遠くの空へ
なんの特徴もないしなんの個性もないしなんの能力もないしなんの才能もないしなんにもできないけど、嘆いたり、もうしないからね。
ガチャガチャって何が出るかわからないギャンブルが醍醐味なわけじゃないですか。ガチャに限らずランダム商品とかクジとか。
でも目当てのものが出す求めてないものばかり出続けると「いらね〜〜〜〜〜〜これならフリマで買ったほうが安いし早いしつか最初から単品これ狙いならフリマで買ったほうが良かったのでは?そのほうが合理的では?」って思考が出てくる。ほんとつまらないと思います。
違うじゃないですか。何出るか分からない中目当てのものが出たときの喜び、延々求めてないグッズがダブるわ欲しいのは出んわってときに目当てのものが出てきて脳汁ドパドパ出るのがいいからガチャを回すわけです。中古で買ったほうが安く済む場合もあるけど、中古で探せば買えるとか手に入れられるとかそういうことではない。
そしてフリマで買ったほうが安いと分かっていながら回すガチャが最高だったりする。ギャンブルは楽しい。
フリマで買ったほうが合理的と言うなら、わざわざガチャを回しているのが不合理というんだろうかと考えたんです。考えた末に行き着いたのが、合理的快楽主義。どうすればこの理不尽な世界を最も楽しく生き抜けるかを合理的に考えた結果の快楽主義。
人生所謂「無駄」を楽しんでなんぼだと思うんです。僕は無駄だとはこれっぽっちも思っていないが便宜上「無駄」と表記させていただく。
ゲームは無駄だと言われていることがありました。「ゲームなんてして何になるんだ」と。そういう「こんなのやって/買って何になるんだ?」という無駄、特に何にもならなくていいじゃないか、と僕は思う。ただ自分が嬉しくて満たされるだけ。それでいいじゃん、その時楽しけりゃそんでいいの。でそのうちそれが思い出とかになってまた幸せになれる。お得だよね。そういう合理的快楽主義。
「無駄」なんて言い出したらキリがないよ。言おうと思えばいくらでも言えるさ。ゲームもアニメも映画も舞台観劇も音楽も旅行も無駄だ。人付き合いもコミュニケーションも無駄だしそもそも人間どうせ死ぬんだから息を吸ってることすら無駄だ。
でもそんなわけないじゃないか。無駄を味わって人は豊かになれる。無駄か無駄じゃないかは「その人にとって必要か不要か」ということでしかない。僕にはギャンブルが必要。へへ、ガチャだけど。
自己正当化?自己正当化でいいじゃないか。人生は積極的に自己正当化していくほうがいい。
合理的快楽主義、無駄を楽しむ。そこで考えたのが「ではこの『無駄』な脳みそも存在してていいんじゃないか」ということ。
何をするにも覚えが悪く、容量が悪く、努力という言葉には「人並みになること」が内包されているような人間が生きていたって何の役にも立たず、誰の役にも立たず、社会からのはみ出し者のゴミでしかない。どう転んでも批判しかされないような人間だ。ならさっさと死んでしまいたいと思っていた。あったところで無駄な脳みそ。
でも僕はガチャという無駄が好きだ。ゲームも好きだし音楽も好きだ。無駄が好き。無駄は存在してていいと思う。なら僕だって別に存在してていいんじゃないかな。
「不要」な人にとっては僕は邪魔でしかないと思うけど、僕に限らず「邪魔」は世の中溢れまくってると思う。僕は煙草が不要な人間だから煙草は邪魔だし、なんならさっさと消滅してしまえと思ってる。一人一人「不要だ」と思うことやものはそれぞれあるだろうけど、そういう「不要」が溢れて成り立ってるのが社会だ。
僕に死ねと言ってくる人を想像してみる。すると僕は「そんなこと言ってくるやつがそれこそ僕にとって不要な存在だからお前が死ねや」と思った。なんだ。意外とちっぽけなのかもしれない。
僕が消滅する必要があるというなら世の中の要らないものも全部消滅する必要がある。みんなの要らないものを全部消していこう。そのうち社会が滅びて国が滅びて人類滅亡してると思うよ。いや、そもそも僕が人類は不要だと思ってるから、みんなの不要なものを消していくことになったら、僕の不要なものを消すことになったら、全員が死ぬことになる。
人間がそもそも無駄だ。無駄なのにみんな生きてる。僕は自分の存在を無駄だと思っている。でも人間がそもそも無駄で、無駄なのにみんな生きてて、なら、別に無駄な僕が生きているのは当たり前なことのかもしれない。
今日も空が青い。
僕はこの社会から、この世界から、この人生から、逃げ果せる。死にたいと藻掻く奴らよさようなら!僕は一足先にゆるされるのだ。僕の勝ちだ!
