よあけ。

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7/25/2024, 8:05:41 PM

:鳥かご 続編
1年前に書いたものも一番下に載せています。

「こんな小さな鳥かごの中より、君はもっと広い空へ飛び立つべきだ。君が僕のもとから離れるというなら僕はそれを肯定しよう」

「俺は、貴方のことが好きですよ」

その優しさが苦しい。



15分程前に遅刻の連絡を受け取ったが、そろそろスマホをいじっているのも飽きてきた。先に注文したアイスティーは既に汗をかいている。カラカラとストローを回して氷を鳴らした。すぐ来るだろうと思って二人分のドリンクを注文しようとしたが、辞めて自分の分だけの注文にして良かった。

外は太陽が照って、木が濃い影を伸ばしている。その木に張り付いた蝉が元気良く鳴いていて在りし日の夏を思い出した。一緒に肩を並べて笑いながら登校した数年前を。

「あ〜〜……! おまたせしました、すみません! 仕事が長引いちゃって……」

息を切らしながらドサドサと荷物を落とす慌ただしい到着に、思いを馳せようとしていたところで我に返る。

「構わないさ。仕事の合間を縫って来てもらってるんだし、むしろこちらの都合に合わせてもらって申し訳ないよ」

「それこそいいんですよ! 俺から会いたいって言ったんですし」

謝罪もそこそこに「俺も飲み物頼みますね」とメニューを見始めた。「今日はこっちにしよう」と呟いたから、なるほど今日はレモンティーにするのかと思った。

「アイスコーヒーをお願いします」
「え」
「え? アイスコーヒー頼みますか?」
「いや、ううん、ごめん」

僕はストレート、君はミルクティー砂糖入りでアイスならシロップ入り、たまに味を変えるとしても僕がコーヒーを飲むか君がレモンにするだけ、これが定番だったのに。よくよく考えてみれば数年経っていれば味覚だって変わっていて当たり前だ。なのに僕は、君が変わっているだなんて。

「……コーヒーは苦くて飲めないんじゃなかったの」

「あ〜、そうでしたねぇ。昔は苦くて飲めなかったんですけど、眠気覚ましに飲むようになってから意外と美味しく思えてきたんです。あ、でもお砂糖を入れるときもありますよ?」

「そっか」

もう僕の知ってる君じゃないんだと突きつけられている。そうか、そうかやっぱり君は最初からもっと自由になるべきだったのに、僕が無理矢理捕まえて無理矢理決めつけていたんだ。

己が招いたことだというのに心臓の裏側が炙られているみたいで息苦しい。これじゃまるで被害者ヅラをしている。

「君とこうやってお茶をするなんて懐かしい気持ちだよ」

「そうですねぇ。あれからいち、にぃ、さん、し……わぁ、7年ぶりですよ! もうそんなに経ったんですね」

「それで、今日は僕にどんな要件で?」

ふわふわ嬉しそうにしていた顔が固まって、視線を外して、目を伏せた。

「ん〜…………昔のこと、を、話したくて」

カラン、と氷が崩れる。

「それって……学生時代の」

「そうですね」

ついにこの時が来たんだ。処刑台の刃が落とされて僕は首を刎ねられるだろう。



図書室で本を読んでいた。その日は青空が広がって窓辺には柔らかい陽光が降り注ぎ、ゆったり本を読むには良い日だった。君が今日図書室に来るだろうと踏んで。

しばらく本を読んでいると扉が開いて君が入ってきた。「あれ、図書委員は今日お仕事かい?」とあたかも偶然を装って聞いたら「こんにちは。今日は仕事じゃないんですけど、時間のある時にやっておこうかなぁと思いまして。お邪魔してすみません」と予想通りの回答だった。大丈夫だよと言って手伝う為に本を閉じて立ち上がる。

本の整理をしながら鳥かごの話をした。君に似合いそうだって。自由に羽ばたける羽をもぎ取ってでも欲しかった。一生檻の中で飼い殺すくらいじゃないと満足できないと思っていた。

