初心者太郎

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10/7/2025, 6:16:51 AM

—最期の決別—

車のドアを開けて外に出ると、秋の夜気がひやりと頬を撫でる。枯れ葉を踏む音と虫の鳴き声が響く、山の中に着いた。

「よし……」

ここ数年は、生きる事に嫌気がさしていた。だから逃げる事に決めたのだ。家から三時間かかるこの山には、誰もいないし私の事を見ている人もいない。
ここで終わりにしようと思う。

助手席で、旦那は眠っている。
ドアを開けて、身体を引き摺り出す。枯れ葉の上に放り投げ、周りの枯れ葉を彼の上に被せた。

「さようなら」

ポケットに入れていた、ライターで火をつけた。急いで車に戻り、アクセルを踏む。バックミラーの中で、夜の闇に立ち上がる炎が揺れている。

これでお仕舞いだ。
私の口角は、自然と釣り上がっていた。

お題:燃える葉

10/6/2025, 9:50:40 AM

—密会—

今日はあの人に会える。月が満ちた夜だけ、必ずあの人はあそこに現れる。

自分の部屋の窓から夜空に浮かぶ大きな月を見上げて、胸が高鳴るのを感じる。
夜の十時、両親が入眠したのを確認して玄関に向かう。音を立てないように静かにドアを閉めた。

彼女と出会ったのは偶然だった。

それは、半年前の満月の夜の話。僕は寝る前になって傘を公園に忘れた事に気がついた。次の日でもいいかと思ったが、お父さんから借りた物だったので、今日と同じように取りに行った。
すると公園のベンチに、彼女は一人で座っていた。

「一人で何してるの?」

僕が話しかけたのが始まりだった。

初めて会った時のことを思い返していると、公園に着いた。やっぱり今日もいる。
銀色の長髪は月の光を映し、透き通るような肌をした女の子で、まるで月のように儚く美しい。

「こんばんは」といつものように挨拶する。彼女も僕に気がついたのか「こんばんは」と返してくれる。僕は彼女の隣に座った。

「今日は何をお話してくれるの?」と彼女は聞いた。

「今日はね——」

満月の夜は、こうして彼女と話をしている。

満月の日以外でも会えたらいいなと思うけれど、そんな贅沢は僕には言えない。

お題:moonlight

10/5/2025, 8:32:30 AM

この世界には『スキル』という、珍しい能力を使える者がいる。

私が聞いたことがあるのは、相手の感情を読む、体から炎を出せる、血を操ることができる、などといった人間の力を超越したものである。
どんなスキルにも代償があるらしいが、それは人それぞれだ。

強力な力を持つ一方で、危険もある。

例えば、命を狙われたり、研究のために耐え難い拷問を受けたり、悪人に利用されたり。

私——アナンが今逃げているのは、捕まらないためだ。ターゲットは背中におぶっている弟だが、私が守らなければならない。

「待て!」

黒いスーツに黒いサングラスをかけた男たちが、近くまで迫って来ていた。荒い息を吐きながら全力で走る。
薄暗く、人気のない裏通り。男たちの怒号と、石畳にぶつかる靴音が響く。

しばらく走り、T字路を曲がると壁にぶつかった。

「嘘でしょ……」

運悪く、行き止まりだった。

「姉ちゃん、もうこれで逃げられねぇな」

追って来ていた男たちに道を塞がれる。袋小路だ。

「早くそいつをよこせ」
「いやよ」

私はセスを下ろし、腰に差していたナイフを向けて構える。ナイフを持つ手がブルブルと震える。
それを見て、男たちがゲラゲラと笑った。

「俺たちは、姉ちゃんに興味はねぇんだ。大人しくそいつを渡してくれたらいい。そうすれば殺しはしない」

男たちは銃をこちらに向けてきた。

私は恐怖で両膝を地面につけた。怯えて体が上手く動かない。

「お姉ちゃん、ごめん。今日だけ、力を使うのを許してほしい」

弟のセスがそう言った時、空間が歪んだ。

私は目に溜まった涙を拭うと、男たちが首から血を流して倒れていた。目の前には私が持っていたはずのナイフを手にした弟の姿。ナイフは赤く染まり、血が滴っている。

私は弟に使わせてしまった。『時を止める』彼のスキルを。

「お姉ちゃん、ごめんね。もうこの力は使わないから」

私はセスを抱きしめた。

「謝らないで……。私が何もできないから悪いのよ」

セスを体から離し、手にあるナイフを取る。血を払い、腰に差す。
セスをおぶり、再び走り出した。

「どこか遠くに行こう。誰にも見つからない場所に」

目的地もない、旅が再開した。

あの力の代償は、セスの寿命なのだ。だからもう二度と使わせない。

必ず、また平和な日常を手に入れてみせる。

お題:今日だけ許して

10/4/2025, 12:46:06 AM

「お姉ちゃん、マサトってだーれ?」
「え?誰よその人、私も知らないけど」

起床すると、同じ部屋の隣のベッドにいる妹から聞かれた。でも私の知り合いには、マサトなんて人はいない。全く心当たりがないのだ。

「どうしてそんなことを聞くの?」
「だって、お姉ちゃんが寝言でずっとマサト、マサトって言うんだもん」

多分、知り合いだったらもっと恥ずかしかった。

「あ!絶対お姉ちゃんの彼氏だ!」
「違うから……。お母さんの前で言わないでよ」

顔を真っ赤にしながら、部屋を出た。

でも、夢の中の「マサト」って人に、なぜか会ってみたいと思った。
今夜の夢は覚えていますように——そう願った。

お題:誰か

10/2/2025, 2:24:24 PM

俺は足が速かった。学年の中で誰にも負けないくらいに速かった。

「何でそんなに速く走れるんだよ!」
「ヒビキすごい!」

周りにいるみんなが、口を揃えて俺を褒め称えた。俺はそれが恥ずかしくて「たまたまだよ」とか、「そんなことないよ」と否定してしまう。でも、心の中ではやっぱり嬉しかった。

そんなある日。クラスに転校生が来た。

「神崎俊です。東京から転校してきました。サッカーが大好きです。これからよろしくお願いします」

自己紹介が終わると、クラスのあちこちから小さなざわめきが起こった。
爽やかでクールな印象の彼は、スタイルも良く、まさにイケメン。モデルでもやっているんじゃないかと思うほどだった。

その一週間後の体育で、体育祭のリレー戦の代表者を決める徒競走をすることになった。
この結果で、速い男子四人、女子四人が選ばれる。

男女別で出席番号順に五人ずつタイムを測る。俺の苗字は『川崎』だから、神崎と一緒だった。

前の五人が走り終え、レーンにつく。

「よーい、ドン」

開始の合図と共に駆け出す。
結果は、生まれて初めての惨敗。背中を追いかけたまま、追いつくことができなかった。

教室に戻ると、いつもは周りから聞こえていたみんなの声が、神崎のいる方から聞こえてくる。

俺は悔しくて、悔しくて、放課後になって神崎に言った。

「神崎、来年もまた勝負してくれないか」
「うん、いいよ。楽しみにしてるね」

言いたくはないが、今は勝てない。それでも俺は決意した。
来年は必ず勝ってみせる、と。

お題:遠い足音

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