と思った。思っていたのに、今こうしてベッドに寝そべっている。そういう意識がある。ということは、死んでいない。
目覚めて飯食ってクソして薬飲んで寝る目覚めて飯食ってクソして薬飲んで寝る目覚めてクソして飯食って薬飲んで寝る目覚めて
あーーーーーーーーーーーーーーー
ゆるされたい。もうゆるされたい。
生きるというのは罰みたいなものだ。僕は今尚罰を受け続けている。死というのは救済で、生からの解放。だから死にたいと喚き自死を実行する。というのに、僕は尚生きている。
もうゆるされたい。ゆるされたい。ゆるされてしまいたい。生地獄から解放されたい。ゆるされたい。人生からゆるされたい。生きるということからゆるされたい。
ゆるされたい。ゆるされたかったのに。
天井が見える。心臓が動いている。
僕は生きてる。生きてる。生きてる。
手紙を開くと
あなたのようになれたらどれほどだったろう。
冷凍焼けの臭いがするお前はもう誰にも美味しく食べてもらえないんだろうな。今も全身バラバラなまま青くて冷たい世界でおやすみなさいしてる。ナイフを手向けたのはお前なのに、先に勝ち逃げしやがって。真っ赤に染まったこのはらわたはどうしてくれようか。あついよ。
僕もそっちに行きたかった。お前みたいになれたらどれほどだったろうと思う。そのたび心臓に縄が食い込んで痛むのだ。頭はドリルで貫通させられている。
僕もそっちに行きたかった。全ての音を吸い尽くす積雪に沈んでしまいたかった。冷凍焼けの臭いがするお前を思い出したらできなかった。
可哀想で羨ましかった。可哀想だったのは僕だ。お前はちっとも可哀想なんかじゃない。だって勝ち逃げだぜ?羨ましいよ。僕は何が羨ましかったかって、そんなの明白だ。お前のその、冷たい皮膚と、冷淡さだ。僕の心は温かいからお前みたいに人を置いて行ったりできない。置いて行ったりなんて。
あなたのようになれたらどれほどだったろう。僕のこんな、ちんけな覚悟なんて。
薄い酸素を吸って息を繋いでいる。白い煙を口から吐き出しては、自らの命を削り落としているかのような錯覚がしてくる。体が重たいならば手足を切り落として軽くなればいいじゃない、と、肉だるまになったお前は平気で言うのだ。蹴飛ばしてやろうか。僕がどんな思いでお前の姿を見ていたと思ってるんだ、ちくしょう。
やっと辿り着いたかと思えば空白だらけで、軋む床板が嘲笑いながら僕を責め立ててくる。知っていた、知っていたさ。ホコリをかぶって待ち続けていたお前の分身は、一体僕に何を言うつもりなのか。僕はあいつと違って君を置いていったりしないよ。この手紙ですら、置いてこの世を去ることなど、できない。
手向けられたペーパーナイフで封を切り、ついでに床に落ちていた名刺も破ってやった。見たくない文字列だった。どうして僕達、元は同じ名字だったのに。
手紙を開くとコロン、と何かが転がり落ちた。臍の緒だった。
僕も、あなたのようになれたらよかったのに。
小さな幸せ
食べてしまったんです。
食べるつもりなんてありませんでした。
しかし食べてしまったのです。
愛情込めて飼っていたあなたを。
私よりずっと小さな――この場合私が巨大であるという方が適切でしょう――あなたを口に含むのは簡単でした。
青ざめ怯える顔を凝視しながら、左の腕を、右の脚を、腹の真ん中を、愛おしいままに。
食べてしまったのです。
皿に乗ったあなたを、ナイフで切り、フォークで突いて。
絶望に塗れた目を向けられたことを私は理解していました。理解していながら、大きく口を開け、フォークを中へ突っ込んだ。
食べてしまったのです。
咀嚼しきれなかった骨が喉に引っかかりました。あなたの「生きたい」という思いなのだろうと意味づけすると“命”を感じました。
食べてしまったんです。
とうとう。
食べてみたかったんです。
あなたは私の血となり肉となる。私の体はあなたと共にあるのです。
さよならさよならひらりひら
ぴょんぴょこ飛び跳ねるうさぎとさようなら
ぴょんぴょこ跳ねまわる脳みそとさようなら
さよならさうならひらりひら
ぴょんぴょこうさぎな脳みそとさようなら
ひらひらひらり
さようなら私
おかしな頭うさぎともさようなら