「一緒に座りませんか」と言う優しい声と優しい笑みを見たら堪らなく幸せに感じた。

幸せの青い鳥がいたら鳥かごに入れたいと思うだろう? だから捕まえた。騙したようなものだ。「鳥かごが似合いそうだね」と言ったとき「俺、そんなに弱っちく見えますかね〜」「だって鳥かごに入ってる鳥は捕まってるわけじゃないですか」なんて言うからバレたんじゃないかと肝が冷えた。それとなく誤魔化したけど、間違ってなかったよ。表面上はニコニコ愛想良く笑って相手の警戒心を下げて近づいて捕獲なんて、れっきとした犯罪者だ。気持ち悪いクソ野郎だと罵ってくれ、見損なったと言ってくれ、勝手な話だがそう思っていた。君なら伸ばした僕の手をちゃんとはたき落としてくれるだろうなんて思って。

君、なんて言った? 「いいですよ」って僕の手を取ったんだ。馬鹿じゃないのか、馬鹿じゃないのか、馬鹿じゃないのか!

羽をもぎ取って血まみれにした。僕にはそう見えていた。流石の君も嫌がるだろうと思ってみれば、血まみれのまま嬉しそうに笑ってこちらに手を伸ばそうとしてくる。「ハグがしたいんです」って、「貴方のことを大事に思ってるから」って。怖くなった。否定されると思っていたのに受け入れられたのが心底理解できなかった。

だからある時言ったんだ。

「こんな小さな鳥かごの中より、君はもっと広い空へ飛び立つべきだ。君が僕のもとから離れるというなら僕はそれを肯定しよう」

卑怯な言い方をした。僕はずっと卑怯者だったけれど。

「俺は、貴方のことが好きですよ」

僕だって、なんて言えなくて蹲った。滑稽だろう。滑稽すぎて目も当てられない。僕もそう思う。



「僕は君にごめんね、なんて言うつもりはないよ」

良いように使って、捨てるようなことをした自覚はある。それでも今更過去を悔やんで謝罪なんてしたところで、それはただ僕が許しを乞いたいだけだ。

「あはは、もう、勝手に思い込んで先走りすぎです。謝罪が欲しいなんて思っていませんよ」

どうしてそんなことが言えるんだろう。僕はずっと君に……君に? 僕から手を伸ばしても掴むのは空気だけで、指先が君にかすることすらなかったのに。

「気になりますか?」

「『気になる』って……僕は、昔のことなんて……」

柔らく微笑みじっと見つめてくる目や顔から怒りや悲しみが感じられない。僕を責め立てるような棘がない。それどころかむしろ柔らかく包み込もうとしているみたいなのは、僕がそう思いたいからなのか。

「…………君みたいな人が僕を置いて行くなんて意外だと思っていたんだ。これは僕の慢心だったのだろうけれど」

どうにか憎まれ口を叩く。そうでもしないと君は怒ってくれない。……責められたいのだって、僕がそれで楽になりたいからじゃないか。

「それは……」

「いや、いい、答えなくていい、口が滑っただけだから」

「君が蹲っている時、俺が必要だとは思えませんでした。君を支えてくれる新しい人がきっと君のもとに現れるんだろうって、そんな気がしたんです」

「喋るのかい?」

「ふふ。それに当時の俺はもう貴方にとって用済みなんだと思っていましたから。あ! 今はそんなこと思ってませんよ! 今も、今でも、貴方と友達になりたいと思ってるんです」

「…………そう」

相変わらずお人好しだと思う。頭の中がぼぅっとしてきた。いつ裁かれるのかそればかりが気になって話が入ってこない。いっそ早く君の口から否定の言葉を聞きたい。

「むしろ、貴方みたいな人が俺を逃がそうとする方が意外でした。そんな気全然なかったんでしょう? 天邪鬼なんですから」

「でも……君はちゃんと逃げたじゃないか」

「そうです。貴方から解放されて自由になった。俺は俺の青い鳥を探しに鳥かごから飛び立ちました」

「……それじゃあ、君は自分の青い鳥を見つけたからそれを報告しにきたってことかい」

君の幸せなんて聞きたくない。もはや気力がなくなって手持ち無沙汰になってきた。氷が溶けて薄まったアイスティーを手に取る。

「そうです、だからこうして貴方のもとに来たんです。ねえ、貴方は後悔とか執着心が強いですし、まだ解消しきれていないのかもしれないけど……むしろそれで良いんです、物語は終わりを迎えていませんから」

