—僕の今日をいつか君に—
僕には、弟がいる。年子のかわいい弟。
小さい頃は、毎日公園で遊んだね。
『3月10日 火曜日 (くもり)
今日は、友達と遊園地で遊んだ。』
でも三年前から、弟は家からいなくなってしまった。
学校からの帰り道に、交通事故に遭ったのだ。それから眠ったように、病院で横たわっている。
『ジェットコースターには乗れないって、何回も何回も言ったのに、友達に無理矢理乗らされた。』
僕は、今日が明日には過去になる。
でも弟は違う。三年前から時が止まっているんだ。
『怖かったけど、正直楽しかった。いつか、弟とも一緒に遊園地に行けますように。』
僕の過ぎ去った日々が、弟の空白の時間を埋められるように、今日も日記に記しておこうと思う。
『きっと、家族みんなで行けたら楽しいだろうな。』
最後に、僕と弟が一緒に遊んでいる姿を想像しながら、絵を描いてみた。
お題:過ぎ去った日々
—二人だけの世界—
この世の中にはお金持ちとそうじゃない人間で二極化している。僕は間違いなく後者だ。
「今日はあたし、行きたい場所があるの」と彼女は言った。
グレーのスカートと真っ白のニットは、シンプルで落ち着いた上品さがある。
それに比べて僕はどうだ。
ところどころ破れたジーンズに、白い無地のTシャツ。
彼女は「気にしない」と言う。
けれど、どうしても彼女と比べてしまう。
「どこへ行くの?」
「まだ内緒」彼女は人差し指を口にあてた。
彼女に連れられて、十分ほど歩いた。
本当ならタクシーでも拾いたい。パンプスを履いた彼女に、あまり歩かせたくないから。
公園の前で止まった。
「ここなんだ。この辺りを散歩してたら偶然みつけたのよ」
「公園?」
「うん。でも、ただの公園じゃないのよ。じゃあ行きましょう」
公園の入り口から進むと、長い階段に差し掛かった。
彼女が登り始めたので、僕もついていく。
「着いた!」
彼女は元気よく、楽しそうに言った。
「もうキツイ……」
対する僕は、へとへとになっていた。
一〇〇段くらいあったんじゃないだろうか。
「ほら、この公園には展望台があるの」
また二〇段ほど登ると、ベンチのある室内に入れた。
「ね、きれいでしょ?」
「うん、きれいだ……」
夕焼けに照らされた街全体が見下ろせた。
水平線にみえる夕陽が、絵のように美しい。
「あのね、今日は君にこれを渡そうと思ってたんだ」
僕は、色褪せたバッグからケースを取り出して、彼女に手渡した。
「開けてもいい?」
「もちろん」
彼女は丁寧に包装を剥がし、ケースを開いた。小さなルビーのペンダントだ。
「うれしい……。ありがとう」
彼女は目に涙を浮かべて言った。
「お誕生日おめでとう。これしか用意できなくてごめんね」
本当なら、今夜は美味しいレストランに連れて行きたかった。でも、プレゼントだけで精一杯だった。
「ううん。あなたからプレゼントをもらえるだけで、あたしはうれしい。——これ、つけてくれる?」
「うん」
僕はペンダントをつけてあげた。
予想通り、やっぱり彼女に似合っている。
「身分の差なんて、どうでも良いの。あたしはあなたを愛してる」
「僕もだよ」
「あたしを家から連れ出して。どこか遠くで一緒に暮らしましょう」
「でもそれじゃあ——」
「いいの。あたしはあなたとずっと一緒にいたい」
彼女は僕の胸に顔を埋めた。
僕は彼女のブロンド色の髪を撫でた。
「わかった。でも、大変な道になるよ」
「そんなの、とっくに覚悟してるわ」
夕陽が沈んだ。
僕は彼女の手を握り、二人で街を抜けて、見知らぬ遠くへ歩き出した。
お題:お金より大事なもの
—白虎は月夜に恋をする—
満月の夜。
黄金に輝く光球をみた途端、僕の姿形は全く別の生き物に変わった。
森の奥へ歩み寄る。
たくさんの虫や花たちがこちらの様子をそっと伺っている。オオカミとクマは、僕の姿を見るなり逃げ出してしまった。
