よあけ。

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:鳥かご 続編
1年前に書いたものも一番下に載せています。

「こんな小さな鳥かごの中より、君はもっと広い空へ飛び立つべきだ。君が僕のもとから離れるというなら僕はそれを肯定しよう」

「俺は、貴方のことが好きですよ」

その優しさが苦しい。



15分程前に遅刻の連絡を受け取ったが、そろそろスマホをいじっているのも飽きてきた。先に注文したアイスティーは既に汗をかいている。カラカラとストローを回して氷を鳴らした。すぐ来るだろうと思って二人分のドリンクを注文しようとしたが、辞めて自分の分だけの注文にして良かった。

外は太陽が照って、木が濃い影を伸ばしている。その木に張り付いた蝉が元気良く鳴いていて在りし日の夏を思い出した。一緒に肩を並べて笑いながら登校した数年前を。

「あ〜〜……! おまたせしました、すみません! 仕事が長引いちゃって……」

息を切らしながらドサドサと荷物を落とす慌ただしい到着に、思いを馳せようとしていたところで我に返る。

「構わないさ。仕事の合間を縫って来てもらってるんだし、むしろこちらの都合に合わせてもらって申し訳ないよ」

「それこそいいんですよ! 俺から会いたいって言ったんですし」

謝罪もそこそこに「俺も飲み物頼みますね」とメニューを見始めた。「今日はこっちにしよう」と呟いたから、なるほど今日はレモンティーにするのかと思った。

「アイスコーヒーをお願いします」
「え」
「え? アイスコーヒー頼みますか?」
「いや、ううん、ごめん」

僕はストレート、君はミルクティー砂糖入りでアイスならシロップ入り、たまに味を変えるとしても僕がコーヒーを飲むか君がレモンにするだけ、これが定番だったのに。よくよく考えてみれば数年経っていれば味覚だって変わっていて当たり前だ。なのに僕は、君が変わっているだなんて。

「……コーヒーは苦くて飲めないんじゃなかったの」

「あ〜、そうでしたねぇ。昔は苦くて飲めなかったんですけど、眠気覚ましに飲むようになってから意外と美味しく思えてきたんです。あ、でもお砂糖を入れるときもありますよ?」

「そっか」

もう僕の知ってる君じゃないんだと突きつけられている。そうか、そうかやっぱり君は最初からもっと自由になるべきだったのに、僕が無理矢理捕まえて無理矢理決めつけていたんだ。

己が招いたことだというのに心臓の裏側が炙られているみたいで息苦しい。これじゃまるで被害者ヅラをしている。

「君とこうやってお茶をするなんて懐かしい気持ちだよ」

「そうですねぇ。あれからいち、にぃ、さん、し……わぁ、7年ぶりですよ! もうそんなに経ったんですね」

「それで、今日は僕にどんな要件で?」

ふわふわ嬉しそうにしていた顔が固まって、視線を外して、目を伏せた。

「ん〜…………昔のこと、を、話したくて」

カラン、と氷が崩れる。

「それって……学生時代の」

「そうですね」

ついにこの時が来たんだ。処刑台の刃が落とされて僕は首を刎ねられるだろう。



図書室で本を読んでいた。その日は青空が広がって窓辺には柔らかい陽光が降り注ぎ、ゆったり本を読むには良い日だった。君が今日図書室に来るだろうと踏んで。

しばらく本を読んでいると扉が開いて君が入ってきた。「あれ、図書委員は今日お仕事かい?」とあたかも偶然を装って聞いたら「こんにちは。今日は仕事じゃないんですけど、時間のある時にやっておこうかなぁと思いまして。お邪魔してすみません」と予想通りの回答だった。大丈夫だよと言って手伝う為に本を閉じて立ち上がる。

本の整理をしながら鳥かごの話をした。君に似合いそうだって。自由に羽ばたける羽をもぎ取ってでも欲しかった。一生檻の中で飼い殺すくらいじゃないと満足できないと思っていた。

「一緒に座りませんか」と言う優しい声と優しい笑みを見たら堪らなく幸せに感じた。

幸せの青い鳥がいたら鳥かごに入れたいと思うだろう? だから捕まえた。騙したようなものだ。「鳥かごが似合いそうだね」と言ったとき「俺、そんなに弱っちく見えますかね〜」「だって鳥かごに入ってる鳥は捕まってるわけじゃないですか」なんて言うからバレたんじゃないかと肝が冷えた。それとなく誤魔化したけど、間違ってなかったよ。表面上はニコニコ愛想良く笑って相手の警戒心を下げて近づいて捕獲なんて、れっきとした犯罪者だ。気持ち悪いクソ野郎だと罵ってくれ、見損なったと言ってくれ、勝手な話だがそう思っていた。君なら伸ばした僕の手をちゃんとはたき落としてくれるだろうなんて思って。

君、なんて言った? 「いいですよ」って僕の手を取ったんだ。馬鹿じゃないのか、馬鹿じゃないのか、馬鹿じゃないのか!