幸せそうに目を細めて、告げる。

「俺は俺の幸せの青い鳥のもとに帰ってきたんです」

頭が重い、視線が下がっていく。蝉がうるさい。

「貴方のもとに」

ストローを噛んだ。

あの時の君と重なって見えた。首を傾げて、差し込む光に照らされ艶めく髪。ふわりふわりと風で服の裾が揺れていて、今にもその青空へ飛び去ってしまいそうだった。それでも「一緒に座りませんか」とそう僕に言って、優しく笑いかける、君の顔と。

カランカランと氷の音がして顔を上げる。

「俺はコーヒーが飲めるようになって嬉しいんです。貴方と同じものを飲めるようになったんですから」

苦しい。



お題:鳥かご 2023/07/26

 君は鳥かごが似合う。必ず。
 首を傾げて、差し込む光に照らされ艶めく髪。ふわりふわりと風で服の裾が揺れていて、今にもその青空へ飛び去ってしまいそうだ。君は人気者。君は自由。
「一緒に座りませんか」
 ――今だけはその目、僕を見ているんだ。

 図書室の本を整理しようと扉を開ければ珍しく先客がいた。窓辺に設置された椅子に座っている彼は柔らかな陽光に包まれている。ゆったりとページをめくって優雅に本を読んでいるようだ。今日は天気がいい。青空を視界の端に見ながら読書をするのはとても心地良いだろう。
「あれ、図書委員は今日お仕事かい?」
「こんにちは。今日は仕事じゃないんですけど、時間のある時にやっておこうかなぁと思いまして」
 お邪魔してすみませんと言えば彼は大丈夫だよと微笑んで本を閉じ立ち上がった。どうやら手伝ってくれるらしい。
「バラバラになった本を順番に並べ変えて、それから……あった、これです。この紙に本の有無を記入していくんです」
「お安い御用だよ」
「助かります」
 コトンコトンという本の音と柔らかな陽光に自分以外の息づかい、穏やかな空気に包まれている。今日彼がここに居て良かった。
 同じ本棚についたとき、彼はこちらを見て唐突に言った。
「君は鳥かごが似合いそうだね」
「鳥かご?」
 とても嬉しそうな顔をしているものだからそんなに似合いそうですかと問いかけた。彼は満足そうに頷き「うん。とても」と目尻を下げる。
「俺、そんなに弱っちく見えますかね〜」
「弱いだって?」
 コトン、スー、コトン、コトン。この本は表紙が弱っている。
「ええ。だって鳥かごに入ってる鳥は捕まってるわけじゃないですか」
「うん、そうだね」
 コトン、ス、コトン、コトン。ここの棚は滑りが悪い。
「餌に仕掛けられた罠に掛かって捕まったんですよね。だから、小さくて弱いのかなぁって」
 コトン、コトン、コトン。この本はシリーズ物なのに2巻目が足りない。
「ねえ、鳥を飼う時、君は野生の鳥を捕まえるの?」
 本棚に入れようとしていた本を中途半端に止めて彼を見上げた。とても真剣な眼差しだった。
「そんなわけないじゃないですか。法律違反ですよ〜? 買うんですからペットショップに行きます」
「そう、綺麗に飼われた鳥を買いにいく。それから鳥かごに入れる」
「あれ、じゃあ俺、おぼっちゃまとかに見えてるんですか」
「ふふ、確かに君は世間知らずの箱入りおぼっちゃまだ。鳥かごに入れて、お世話をして、美しい羽を保たせて、それから毎日眺めて君を見つめるのはさぞ満たされるだろうね」
 コトン、コトンと、彼は順調に本を入れ始める。
「なんだか褒めてもらってる気分です」
「君が綺麗なのは事実だよ」
「だから鳥かごが似合うって思ったんですね」
「決して弱いだなんて思っていないよ。君を見下しているように聞こえた?」
「いえいえ! そんなことありません」
「そうかい?」
「優しく丁寧にお世話して飼うっていうのもありますもんね。鳥かごのイメージが、拘束とか捕獲とか、そういう過激なイメージがあっただけです」
 コトン。抱えていた最後の一冊を入れた。
「少し休憩にしましょうか」
 随分埃っぽくなった部屋の換気をしようと窓を開けると、ぶわっと強い風が教室に吹き込んでくる。心地良い。陽の光も、青い空も。
 風が気持ちいいですよ、と声をかけようとしてやめた。彼はさっきの場所で立ち止まったままだ。

