 
 様子がおかしいのは、きっと伝わっている。だから、こんなに怒るのかな。
 
「今日、たくさん失敗しちゃってさ。少し反省したい気分なんだ」
 
 そう笑う。すると、彼女はより一層頬を膨らませた。
 
「反省なら、温かいお風呂の中でもできます!」
 
 彼女が俺の腕を手を取る。
 
「帰りましょう」
 
 もう少し雨に当たりたかった。そういう気分だったのだ。
 
「俺はもう少し……」
「やだ」
 
 彼女を見上げると、雨のせいか瞳が潤んでいるように見えた。そして彼女の言葉。〝だめ〟という言葉ではなく、〝やだ〟だったのだ。
 
 注意ではなく彼女の意志だ。その強い瞳に抵抗する気持ちは無くなった。
 
「雨……止まないね」
 
 自分の気持ちのように降り続ける雨。
 そんな小さく呟いた言葉に振り返りもせず、彼女は袖を更に強く引っ張る。
 
「大丈夫です」
 
 軒下に着いた彼女は笑顔で振り返った。
 
「今は止まないかもですが、明日には止みますよ」
 
 重い気持ちを払拭させる彼女の微笑みにつられてしまう。
 
「自分を追い込んでもいい反省は出来ません。だから一緒に温かいご飯を食べて、お風呂に入って、しっかり反省しましょ。大好きなハンバーグ、作りますから!」
 
 ひとりじゃない。
 そう伝えてくれる、彼女の言葉に、濡れているにもかかわらず抱き締めてしまった。
 
 
 
おわり

お題:降り止まない雨

5/25/2024, 1:01:46 PM