この世界には『スキル』という、珍しい能力を使える者がいる。
私が聞いたことがあるのは、相手の感情を読む、体から炎を出せる、血を操ることができる、などといった人間を超越したものである。
どんなスキルにも代償があるらしいが、それは人それぞれだ。
強力な力を持つ一方で、危険もある。
例えば、命を狙われたり、研究のために耐え難い拷問を受けたり、悪人に利用されたり。
私——アナンが今逃げているのは、捕まらないためだ。ターゲットは背中におぶっている弟だが、私が守らなければならない。
「待て!」
黒いスーツに黒いサングラスをかけた男たちが、近くまで迫って来ていた。荒い息を吐きながら全力で走る。
薄暗く、人気のない裏通り。男たちの怒号と、石畳にぶつかる靴音が響く。
しばらく走り、T字路を曲がると壁にぶつかった。
「嘘でしょ……」
運悪く、行き止まりだった。
「姉ちゃん、もうこれで逃げられねぇな」
追って来ていた男たちに道を塞がれる。袋小路だ。
「早くそいつをよこせ」
「いやよ」
私はセスを下ろし、腰に差していたナイフを向けて構える。ナイフを持つ手がブルブルと震える。
それを見て、男たちがゲラゲラと笑った。
「俺たちは、姉ちゃんに興味はねぇんだ。大人しくそいつを渡してくれたらいい。そうすれば殺しはしない」
男たちは銃をこちらに向けてきた。
私は恐怖で両膝を地面につけた。怯えて体が上手く動かない。
「お姉ちゃん、ごめん。今日だけ、力を使うのを許してほしい」
弟のセスがそう言った時、空間が歪んだ。
私は目に溜まった涙を拭うと、男たちが首から血を流して倒れていた。目の前には私が持っていたはずのナイフを手にした弟の姿。ナイフは赤く染まり、血が滴っている。
私は弟に使わせてしまった。『時を止める』彼のスキルを。
「お姉ちゃん、ごめんね。もうこの力は使わないから」
私はセスを抱きしめた。
「謝らないで……。私が何もできないから悪いのよ」
セスを体から離し、手にあるナイフを取る。血を払い、腰に差す。
セスをおぶり、再び走り出した。
「どこか遠くに行こう。誰にも見つからない場所に」
目的地もない、旅が再開した。
あの力の代償は、セスの寿命なのだ。だからもう二度と使わせない。
必ず、また平和な日常を手に入れてみせる。
お題:今日だけ許して
10/5/2025, 8:32:30 AM