「……間違ってないよ」

(彼は何か言っただろうか)

「僕は欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる口だ。それこそ野鳥を捕獲するのが違反だとしても。自由に羽ばたけるその羽をもぎ取ってでも、僕は欲しい」

(彼が鳥を飼ったら、頬杖をついて、うっとり眺めるんでしょうか。ちょうど今みたいな目で)

「お世話をして可愛がるだけの生温いものなんて満足できない。拘束して捕獲して、鳥かごに閉じ込めて、一生檻の中で飼い殺すくらいじゃないと」

(あ、今、いいアイディアが思い浮かんだんでしょうか。とても楽しそうな顔……こんなに遠い)

「一緒に座りませんか」
 今度こそ声をかけると彼は一等優しく微笑んだ。

7/23/2024, 4:04:54 PM

:花咲いて

床に赤い花を咲かせる。
歩いてきた道を示すように、ポツ、ポツ。


呆然としていたから目の前にある電柱に気が付かなくて鼻から突っ込んだ。強く噛み締めて切った唇の血と、鼻から垂れる液体が混ざって顎に流れ、慌てて下を向いた。ボタ、と落ちた赤い一滴。表面張力でギリギリ保っていたストレスカップにそいつが入り込んできたもんだから耐えられなかった。我慢の限界と鳴き喚く蝉の声で強烈な目眩がした。


努力だとか、才能だとか、そういったものが辛くて足を引きずって歩いている。重たい足枷みたいな。


「なんかすっごい賞を取れたんだ! 今度表彰されるって……へへ」

水を飲んでも飲んでも口の中がやけに乾いた。震える指でカップをつまみ上げていることが相手にバレていたら、底の底に残っていたプライドすらへし折られてしまっていたかもしれない。なんとか取り繕って「おめでとう」と言えたのは、あいつが人と目を合わせられない人間だったからだ。気恥ずかしそうに自分のコップだけを見つめてくれていて助かった。

「おめでとう」

笑えなかった。他人の成功を喜ぶことができない小さい自分にも、バケモノみたいなスピードで成長していくお前にも。


「なんで?」って言葉が滑り落ちた。なんでそんなに優れているんだ、なんでそんなことができるんだ、なんで自分はできないんだ、の「なんで」。そう思うことすら惨めで恥ずかしい。優れている人は皆どこかで何かの努力をしているのに、それを「なんで」なんて言葉でまとめるなんてあまりにも浅膚だ。その人の努力を踏みにじっているも同然の言葉だ。なのに、そんな言葉を口にした。

覚束ない足取りで帰路を辿った。いっそ泣き喚いてしまえたら楽だろうに、あまりのショックで涙がひと粒も出てこなかった。何も考えたくない。ゴツンと鼻をぶつけた激しい痛みでようやく我に返ったが、直ぐにまた朦朧としてどうやって家に帰ったかは覚えていない。右足を引きずって帰ったような気もする。重い足枷をつけられているみたいに。