最奥まで辿り着くと、大きな岩の上に彼女がいた。
「あら、白虎さん。ごきげんよう」
この森を統べる精霊——リーフさんがにこやかに微笑む。
僕は頭を下げた。
白虎に変身してしまった僕は、言葉が話せない。
「ここに座ってちょうだい」
リーフさんは隣を軽く叩く。
僕は、岩に登って大きな体を伏せた。
「あなたはいつも満月の時に来てくれる。だからわたし、今夜を楽しみにしてたのよ」
小さな手で優しく頭を撫でてくれる。
僕は、前足に巻きつけた手土産を彼女にみせた。
「わぁ! 今日もお土産を持ってきてくれたの? 何かしら」
今日は、三色団子を持ってきた。
「ありがとう。喜んでいただくわ」
リーフさんは幸せそうに頬張る。
人間の手のひら程の大きさしかないリーフさんには、少し大きすぎたかもしれない。
「素敵な夜を過ごせそう」
僕たちは、天を仰いだ。
「今日も月がきれいね」
僕はそっと身を寄せ、頬を彼女に重ねた。
お題:月夜
—夜のぬくもり—
深夜一時。
終電に揺られ、くたくたになりながら帰宅した。ネクタイを緩め、ジャケットをハンガーにかける。
「今日も疲れた……」
大きく息を吐いた。
ここのところ、こんな毎日が続いている。
『今日もお疲れ様。レンジで温めてね。』
達筆な女文字の書き置きのメモと共に、夕食が置いてある。
今日はハンバーグだ。
夕飯を食べ、風呂に入ると、寝る頃には二時を回っていた。
妻と娘を起こさないように、そっとベッドに入った。
「おかえりなさい……」
妻がのそのそと寝返りを打って言った。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。あんまり眠れなかったの」
二人の間で娘がスヤスヤと眠っている。
最近の平日は、起きている娘を見れていない。
「今日もお疲れ様。いつも頑張ってくれてありがとう」
「こちらこそ。マユミがいつも支えてくれるおかげだよ」
僕たちはキスを交わした。
「おやすみ」と言って眠りについた。
今日も六時起き。
それでも、明日を生きる活力が湧いてくる。
この小さなベッドに大切な家族がいるから。
お題:絆
—一等の勇気—
商店街で買い物をすると、福引券を二枚渡された。一緒に買い物にきた、弟と一回ずつ引くことにした。
「くそー、ダメか」
「ドンマイ」
弟は白色を引いた。六等のポケットティッシュだ。
どうせ私も当たらないだろう、と思ってガラガラ回した。
「おめでとうございます! 一等のテーマパークペアチケットです!」
鐘の音と共に、おじさんのどデカい声が商店街に響く。周りにいるお客さんから拍手された。
視線を集めて、若干恥ずかしい。
「姉ちゃんすげえ!」
「たまには、いいこともあるもんだね」
おじさんから二枚のチケットを手渡され、私たちは家路についた。
「姉ちゃん、だれ誘うの?」
弟が興味深々で聞いてくる。
こんなにすごい物がもらえると思っていなかった私は、返答に窮する。
「うーん、どうしよっかな」
パッと思い浮かぶ人は何人かいるが、一人に絞れなかった。
「友達に聞いてみようかな」
私はそう言うと、弟は眉をひそめた。
「それって好きな人と行くやつじゃん。友達じゃなくて、好きな人誘えばいいのに」
「好きな人なんかいないし」
「嘘だね。最近スマホの通知ばっか気にしてんじゃん!」
私には返す言葉がなかった。
実は好きな人はいる。だが、好きな人を誘う勇気が私にはなかった。
「別に違うし……」
「ふうん」
帰ってベッドに寝転がり、考えた。
卒業式まで、あと一ヶ月。彼と進路が違うことはわかっている。
「ふぅ」と小さく息を吐いた。
たまには、勇気を出してみよう。
指をフリックして、文字を打ち込む。
『〇〇のペアチケット当たったんだけど、一緒に行かない?』
震える指で、送信ボタンを押してみた。
お題:たまには