—木漏れ日の下で—
僕の学校には、大きなケヤキの木がある。そこの下は『ケヤキ広場』と呼ばれていて、みんなの溜まり場になっている。
四限が終わり、友人と弁当を食べるために、僕はケヤキ広場に向かった。
「一番乗りか」
授業が少し早く終わったせいか、まだ誰も来ていない。とりあえず、木の下に腰掛ける。
ふと、木漏れ日に照らされた何かが目に入ってきた。手に取って見る。
「これは……、髪飾りか」
一輪の白い花の、綺麗なヘアアクセサリーが落ちていた。きっと誰かが忘れたんだろう。
「あっ、それ私のです!」
膝に手をつき、息を整えながらその女子は言った。走ってきたようだ。
「はい、どうぞ」
「見つかって良かった。ありがとうございます!」
その女子は、また走って校舎の方へ行ってしまった。そしてその女子と入れ違いになるように、友人はやってきた。
「今の誰?まさか……」
「いや、ただ忘れ物を拾っただけだよ」
そう言うと、怪訝な表情を見せた。
その後しばらく、詰問が続いた。話すことなんて何もないのに。
お題:木漏れ日の跡
—あの丘でまた—
『今夜は、六年ぶりにりゅう座流星群が流れるそうですよ』テレビの中から聞こえてきた。
『りゅう座流星群』という単語を聞いて、昔みんなで交わした約束を思い出した。
それは俺たちが小学六年生の時。
「次、りゅう座流星群が来る時も、またみんなで見ようよ」
そこにいた誰かがそう言った。
近くに、星がよく見える丘がある。幾つも流れてくる星々に俺たちは魅了された。だからその場の思い付きで言ったんだろう。
みんな覚えていないかもしれない。あの丘に誰も来ないかもしれない。
「ちょっと星見てくる」
それでも行ってみたくなった。
俺は、星が見えそうな夜の時間に家を出た。
俺は地元の大学に入学したから近いけれど、他のみんなはどうなんだろう。高校生になってからはほとんど連絡をとっていないので、みんなが今どうしているのかを知らない。
懐中電灯を照らして、丘を登る。すると、何人かの人影が見えた。
「みんなちゃんと集まってんな」
懐かしい姿は意外と見分けがつくものだった。
駆け足でみんなの元に駆け寄る。
あの約束は、ちゃんと生きていた。
お題:ささやかな約束
—エール!—
妻に買い出しを頼まれた。最近は仕事でろくに運動していないので、歩いて行くことにした。
「バッチこーい!」
道中で子供の声と、金属のキーンという音が耳に入った。近くの野球場からだと思い、寄り道した。
外野フェンスの外側にある土手は少し高くなっていて、全体を一望できる。そこから観ることにした。
子供用の小さい野球場の中では、赤い帽子と青い帽子のチームで試合をしていた。
スコアボードに目を凝らす。
七回裏が始まろうとしている。少年野球では最終回。青チームが一点差で勝っているので、この回で赤チームが点を取れなければ負けだ。
(負けてるチームを応援したくなるよな)
心の中で「頑張れ」と応援した。
一人目、サードゴロ。二人目、三振。あっという間にツーアウトになってしまった。
三人目は、ショートのエラーで出塁。続く四人目は、レフト前にヒットを打った。
ツーアウト一、二塁。
外野へのヒットが一本出たら、同点に追いつけるかもしれない。
その緊迫した場面に息をのんだ。
ストライク、ボール、ストライク。追い込まれた。
そして四球目……。
金属音が球場に響き渡った。
結果はショートの正面のゴロ。今度は上手くグローブをさばいた。
ゲームセット。
惜しくも赤チームは追いつくことができなかった。
(ナイスゲーム)
逆転劇はなかったが、面白い試合だった。選手達に心の中でエールを送り、球場を後にした。
「あれ、買い出し行ってきてくれた?」
「あ、やべ」
買い出しをすっかり忘れて、家に帰ってきてしまった。
急いで家を飛び出して、車で向かった。
お題:祈りの果て
—届かぬ道—
嘘をつくか、正直に話すか、迷う場面が日常には潜んでいる。
「今回の結果もA判定ですね。この調子なら本番で多少ミスをしても十分合格点に届くでしょう」
共通テストを終え、本試験まで後一ヶ月となった。
今日は塾で三者面談をしている。模擬試験の結果を元に、志望校や受験方針を明確にする時間だ。
「あら、そうですか。この調子で頑張りなさい」
母はそう言った。
俺は医者を目指して、毎日ほとんどの時間を勉強に費やしている。
模試の結果は悪くないし、努力はちゃんと報われている。
いや、医者を目指しているのは俺じゃないか。
「将来はお医者さんになりなさい」という両親の言葉から始まった。俺は別の何かをやりたかったはずだけれど、それすらももう覚えてはいない。
その頃から嘘の道を進み続けた。
それから一ヶ月半後、本試験の結果が出た。
「これくらい当然ね。ここからが大変なんだから、気を引き締めなさい」
「はい」
嘘の道を進み続けて辿り着いた迷路の途中。これから俺は正解のゴールに辿り着けるのだろうか。
お題:心の迷路
—魔法のティーカップ—
とある雑貨店で、一つのティーカップを買った。口縁は金で彩られ、胴には花の絵付けがされている。私は綺麗だなと思って手に取ったのだが……。
「今日はどんなお話をしてくれるの?」
このティーカップは、飲み物を注ぐと喋るのだ。最初はびっくりして、ティーカップを落としそうになった。が、今はもう慣れた。
「また私の恋愛話です。最近は一緒の話で、すみません」
名前もつけた。『tea』の『T』を取ってTさんと呼んでいる。
私がTさんを買って一ヶ月。最初は世間話ばかりだったが、私が恋の悩みを話すようになってからは、その話が多くなった。
「いいわよ、私も楽しいから。今日は何か進展はあった?」
「はい。今日はお昼休みがたまたま被ったので、彼を誘って一緒に昼食を食べました」
「あらすごいじゃない。どんなことを話したの?」
Tさんはティーカップなのによく恋愛を知っている。私はTさんのおかげで、同じ職場の彼と話せるようになった。本当に感謝している。
「好きな漫画の話になって、彼と好きな漫画が同じだったんです。今度、その漫画が映画化するので、それを一緒に見に行くことになりました」
「すごい!良かったじゃない」
「Tさんのおかげです。本当にありがとうございます」
「いや、頑張ったのはあなた。もっと自分を褒めなさい。今日も良いお話が聞けて良かったわ。冷めないうちに飲んで」
「はい」
淹れた紅茶はまだ少し温かかった。
私は丁寧に洗い、そっと棚に戻した。
これからも良い報告ができるように、また明日も頑張ろうと思った。
お題:ティーカップ