リビングの床で蹲っていた。頭を上げると乾ききっていなかった鼻血が一滴床に落ちた。拭かなきゃ。

振り返って廊下の方を見た。床にポツポツ赤い色が付いている。玄関の方は真っ暗でよく見えないがきっとそっちも汚しているだろう。早く掃除をしようと立ち上がるが、目の前がジワっと黒くなって砂嵐のようなものが見えた。結局また蹲ってギュッと目を閉じる。体調が悪い、寒気がする、早くシャワーを浴びて眠ってしまいたい。

そっと目を開けて辺りを見回す。床の方で何かが蠢いている。虫だろうかとよく目を凝らしてみると、ポツポツ落としてきた血から、ゆらゆらと何かが生えてきていた。赤い花、真っ赤な花だ。真っ赤な花弁を大きく広げて膨張しながらどんどん上へと伸びていく。手に何かが触れて飛び跳ねるように立ち上がった。先程落とした血からも花が生えてきて、どんどん大きくなっていく。右足に蔦が絡まってきて思い切り締め付けられる。どこもかしこも暗くて赤い。早くここから逃げなければ。そう思うのに、動けなかった。カタカタ震えるばかりの指先、いっそ泣き喚いてしまいたいほどの恐怖。なんで、なんで、なんで!

――身に覚えがあった。おめでとうを素直に言えず震えて、努力とか才能とかに気圧されて、挙げ句の果てに「なんで」なんて、全部自分が辿ってきた道じゃないか。自ら蒔いてきた種じゃないか。ああ、なんだ、なんだ。はは、そうだ、分かっていた、あいつの方が伸びることくらい、最初から目に見えていたのに、今更ショックを受けているだなんて。甘えてたんだよ。ずっと甘ったれだったんだ。


「おめでとう」

黄金に輝く丸い花を胸に咲かせている。
キラ、キラ、ただただ眩しかった。

7/20/2024, 8:13:38 AM

:視線の先には

誰かの記憶の焼き直しなんじゃないか。

「時折思う。この気持ちも経験も誰かの焼き直しだと。君と喋る内容も誰かの焼き直しで、そうだ、別に君じゃなくてもいいし僕じゃなくてもいい。そっくりそのまま、誰かの影を追いかけているだけ。僕は君じゃなくていいし、君も僕じゃなくていい。同じ言葉を違う人から言われたら、僕らは互いの代わりに違う誰かとこうして話していたかもしれない」

「デジャヴってやつだ。それを何度も体験する。前にも似たようなことがあった気がする。君が動揺して眉間に皺を寄せているのをひどく笑った記憶が。君は今無表情だというのに、僕にはうっすら困った顔をしているように見えるよ。もしかして僕らは前にもここで、こうやって対面していたのかな」

「喉が渇く感覚もある。自由に手足を動かすことだってできる。見てよ、足踏みだってできてるだろ? だから僕はそこにある扉から、このカビ臭くて埃っぽい部屋から出ていくことができるはずだ。出ていった記憶がある。僕はこの後君のことを『バカバカしい』と鼻で笑って、床を軋ませながらあの扉まで歩く。金色のまあるいドアノブを握って、振り返ろうとして、やめてしまうんだ。ギィと蝶番が唸る。それから勢い良く扉を蹴飛ばして閉めた。僕は今日初めてこの部屋に来たというのにそんな影を見る。誰かの記憶の焼き直しを、僕はこれからするつもりなのか。君は知ってるのか?」

誰かの記憶の焼き直しだ。君も、僕も。

僕らは違う誰かの心臓で生きている。僕らが生きているつもりでも、喉が渇いたつもりでも、手足を動かしているつもりでも、それはただ、僕らの脳と体が繋がってるからそう感じているだけで、僕らはただ、意識として存在しているだけ。この場合存在していると言えるかどうかも怪しい。

銀色は嫌だって言って幾らか前の奴が金色に塗装した。その次の奴が机と椅子を持ってきてこの部屋で組み立てていた。それからしばらくして窓ができて、誰かがレースカーテンを付けた。知らぬ間にグラスが二つ転がっていた。

