初心者太郎

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2/9/2026, 2:13:20 AM

—スマイルください—

ピロリ、ピロリ。
店内に足を踏み入れると、ポテトが揚げ終わる音がした。

(お、いたいた)

一ヶ月ほど前にアルバイトを始めた娘が、カウンターに立っていた。客の注文を受け、端末にタッチしている。

相当忙しいせいか、俺に気づく様子はない。
列に並び、なんでもない客を装った。

「いらっしゃいませ」

ようやく自分の番が回ってきた。
一瞬動揺した娘の様子をみると、やはり俺に気づいていなかったとわかった。

「店内でお召し上がりですか?」
「持ち帰りで」

それから俺はメニュー表をみて、家族みんなの分も選んで注文した。
そして俺はみつけてしまった。
表の右下に小さく書かれた文字を。

「それと……、スマイルください」

娘は嫌そうな顔をひとつも見せず、屈託のない笑顔をみせてくれた。
可愛いなぁ、と心の中でそう思った。

「ありがとうございました」
「またご利用ください」


家に帰って、注文したそれを妻と食べていると、スマホに通知がきた。

『次スマイル注文したら殺すから』

娘からだった。
あの可愛い笑顔の裏には、明確な殺意が隠れていたのだ。

『ごめん。』と、一応謝っておいた。
……もちろん、忘れた頃に、俺はもう一度頼むつもりだ。

お題:スマイル

2/8/2026, 6:06:03 AM

—進路相談—

高校二年生。
机上に置かれた進路希望調査表をみつめる。
もう、進路について考えなくちゃいけない時期になってしまった。

「……」

第一志望は進学、第二志望は就職、と記入する。だが、すぐに消しゴムで消した。

「……」

第一志望に就職とだけ、書き直す。
俺の家は、大昔から代々家業を継いできた。
俺にはもう、その道しか残されていない。

「はぁ……」

のしかかってくる責任と重圧、そして決められた未来が、俺の心を押し潰している。
こんなことは誰にも言えないし、ここに書くこともできない。

紙を提出しようと、立ち上がった時、先生が紙をチラリとみて言った。

「——それは、お前が決めた進路か?」

俺は、言葉を返すことができなかった。

お題:どこにも書けないこと

2/7/2026, 1:32:43 AM

—腕時計愛好家—

腕時計は、単に時間を確認する物ではない。
身につけている人の印象を、大きく左右する物である。

そんなところに、俺は惹かれた。

「どれにしようかな」

今日は、大事な商談がある。
俺は派手すぎず、清潔感をみせることができる、セイトーの銀色の腕時計を選んだ。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「えぇ、こちらこそよろしくね。じゃあ、早速だけど——」

俺の第一印象はいつも通りパーフェクトだ。
問題は、俺の持ち込む企画。それをわかりやすく、簡潔に伝えるだけ。

「——いいね。それでやってみようか」
「ありがとうございます」

俺は丁寧に頭を下げた。

「ところでそれは、セイトーの時計かい?」

彼は、腕を見て言った。

「はい、そうです」
「やっぱり。良い腕時計をしている人間は、仕事もできるんだよ」
「ご冗談はやめてくださいよ」

彼は声を出して笑った。

「でもね、気をつけたほうがいいよ。最近は高級腕時計が盗まれる事件がよく起きているからね」
「はい、気をつけます」

俺は適当に挨拶して、部屋を出た。

「はぁ、疲れた」

仕事を終えて帰宅すると、俺はベッドに身を放り込んだ。
歩き疲れた足を、両手で揉む。

「仕事ができる、か」

自分の発した言葉に、思わず頬が緩む。
良い腕時計を身につけるようになってから、間違いなく自信がついた。

また、新しい腕時計がほしいな——。

部屋の中にあるたくさんの高級腕時計が、俺のことを見つめている。
だが、いくらあっても、その欲求が収まることはない。

もっと俺に似合うものを。
もっと価値のあるものを。

欲が体中を満たし、また俺の体を動かした。

お題:時計の針

2/6/2026, 6:09:44 AM

—伝えられなかった想い—

「じゃあ、元気でね」

駅のホームで、姉は言った。
大学が他県なので、遠くで一人暮らしを始めるそうだ。

「うん。お姉ちゃんも、頑張って」

最後に言いたいのはこんなことじゃない、と心の中の自分がわめいている。

私は、姉が大好きだ。
十も年が離れているのに、私とたくさん遊んでくれた。

電車のドアが閉まった。キャリーケースを持った姉が、こちらを向いて手を振っている。

「ありがとう」

そう言いながら、私も手を振った。
言いたかったのはこんなことでもない、とまた心の中の自分が叫んでいる。

電車はやがて見えなくなった。

行かないでほしかった。
そして何より、さびしい。

姉がいなくなった今になって、ようやく自分の気持ちと涙が溢れ出してきた。

お題:溢れる気持ち

2/5/2026, 12:37:51 AM

—初キス—

家族でドラマや映画を見ている時、キスシーンが出てくると、少し恥ずかしい気持ちになった。
たとえそれが感動するシーンであったとしても、なんとなく目を逸らしてしまっていた。


「今日はいっぱいおいしいもの食べたね」

夕焼けの砂浜。隣で彼女が言う。
今日はデートにきていた。
彼女と付き合ってから、二回目のデート。

「そうだね。特にあの店のソフトクリーム、おいしかったなぁ」

波の音が聞こえてくる。
ひいてはおしてを繰り返し、ザザァと気持ちの良い音を奏でている。

「夕日、きれいだね……」
「うん……」

二人で腰を下ろし、手を繋いで見ていた。

そのはずなのに、気づけば自然とお互いに顔を見合わせていた。
彼女が微笑む。
僕の心臓は、波の音が聞こえなくなるくらいに、激しく音を立てていた。

瞼を閉じ、ゆっくりと顔を近づける。
彼女の甘い香りを、すぐそばで感じた。

僅かな沈黙の後、僕らは唇を離した。

「暑くなっちゃった」と彼女は言った。手をうちわ代わりにパタパタとあおいでいる。

「僕も」

まだ、心臓の音が鳴り止まない。

あんなに目を逸らしていた自分が、今はこの時間を、ずっと覚えていたいと思っている。
それが『恋』なのだと思った。

お題:Kiss

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