—星の記憶—
「屋上に行ってもいいかしら?」
「ええ、もちろん」私は頷いて見せた。
夜の七時。
いつもこの時間に、私たちは介護施設の屋上で星を眺める。
「今日は星が綺麗に見えると思いますよ」
さっき、天気のアプリで調べたところ、この時間は『快晴』になっていた。
私たちはエレベーターで最上階まで昇った。
二人で手を繋ぎながら、慎重に歩く。屋上に続く扉を開け、外に出た。
天気予報通り、雲一つない夜空だった。燦然と輝く星々が、空一面に見えた。
「綺麗」私は思わず感嘆の声を漏らした。
「昔ね、こんな星空を見たのよ」
隣にいる彼女は、昔話をしようとする。
だが、認知症である彼女は思い出せない。
「あなたはここで何年働いてるの?」
しばらく空をじっと見ていると、私は訊かれた。
「……私はここで働いてませんよ」
「あら、そうなの」
母は娘である、私のことも忘れてしまった。昔、家の近くで何度も見たこの星空だけは、なんとか覚えているらしい。
星に包まれた夜だけ、何かを思い出してくれるんじゃないか、という希望がある。
「身体が冷える前に、下に戻りましょうか」
「そうね」
また、二人で手を繋いで歩いた。
この時間だけ、親子でいられるような気がしている。
私にとって、大切な時間なのだ。
お題:星に包まれて
12/31/2025, 3:44:39 AM