扉を蹴飛ばして閉めた奴はひどくイライラしていて、何か棘のある言葉を投げかけられた。そうだ、「お前も誰かの記憶の焼き直しなんじゃないか」と。僕も誰かの焼き直し。

じゃあ一番最初って何だ。僕じゃないならじゃあ誰が。

「誰かの記憶の焼き直しを、僕はこれからするつもりなのか。君は知ってるのか?」

どうしてそこに、ぎもんをもつ。

誰を見ているんだ。

7/14/2024, 5:05:31 PM

:手を取り合って

階段を降りるときに手を差し出したり、扉を開けて手を差し出したり、はぐれないように手を差し出したり。そうしたら「私、お嬢様じゃないよ」って軽やかに笑って先を歩くのだ。そんな後ろ姿が見られるから、見たいが為に手を差し出しているのかもしれない。つれない愛おしさで

歯を食いしばっている。さっさと手取れよ。早く取ってしまえ。とっととしろ。そうしないと「お前が手を取ったんだろう?」と責任と罪悪感を植え付けられないじゃないか。早く、一刻も早く!!早くこの歯軋りでお前のことを噛み砕きたい。

君の側で居られたらどれだけ幸せだろう。カラッとした爽やかな性格、まろいかんばせ、鮮やかな笑顔、歌うような柔らかい声、表情豊かな指先、真っ直ぐな視線。どこを切り取ったって様になる素敵な人。きっとどんな時間もどんなことも楽しくて、充実していて、飽きを知ることがないんだろう。

君と笑い合いたい。どうか私の手を取って。手を取らせて。共に手を取り合ってゆきたい。

早く手を取ってしまえばいい。

7/12/2024, 5:34:48 PM

:これまでずっと

良くない。何もよくない。最高なんかじゃない。

人の柔らかい部分を土足で踏みつける行為が、人の優しさを火にかける行為が、傷つけてあざとかさぶただらけにする行為が、それが今でも、本当に最高だと思っているのか。

最高だと思ってるからそんな物語を好んできた。

好きだよ。暴力でしか人とコミュニケーションをとることのできない登場人物が。最低な手段でしか身を守ることのできないちっぽけな姿が。精一杯健気に自分を守ろうとしているのが好きだ。歪みきった根性が愛おしい。

好きだよ。可哀想な登場人物が好きだ。繊細で優しい人がポロッと泣いて崩れてしまうのが好きだ。殴られても尚相手のことを好きでいようとする人が好きだ。みんなみんな優しい。こういう優しい人たちが好きだ。自分の心を切り売りしてしまう自己犠牲的なところが好きだ。痛めつけられても傷ついても、小さくキラキラ光る心を活かそうとしてる、健気な人が好きだ。

可哀想で悲しくて、抱きしめてあげたくなれる。だから好きだ。慈しみたい。追悼したい。

可哀想なままで幸せな結末を迎えられないかとか、切ない終わりが良いはずだとか、そうやって立証したくて書いてみたり。

孤独と寂しさを埋めたかった。誰かと共感することで解消できる気持ちがあった、それが現実世界には存在しないただの物語の登場人物でも。

可哀想って愛せるのかなとか、可哀想って可愛いのかなとか、そういう感情になるロジックは何だろうとか。

とりあえず何でも書いてきたけど、現実世界とフィクションはやっぱり別ってことくらいだ。フィクションはなんでも美しく見えるから暴力も愛情って感じられたよ。フィクションの暴力性やグロさ、そういうの、美しいと思える。美しいよ。やっぱり可哀想って愛おしいと思ってしまった。だけど、なのに、やっぱり、現実世界の暴力が愛情とは、あんまり思えそうにないや。

現実の暴力も愛情だと思いたくてこれまでやってきたけど、やっぱり私には分からない。僅かな愛情と優しさを拾い集めて「ありがとう」と思ってきたけど、それが良いことだとは思えない。

現実で暴力を振るう人のことを好きだなんて思えない。思い込みたい。そしたら私は……本当に救われるのか?

