—限界社会人—
初日の出を丘の上で見ていると、近くにいた男が膝から崩れ落ちた。
周りには俺とその男しかいない。気になって声をかけてみた。
「大丈夫ですか?」
男は震えながら顔を上げた。
彼は真っ青な顔をしていた。
「願いが届かなかった……」
「願いですか?」
男は大きく頷き、また項垂れる。
「どんな願い事をしたんですか?」俺は訊いた。
「『太陽が昇らないでくれ』と願ったんだ」
男は俺の両肩を掴み、叫んだ。
「太陽が昇ったら、新しい日が来てしまう!仕事に行かなきゃいけなくなるじゃないか」
男は、四つん這いになって泣き出した。今度は、俺が彼の肩に手をかける。
背中をさすり、慰めた。
空を見上げると、日が静かに輝いている。
今年就活の俺は、こんな人にはならないように頑張ろうと思った。
お題:日の出
—優先順位—
ある家に住む親子のお話。
「おれ、今年はたくさんお母さんのことを手伝うって決めたんだ」
年の始めの朝、男の子は胸を張って言いました。どうやら今年の抱負を決めたようです。
「あら、嬉しい。じゃあまず、洗濯物を干して貰おうかしら」
お母さんはにっこり笑って言いました。
「わかった!」
男の子は洗濯物を持って、ぱたぱたと二階に駆け上がって行きました。
「終わった!」
思っていたよりも早く戻って来ました。お母さんは続けて、また頼みます。
掃除、ご飯の支度、買い物などなど。
男の子は一生懸命働きました。けれど、だんだん足取りが重くなってきたようです。
「お母さん、疲れたよ……」
「ありがとう。でもね」お母さんは優しく訊きました。「これを毎日続けられそう?」
男の子は少し考えてから、顔を上げました。
「大変だけど、おれかんばるよ!」
その目は、まだまだ元気いっぱいでした。
「じゃあね」お母さんはもう一つ訊きました。「勉強も一緒に頑張れる?」
その途端、男の子の体は固まって動かなくなりました。
「去年、宿題を忘れて、たくさん先生から叱られたでしょう?今年は大丈夫かしら?」
「……」
男の子は俯いたまま、黙ってしまいました。
「まずは『宿題を必ず先生に出す』、それを今年の抱負にしなさい。それができそうなら手伝ってちょうだい。わかった?」
「……はい」
小さな声で返事した後、とぼとぼと自室に戻っていきました。
それからというもの、男の子が家事を手伝う日はついに来ませんでした。
でも、宿題を忘れることはもうなくなりましたとさ。
お題:今年の抱負
—新年の挨拶—
「うげっ」
スーパーで買い物をした帰り、近所のクソガキと遭遇した。
毎日ギャーギャー騒いでおり、生意気な態度が目につく奴だ。新年早々運が悪いな、と俺は思った。
「おじさん、あけましておめでとうございます」彼は丁寧に頭を下げた。
「あ、あけましておめでとう」
この子が敬語を使うところを見るのは初めてだった。佇まいもまるで別人のよう。
年が明けて心を入れ替えたのかもしれない。
「どうぞ、頑張って作りました。受け取ってください」
「ありがとう……」
彼はクッキーが入った袋を差し出した。
そのまま黙り、じっとこちらを見つめている。
「どうしたんだい?」
「おじさん、お正月と言えばなんですか?」
その時、ハッと気がついた。
クソガキが何故、こんな礼儀正しいのかということに。
「『お年玉』かい……?」
クソガキは黙って何度も頷いた。
正月だし、クッキーを貰ってしまった以上は仕方ないと思い、財布から千円札を抜き取って渡した。
「……はい」
「やったー!やっぱりおじさんはチョロいと思ったんだよな!」
そう言いながら、走ってどこかに行ってしまった。
やっぱり人はそんな簡単には変わらない、と改めて思った。
お題:新年
—初詣—
正月がきた。
ただ、今年大学受験を控えている俺は、うかうかしていられない。
『神様、どうか頭が良くなりますように。どうか頭が良くなりますように』
賽銭箱の前で手を合わせる。
去年はなかなか成績が上がらなかった。こうなったら神頼みしかない。
拝殿を後にし、階段を下って行った。
「おみくじやる?」母に訊かれた。
「せっかくだしやろうかな」
母に百円をもらい、列に並んだ。思っていたよりも人が多い。
「初穂料をお納めください」
ようやく自分の番が回って来た。巫女さんに言われた通り、百円玉を手渡した。
茶色のみくじ箱をガラガラ振り、一本棒を引き抜いた。
「十九番でした」
「はい、お受け取りください。良いお年をお過ごしくださいませ」
渡されたくじを眺める。
今年は『吉』だった。悪くはない。
神様からの言葉や待ち人、失物などがずらっと書いてある。
「学業、『人に頼らず自ら励め』か……」
神様は見ているのかもしれない。
残り少ない時間、全力で追い込もう、と俺は思った。
お題:良いお年を
—星の記憶—
「屋上に行ってもいいかしら?」
「ええ、もちろん」私は頷いて見せた。
夜の七時。
いつもこの時間に、私たちは介護施設の屋上で星を眺める。
「今日は星が綺麗に見えると思いますよ」
さっき、天気のアプリで調べたところ、この時間は『快晴』になっていた。
私たちはエレベーターで最上階まで昇った。
二人で手を繋ぎながら、慎重に歩く。屋上に続く扉を開け、外に出た。
天気予報通り、雲一つない夜空だった。燦然と輝く星々が、空一面に見えた。
「綺麗」私は思わず感嘆の声を漏らした。
「昔ね、こんな星空を見たのよ」
隣にいる彼女は、昔話をしようとする。
だが、認知症である彼女は思い出せない。
「あなたはここで何年働いてるの?」
しばらく空をじっと見ていると、私は訊かれた。
「……私はここで働いてませんよ」
「あら、そうなの」
母は娘である、私のことも忘れてしまった。昔、家の近くで何度も見たこの星空だけは、なんとか覚えているらしい。
星に包まれた夜だけ、何かを思い出してくれるんじゃないか、という希望がある。
「身体が冷える前に、下に戻りましょうか」
「そうね」
また、二人で手を繋いで歩いた。
この時間だけ、親子でいられるような気がしている。
私にとって、大切な時間なのだ。
お題:星に包まれて