—お化け屋敷—
目の前にそびえ立つ『絶叫の館』。
日本の中でもトップクラスで怖いお化け屋敷であると言われている。
「じゃあ、行こうか」
微かに震えている彼が隣にいる。
私はその腕にぴったりくっついて頷いた。
「本物の幽霊が出ちゃったらどうしよう」
なんて私は冗談混じりに言うが、本当は幽霊を信じるタイプじゃない。
「大丈夫、僕が守るから」
彼の声は少しうわずっていて可笑しかった。
私はお化け屋敷にくると決まった時点で、事前にリサーチしておいた。
お化け屋敷の中では、適度なリアクションをした方がいいそうだ。
私のように全く怖がらない人でも、演技でいいから怖がらなければ、距離が縮まらないらしい。
「絶叫の館には、いくつかルールがございます。——」
スタッフの女性が、ルール説明を始めた。
「もし体を触られることがあったら、それは本物の幽霊の仕業かもしれません」
なんてジョークを交えながら話してくれた。
明らかに怖がらせるための嘘だとわかるのに、彼の手には力が入っていた。
「それではいってらっしゃい!」
懐中電灯を一つ渡され、入り口を潜った。
「暗いよー、怖いよー」
私は彼の右腕にくっついてゆっくり歩いた。
暗闇の中、ゆっくりと歩んでゆく。
「うわぁ!」
少し進むと、物陰から幽霊役が姿を現した。
隣の彼の声が思ったよりも大きくて、その声にびっくりした。
その後も何度か脅かされるが、怖くともなんともなかった。でも、ある程度のリアクションはとっておいた。
「助けて!」
これでおしまいかな、と思った時に、彼が私を置いて走って逃げた。後ろから出てきた幽霊役にビビったようだ。
「置いていかないでよ!」
私も慌てて追いかける。
予想通り、さっきのが最後だった。外の光が眩しい。
「ごめん。怖くて逃げちゃった」
「別にいいよ。あなたの反応、見てて面白かったし」
置いていかれたのは悲しかったけれど、可愛いなとも思った。
「ごめん、絆創膏持ってる?」
「どうしたの?」
「どこかで切っちゃったみたい」
彼の左手の人差し指から出血していた。
「何かに当たったのかな?」
「そんな感じはしなかったんだけどなぁ」
私は、絆創膏を貼ってあげた。
まさかね、と思いながら、私たちは歩き出した。
お題:怖がり
—星夜の約束事—
『星の谷』は、流れ星の終着点。
その星は、色とりどりの鮮やかな『星のかけら』となって眠っていて、それを手にした者は、幸運を引き寄せる。
と、おばあちゃんが言っていた。
「あんなおとぎ話信じるのかよ」「星が落ちてくるわけないだろ」「そんなのがあったら、どこかで売られているだろうな」
誰もこの話を信じてくれない。
星がくっきりと浮かぶ夜。
だから僕は一人で『星の谷』に向かった。
「絶対にみつけてやる……!」
僕はスコップで地面を掘りながら呟いた。
されど『星のかけら』は出てこない。
「どこにあるんだろう……」
僕は、少しだけ涙目になっていた。
おばあちゃんが言っていたことだ。絶対どこかに隠れているはずだ。
「ねぇ、星のかけらを探しにきたの?」
僕と同じくらいの背丈の女の子が話しかけてきた。ここら辺じゃ小学校は一つしかないけれど、みたこともない顔だった。
「うん。でも、なかなかみつからないんだ」
「あたしも一緒に探していい?」
「もちろん。みつけたら教えてね」
僕たちは二手に分かれて探した。もっとも、声が届くくらいの距離だったけれど。
「君の名前は?」と僕は訊いた。
「あたしはルミナ。あなたは?」
「僕は、けんぞう」
彼女とは色々なことを話した。
彼女はこの場所について詳しくて、星のことならなんでも知っていた。
「みつけた!」ふいにルミナが叫んだ。
「本当⁈」
ルミナのスコップの上には、光り輝く小さな『星のかけら』が三つあった。
「きれい……」
「これ、全部あげる」彼女が言った。
「どうして? ルミナがみつけた『星のかけら』だよ?」
彼女は首を横に振る。そして僕が持っていたジャム瓶に押し込んだ。
「あたしはいいの。その代わり、今日、あたしと会ったことは誰にも言わないでほしい」
「うん……」
「あと、またここにきてほしいな」
「本当にいいの?」
「うん。でも、絶対に約束は守ってね」
かなり時間がかかってしまったので、僕たちは解散することにした。ルミナは僕と反対方向の道だった。
『星のかけら』が溢れないようにジャム瓶を手で抑える。
みんなにこのことを自慢するよりも、次に彼女と会える夜のことで頭がいっぱいだった。
「また会いたいな」
僕は小走りで家まで向かった。
お題:星が溢れる
—桜の木の下で—
高校二年生に進学した。
今日は、運命のクラス替えの日だ。
(どうか、友達と同じクラスになれますように)