殴る、蹴る、物を投げつける、刃物で脅す、腕を引っ張って体を引きずる、大声で怒鳴る、罵る、詰る、泣き叫ぶ、無視をする。こういう暴力の愛情はフィクションでしか成り立たない。心を壊した人が美しいだって?それだってフィクションの中だけだ。

現実はフィクションみたいに美しくならない。

もっと痛くて、もっと恥ずかしくて、もっと悲惨。

自分のことが愛せない、大事にできない、ウザい、引っ叩きたい、お前さえ生まれてこなければ。だって、無力で役立たずで「いらない」って見放された子を愛せるわけないじゃないか。殺してしまいたくもなる。そうだろ?

暴力を振るう側の心情も、振るわれた側の心情も、よく理解できる。

やっぱりどれだけあの人の方が悪いんだよって言われても私は悪いと思えない。どうしても、どうしても思えない。苦しかったのは事実で、辛くて怖くて死にたくなってたのも事実なのに、それでもやっぱり悪いだなんて思えない。

綺麗事を言いたいわけでもなければ保身のために言いたいわけでもない。怒られるのが怖いからとか、他人のせいにするなって詰られるのが嫌だからとか、そういう感情があったから思ってるんだろうと踏んでそう書いてきたけど、驚くほど、いえ、私にとってはなんてことない感情なんだけど、本当にあの人が悪いと思えない。

痛めつけたいと思うのはただ自分一人だけ。驚くほどあの人のことを恨んでいない。憎んでもない。これも生存本能なのかな。ああだから、ストックホルム症候群に似てるって。

痛いのは嫌だ。痛いのは怖い。自分が嫌なこと、他人にしちゃ駄目なんだから。

あれやこれやと辿ってきたけど、結局根底にあるのはただ怖いという感情だけ。結局暴力を好きにはなれなかった。フィクションならどれもこれも美しくなってくれるから好きになれるのに。現実もフィクションみたいに美しくなればいいのに。そうしたら私だってそれで「ああ良かった、美しいエンドね」って思える。

怒らないで、詰らないで、ごめんなさい、怒鳴らないで、話をきいて、ごめんなさい。って、そうとしか思えない。

最高だと思わないとやってられなかった。怖くても逃げられない、耐えざるを得ない、だから認識を捻じ曲げた。されたことを無理やり美化したいがために、誰も彼もを肯定したいがために、人を痛めつける行為は愛情だと、そう思い込みたかった。じゃなきゃ愛されてなかったって証明になってしまうものね。

暴力すら肯定し飲み込もうとしていた、必死になってそれが愛情でそれが正しいんだって思おうとしていた。恐怖で怯える日々を、それが日常で当たり前で特別変なことではないと捻じ曲げてでも認めようとした、でなければ生きられなかった。ただそれだけだったんだろう。

反抗的な態度を取っているより好意的な態度を取っていたほうが助かる確率が高いから、生き残るために半ば無意識的に犯人に好意を抱く、というストックホルム症候群と似ている。

ごめんなさいと泣く貴方のことを私は愛していた。硬直するしかできないほど恐ろしくても、どれほど酷い態度を取らせてしまっても、それでも私は貴方のことが好きだった。暴力を振るう貴方のことを私は認めたかった。ひとりぼっちだと嘆く貴方の味方になりたかった。貴方の要望に応えてあげられなかったことを気にしている。

こういうのが歪みなのかもしれない。私なりの愛情がそもそも変。とか。行き過ぎてる。境界線を引けていない。同一視してる。とか。何でも肯定するのが愛情だと思ってることが間違い。とか。歪んだ愛情、コンプレックス、拗らせてるって、こういうところかもしれない。何が変だったのか知らなかったけど、こういう気持ちを抱いてることがそもそも変だったんだ。

現実はフィクションじゃないからお涙頂戴はいらない。いらないのに泣いてる。それが気色悪い。フィクションみたいに「ああ良かったね」にはなれないのに。

ちゃんと暴力の痛みを知ってるつもりだ。人が人を殴る音も、呼吸が止まることも知ってる。知ってて尚現実世界でも暴力最高なんて言えたら、それはそれで幸せなのかな。

現実でも暴力が美しいとされるなら、私は喜んで

現実で暴力が最高とされてないから今私は生きてられてる。守って慰めてもらって、それって、暴力が悪いことだから、悪いことをされた人を保護しようって思ってくれてるから、だと思う。だから、恩恵を受けている私が、最高だなんて……。

