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6/27/2023, 3:14:26 AM

ドクリ、
心臓に杭を打たれたような衝撃が走り
私は思わず「それ」から目を背けた


ここがスクランブル交差点のど真ん中でよかった
突然俯いて立ち止まっても
有難いことに全く目立たない


「なりたい自分になろう!」
「自分を愛し、全てを愛する」

最近よく聞くようなキャッチコピーを唱えながら
晴れやかな表情でスクリーンの中から
大衆に笑顔を振りまく彼女は
最後に会った時より何十倍も綺麗になっていた


君と最後に会った日、
あれから何年経っただろうか

あの時のビジョンがふいに脳裏に流れ始める

私は未だにあの日を生きているのかもしれないというくらい、全てが鮮明に蘇った
今だって手を伸ばせば
彼女の頬に触れられそうなくらいだ



「未来はまさにあなただけのもの」



私の中途半端に宙に浮いた手が
空気を掴むと同時に
スクリーンが切り替わり、
お昼のニュースが流れ始めた


交差点の信号がチカチカと点滅し始める
もうお前の彼女はどこにもいないのだと、
はやく目を覚ませ、と急かすように
青色が心臓の動悸のように早鐘を打つ

私は俯いたまま
雑踏の中に重い1歩足を踏み出した

6/23/2023, 7:11:03 AM

「お姉さん美人だね、1人なの?」

非日常は日常には勝てない

人生は日常の積み重ねだから

非日常はせいぜい
クリームソーダのさくらんぼに過ぎないのだ

「今相手は?フリー?」

あのたった一つの
さくらんぼが食べたくて
クリームソーダを頼む人は稀だ
みんなクリームソーダが飲みたくてあれを頼む

「まじ!?こんな綺麗なのに?勿体ねえ〜」

センスのないリミックスが流れた小さな箱の中、
下品なライトに照らされた
私と同じくらいの背丈の男は
私の胸元を舐めるように見ている

「綺麗すぎるのかもな、
入ってきた時みんなお姉さんのこと見てたもん」

あのさくらんぼが
ないとみんなきっと物足りなくなる
でもあれがなくてもクリームソーダはクリームソーダ
満足する人はそれで満足できるのだ

ならあのさくらんぼは
なくてもいいんじゃないかと思う

緑色と白の中にぽつんと1つ
寂しそうな赤を見る度に
私はいつもどうしようもない気持ちになるから

「よかったらさ、この後抜けない?
近くに良いバーがあって」

私は日常にはなれない
非日常は憧れ尊ばれても
誰かに寄り添われることは無い

いつになったら
私は誰かの日常の中に置いてもらえるのだろう



そんなことを思っていたら
絶望的な気分になってきた
しかしこの男にこの気分を
覆せるほどの度量はなさそうだったので
今夜は1人で眠りにつくことにした

6/17/2023, 6:34:25 AM

まさに今、
絶望している君へ

全て大丈夫になるから、
今のうちに存分に絶望しましょう
どうせ生きてる間は不安とも絶望とも
縁を切ることは出来ないのだから
仲良く手を繋いで黄泉の国まで一緒に行きましょう
恋人繋ぎも素敵だけど、
手汗かいちゃうから時には緩くほどいてね

1年前の絶望は1年後の糧となり
今の絶望は明日の私の優しさを作ります
君のすべてを素直に認め、許容してあげて

どうか君が
今この瞬間に幸せであることを祈ります

5/22/2023, 2:28:49 PM

人差し指のささくれに気づいた午後11時58分

ニュースキャスターの深刻そうな声を聞き流しながら
中途半端にめくれた皮を引き抜くと
艶やかな赤い丸がゆっくりと姿を現した
吉原治良の絵のようだと
じぃっと見つめる59分


ピコン!

ふと電子音に呼び戻され、
スマホの画面に目を移すと
半分眠りかけていた私の意識は大きく揺さぶられた

もう二度と見ることの無いと思っていたアイコンと
もう二度と見たくないと思いながらも
待ち望み続けたあの名前が
そこには表示されていた

「返事、していなくてごめんなさい」

「今更だけどさようなら」

私は目が潰れるんじゃないかと思うほど
目をかっ見開いてその文字を見た

あの日置いてきて
いまだ終わることを許されなかった昨日が
ついに終わる予感を


画面の向こうで
キャスターが別れの挨拶を告げている

また明日、お会いしましょう

心のどこかで、
そんな連絡が来ることを祈っていた
あの人のいる明日が来ることを
諦めの根底で、
願い続けていた
しかしもうその望みは



今の私がすべきことは
明日の仕事に備えて眠ること、
それだけだ

冷たいベッドに横になり、
布団を被ると
白いシーツに赤いシミがポツンとついた

時計を見るとすっかり日付か変わっている
どろりとした眠気の中で
私はあの「昨日」の日を
走馬灯のように思い出していた

昨日へのさよなら、
明日との出会い

明日の朝の私はどんな顔をしているだろうか
ずっと、
ずっと終わらせたかった昨日が終わった私に
降り注ぐのはどんなに明るい光だろう

願わくば
少しでも優しく暖かなものでありますように

5/21/2023, 11:44:13 AM

「お待たせしました」

小綺麗なウェイトレスが運んできたのは
透き通ったゼリーの上に、
ミントの若葉が鮮やかに香るグラスパフェ


「はーい♪ありがとうございます」


私の向かいに座る女は軽く会釈をして
運ばれてきたグラスパフェに目線を下ろした

「あ〜ん、やっぱりキレイ〜!」

耳がとろけそうな甘い声をあげながら
彼女は手早く左手にスプーンを持ち、
躊躇なく透明なゼリーにそれを突き入れた

ふと彼女の目線が私の方へと動くと、
彼女の紅色の唇が動く

「透明なものって、私大好きなんだ」

グチャグチャ
柄の長い銀色のシルバーが
音を立てながら
透明をかき乱す
ゼリーは細かく砕かれ、
滑らかに、スムーズに
まるで流れる水のように形を変えた

「透明な水とか、見ると、ドキドキしちゃう。
これが何とどんな風に混ざって、
何色になるのか、
どんな形になるのか」

彼女の目は真っ直ぐに私をうつしていた
彼女を通して見る私の姿は
鏡で見る自分の姿とは少し違っているように見える

「…変わってるのね」
私は思わず口にした
すると彼女はとびきりの笑顔を見せながら

「ねえ、大好きよ」



砂糖の塊みたいな甘く重い囁きは
私の耳の奥にこびり付いて、
その日の夜は透明な水に溺れて息絶える夢を見た

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