心の中でそう願った。
一年生の時は、中学時代の親友がいたおかげで何人か友人はできた。
しかし、周りに誰も友人がいない状況になってしまったら……。
誰かに話しかけるのが得意じゃない俺は、不安が胸の中に広がってゆく。
桜散る校舎の真ん前。
大きな掲示板に、クラスと名前が書かれていた。
「クラス、離れ離れになっちゃったな。新しいクラスでも頑張ろうな」と親友が言った。
「うん。お互いに頑張ろう」
俺は四組で、親友は七組。
挨拶してから、それぞれのクラスが並んでいる列に向かった。
「出席番号順に並べー」
体育教師の声が響く。
指示通り、自分の番号のところに並ぶと、隣の子に肩を叩かれた。
「ねぇ、私のこと覚えてる?」
隣の子は女子だった。
それだけで、さっきまでの不安が少し軽くなった。単純すぎる自分がバカに思える。
「え、もしかして——」
その子の顔をよくみると、小学校六年生の時のクラスメイトが頭に浮かび、重なった。
「正解! 覚えててくれたんだ」
「うん。まあね……」
当然だ。
隣にいるこの子は、俺の初恋の女子だから。
しかも、告白してフラれている。
忘れるはずがない。
髪色が明るくなり、少し大人っぽくみえる。
そのせいで、すぐには気づかなかった。
「知り合いがいてよかったぁ。これからよろしくね!」
彼女はニコリと笑って、俺の手を取る。
「うん。よろしく」
彼女と話していると、色々な妄想が頭の中で膨らむ。
彼女は俺と同じクラスになって喜んでいる。手を握ってくれた。昔、俺をフったのは何か事情があったんじゃないか。
実は、彼女は俺のことが好きなんじゃないか——?
俺の頭の中の計算機が、そんな夢みたいな結論を弾き出した。
あぁ、単純すぎる自分が嫌になる。
でも、彼女の安らかな瞳をみていると、ちょっとばかり期待してしまう自分がいた。
お題:安らかな瞳
—海風の夜に—
大学の頃から付き合っている彼氏がいる。
シャイなところが可愛くて、人の悪口を決して言わない優しい恋人だ。
「話したいことがある」
そんな彼から、海が見えるベンチで切り出された。
学生時代は毎日会えていた彼とも、最近はあまり会えていない。お互い仕事が忙しい。
なんとなく、嫌な予感がした。
「どうしたの?」と私は訊いてみる。
「海外転勤が決まったんだ」
彼の声が夜の海に溶けていく。
冷たい潮風が私たちを吹きつける。
「そうなんだ、良かったじゃん。場所は決まったの?」
海外転勤ということは、彼の仕事ぶりが評価されたということだ。素直に喜ぶべきだけれど、そういう気分にはなれない。
「アメリカ」
「ふうん。すごいなぁ」
彼が遠くに行ってしまうような気がして、自然と顔が下を向く。
「菜月は? 仕事は順調?」
「私は……、ぼちぼちかな。良くも悪くもないって感じ」
「そうなんだ」
波の音が大きく響く。
彼の「あのさ」という声が沈黙を破った。
「うん」
「これからも、ずっと隣で、僕の話し相手になってくれないかな」
「ずっと……、隣で……」
彼の言葉が頭の中で回り続ける。
その言葉を理解できるまで、時間がかかってしまった。
それはシャイな彼なりのプロポーズだった。
「私もずっと一緒にいたい」
私たちは体を寄せて抱き合った。
彼の体温が、冷え切った体を温めてくれた。
お題:ずっと隣で
—平和の代償—
現在、帝国で戦争が起きている。
隣国が攻め込んできてから、一月と少しが経過した。
「おっかちゃん、お腹すいたよぉ」
「大丈夫よ、きっともう少しだから」
子をあやす母親。
「いつになったら帰れるの?」
戦況を嘆く女子。ひたすら泣き喚く赤ん坊。
集団疎開が始まって二週間。
この村は、早くも限界を迎えた人々で溢れかえっている。
「あっ、フリルさんが帰ってきた!」
そんな重苦しい空間も、姉さんがやってくるとたちまち明るくなる。
十六歳の僕の姉。
長くてまっすぐに伸びた金色の髪が綺麗だ。帝国ではモデルをやっていた。
「みんなお腹が空いているでしょう? ほら、お食べなさい」
たくさんのパンが詰められた袋。
「一人一つよ。全員分あるから、仲良くしなさいね」
姉さんは笑顔をみせる。
そして、みんながパンを手にすると空気は和らいだ。
「姉さん、どこからあのパンを持ってきたの?」
僕がそう訊くと、目を逸らされた。
「……捨てられてたの。あんたもパンもらったんなら、お食べなさい」
「うん。わかった」
僕もパンを頬張る。柔らかくて美味しい。とても捨てられたパンには思えなかった。
その夜、僕は夜中に目を覚ました。
僕の背中の後ろには、丸くなって震えて泣いている姉さんがいた。
姉さんは、どうやってパンを持ってきたんだろう。いくら考えてもわからなかった。
お題:愛と平和