美しいと思えるのはフィクションの中だけ。暴力が最高になってくれるのは物語の中だけだ。

「理解が及ばないものに対する反応は恐怖と美化である。未知のものに恐怖し、美化というある種の信仰心を抱くことで呑み込み、あたかも“理解している”と自身に錯覚させる」
正しくそうではないか。暴力が理解できなかった、だから恐れた、恐れてもどうしようもなかったから美化した。たったそれだけだ。

あの人は暴力しか知らなかった。だから手が出た。人を傷つける選択を無意識的なのか意識的にかは分からないが選んだ。たったそれだけのこと。

たったそれだけのことを、私はありのまま理解することを拒み、遠ざけ、自らより捻じ曲げていた。怖かったから。優しい愛情なんてものを受け入れてしまったらこれまでの努力が無駄になるとか、そんなプライドで。

反芻思考をしている。

「あのときもっと私が賢かったら違う事ができていたのに」「あのとき怯えず声が出ていたらもっと守ってあげられたはずなのに」「あのとき水を渡してあげればよかったのかな」

何度も過去を思い出し原因や理由を探し出して、ブルーディングが目立つ。そんなこともう今更なのに。

「自分に起こった悲しい出来事、粗末に扱われた事態は、こんなに日常茶飯事で、特別でも何でもない、よくあることなのだ」と思い込もうとしている。「悲惨な生活を送るのが似合う価値の低い人間だ」と思い込み、自らを貶め、悲劇の衝撃を和らげている。

「親切にされる意味が分からない、理解できない。雑に扱われた方がまだ理解できます」「私はどうしようもない人間ですから」「全て私の単なるつまらないエゴだったんです」「役に立たなかった、むしろ不要な存在だった、その証明でしょう」「こんなことをしていても不毛じゃないですか」

優しい人が好きだよ。優しい話だって好きだ。ハッピーエンドだって好きだ。キラキラ甘いお砂糖の味だって。だって幸せの味がする。甘いケーキの味、赤い苺の乗った一切れの幸せ。その瞬間だけ幸福を取り繕ってくれる。その瞬間だけ。ずっとは続かない。ずっと。

幸せな話よりいっそ残酷なほうがよっぽどマシだ。よっぽど幸せになれる。よっぽど。

「美しいと思えるのはフィクションの中だけ。暴力が最高になってくれるのは物語の中だけだ」「現実世界の暴力が愛情とは、あんまり思えそうにないや」

よっぽど。

ずっと続いていてほしい。ずっと幸せであり続けてほしい。

よっぽど心美しいんだろう?そんなこと言っちゃって。そんなもの全部嘘っぱちだ。そんなもの認めたら自分が可哀想ですものね。

認めちゃったら、幸せになれたり。

認めるわけにはいかないのだ。他者の幸せを素直にお祝いしてしまったら、見捨てられた過去の私はどうなる?あんまりだよ。

じゃあさっさと縊ればよかったのに。どうして気まぐれに愛したのですか?

「私が、貴方の幸せを認められない限り、私は、ずっと貴方の人生を蔑ろにしようとしているのと同じだ」

ずっと人生を蔑ろにしてきた。私が私の人生を蔑ろにして、それでやっと安心できると よっぽど私は 私に親切で残酷らしい。

「優しさも、幸せも、そんなもの束の間気まぐれでしかない」「いつかなくなってしまうようなもの、最初から欲しくありません」

優しい話が好きだよ。昔も、今も。私にとって優しい、心臓を突き刺すような痛くて、脳みそを包み込むような柔らかい話が。貴方が深夜一口くれた、ちょっとビターで濃厚なチョコレートケーキみたいな話が。

ずっとずっと好きだったよ。

貴方の暴力を愛したかった。

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