—スタートラインのそばで—
「将来の夢は、オリンピックに出場できるような陸上選手になることです」
小学生の頃、みんなの前でスピーチを読んだのを覚えている。
当時から俺は、誰にも負けない足を持っていた。毎日コツコツと練習を続けて、中学生の時は全中に出場できた。
このまま努力を続ければ夢が叶う、そう信じていた。
悲劇は、高校一年生の時におきた。
俺は、交通事故に遭った。
日常生活に支障はないが、全力で走ることはできなくなった。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
それでも陸上部はやめなかった。
皆のタイムを測り、フォームを見る。
最初は胸が苦しかった。
でも、俺は気づいた。
誰かのタイムが少し速くなるたびに、悔しさよりも先に、嬉しい気持ちがやってくる。
俺はもう走ることができない。
だから夢を見てたい。
昔に描いた、大舞台で走る夢ではない。
陸上の中で生き続ける夢を。
お題:夢を見てたい
—変わらない日常に君がきた—
登校して授業を受けて、帰宅部の俺は速攻で帰宅する。帰ったら勉強して、ゲームして一日を終える。
友人はいなかったけれど、一人の時間が好きな俺にとっては、変わらないでいてほしい日常だった。
これまでは、そう思っていた。
「ねぇ、番号あるかな?」
「絶対あるよ!あんなに頑張ったんだから」
高校受験の合格発表日。
周りからは期待の声や、歓喜の声、嗚咽や悲鳴までが校舎の前で響いていた。
「よし、あった」
番号を確認した俺は、くるりと踵を返し、帰ろうとした。だが、ふと近くにいた一人の女子に目を奪われ、立ち止まった。
きれいな黒髪を、後ろで一つに結んだ女子だった。小さくガッツポーズをしながら見せた笑顔に俺は心を奪われた。
一目惚れだ。
俺は小走りで、家まで向かった。
心臓の鼓動がやけにうるさい。こんな感覚は初めてだった。
彼女の笑顔が頭から離れなかった。
お題:ずっとこのまま
——
(そして二ヶ月後、彼は彼女と同じクラスになる。——彼はまだそのことを知らない)
—カラフルなマフラー—
「お父さんにマフラー作ってみたんだ。大切に使ってね」
娘から渡されたマフラーはカラフルで、自分のようなおじさんが身につけるには、少し気が引けた。
「先輩、そのマフラーの色、珍しいですね」
「あぁ、娘がプレゼントしてくれたんだ」
「いいなぁ、羨ましい」
それでも通勤中も帰宅中もこのマフラーに顔を埋める。
寒さが身に染みるこんな日々だからこそ、余計に温かみを感じられるのだ。
お題:寒さが身に染みて
—門限—
今日は彼氏と二人でお店で飲んでいた。
「もう一軒だけ、軽く飲まない?」彼がいった。
「ごめんね、今日は遅いから……」
「もうこんな時間か……」
彼はビールを呷った。
「でも、もう二十歳なのに、お父さんは厳しいんだなぁ」
「そうだよね……」
彼には、家が厳しいからあまり遅くならないように言われている、と嘘を言っている。
今日は朝から一緒にいたから、早く帰らないといけない。
「でも、近いうちにまた会いたいな」彼を上目遣いで見た。
「俺も!どこか行きたいところある?」
彼と次に会う約束をしてからお店を出た。
「家まで送るよ」
「いつもありがとう」
彼は手を挙げ、タクシーを止めた。
彼はいつも食事代も出してくれるし、最後は家まで送ってくれる。
二十一歳なのに、とても紳士的な人だな、と思う。
「じゃあまたね」彼は手を振った。
「うん、ありがとう」彼に頭を下げて車が見えなくなるまで、見送った。
私は、急いで家の中に駆け込んだ。
「危なかった。あと少し遅れていたら……」
洗面台の鏡には、もう若い自分は写っていない。魔法が解けてしまった。
「でも、やっぱり若いっていいねぇ」
若返りたい、と魔女は思うのだった。
お題:20歳
—焦げたクロワッサン—
私はパン屋でアルバイトをしている。
「クロワッサン焼きたてでーす!」
クロワッサンを棚に並べ、店内にいるお客さんに声をかけた。
すると、たくさんの人が集まってくる。
クロワッサンは、この店の看板商品。
このパンを求めて遠くからはるばるやってくるお客さんもいるほど、人気のパン。私もアルバイトを始めたきっかけはこのクロワッサンだった。
「あら、今日もおいしそうねぇ」
常連客のおばあちゃんがトングで三つ取っていった。うまくできていたらいいんだけど、と心の中で祈る。
最近になって、私の仕事ぶりが認められて、パンを焼き始めるようになった。
まだまだ経験不足のせいか、焦がしてしまうことがある。実はついさっきやってしまった。
「じゃあ、上がっていいよ」店長が言った。
「はい、お疲れ様でした」
あっという間に時間は過ぎてしまった。
今日焦がしてしまったクロワッサンは、売り場に出さず、裏に置いてある。それを持って帰ろう、と思ったらパンがない。
代わりにメモが置いてあった。
『おいしかったです』
『ミスしても気にしなくていいからね!』
『これからも一緒にがんばろう!』
ここで働いている人たちからのメッセージだった。メモを胸ポケットにしまって、手を握りしめた。
「よし、明日もがんばるぞ!」
お題:三日月