羽をもぎ取って血まみれにした。僕にはそう見えていた。流石の君も嫌がるだろうと思ってみれば、血まみれのまま嬉しそうに笑ってこちらに手を伸ばそうとしてくる。「ハグがしたいんです」って、「貴方のことを大事に思ってるから」って。怖くなった。否定されると思っていたのに受け入れられたのが心底理解できなかった。

だからある時言ったんだ。

「こんな小さな鳥かごの中より、君はもっと広い空へ飛び立つべきだ。君が僕のもとから離れるというなら僕はそれを肯定しよう」

卑怯な言い方をした。僕はずっと卑怯者だったけれど。

「俺は、貴方のことが好きですよ」

僕だって、なんて言えなくて蹲った。滑稽だろう。滑稽すぎて目も当てられない。僕もそう思う。



「僕は君にごめんね、なんて言うつもりはないよ」

良いように使って、捨てるようなことをした自覚はある。それでも今更過去を悔やんで謝罪なんてしたところで、それはただ僕が許しを乞いたいだけだ。

「あはは、もう、勝手に思い込んで先走りすぎです。謝罪が欲しいなんて思っていませんよ」

どうしてそんなことが言えるんだろう。僕はずっと君に……君に? 僕から手を伸ばしても掴むのは空気だけで、指先が君にかすることすらなかったのに。

「気になりますか?」

「『気になる』って……僕は、昔のことなんて……」

柔らく微笑みじっと見つめてくる目や顔から怒りや悲しみが感じられない。僕を責め立てるような棘がない。それどころかむしろ柔らかく包み込もうとしているみたいなのは、僕がそう思いたいからなのか。

「…………君みたいな人が僕を置いて行くなんて意外だと思っていたんだ。これは僕の慢心だったのだろうけれど」

どうにか憎まれ口を叩く。そうでもしないと君は怒ってくれない。……責められたいのだって、僕がそれで楽になりたいからじゃないか。

「それは……」

「いや、いい、答えなくていい、口が滑っただけだから」

「君が蹲っている時、俺が必要だとは思えませんでした。君を支えてくれる新しい人がきっと君のもとに現れるんだろうって、そんな気がしたんです」

「喋るのかい?」

「ふふ。それに当時の俺はもう貴方にとって用済みなんだと思っていましたから。あ! 今はそんなこと思ってませんよ! 今も、今でも、貴方と友達になりたいと思ってるんです」

「…………そう」

相変わらずお人好しだと思う。頭の中がぼぅっとしてきた。いつ裁かれるのかそればかりが気になって話が入ってこない。いっそ早く君の口から否定の言葉を聞きたい。

「むしろ、貴方みたいな人が俺を逃がそうとする方が意外でした。そんな気全然なかったんでしょう? 天邪鬼なんですから」

「でも……君はちゃんと逃げたじゃないか」

「そうです。貴方から解放されて自由になった。俺は俺の青い鳥を探しに鳥かごから飛び立ちました」

「……それじゃあ、君は自分の青い鳥を見つけたからそれを報告しにきたってことかい」

君の幸せなんて聞きたくない。もはや気力がなくなって手持ち無沙汰になってきた。氷が溶けて薄まったアイスティーを手に取る。

「そうです、だからこうして貴方のもとに来たんです。ねえ、貴方は後悔とか執着心が強いですし、まだ解消しきれていないのかもしれないけど……むしろそれで良いんです、物語は終わりを迎えていませんから」

幸せそうに目を細めて、告げる。

「俺は俺の幸せの青い鳥のもとに帰ってきたんです」

頭が重い、視線が下がっていく。蝉がうるさい。

「貴方のもとに」

ストローを噛んだ。

あの時の君と重なって見えた。首を傾げて、差し込む光に照らされ艶めく髪。ふわりふわりと風で服の裾が揺れていて、今にもその青空へ飛び去ってしまいそうだった。それでも「一緒に座りませんか」とそう僕に言って、優しく笑いかける、君の顔と。

カランカランと氷の音がして顔を上げる。

「俺はコーヒーが飲めるようになって嬉しいんです。貴方と同じものを飲めるようになったんですから」

苦しい。



お題:鳥かご 2023/07/26

 君は鳥かごが似合う。必ず。
 首を傾げて、差し込む光に照らされ艶めく髪。ふわりふわりと風で服の裾が揺れていて、今にもその青空へ飛び去ってしまいそうだ。君は人気者。君は自由。
「一緒に座りませんか」
 ――今だけはその目、僕を見ているんだ。

 図書室の本を整理しようと扉を開ければ珍しく先客がいた。窓辺に設置された椅子に座っている彼は柔らかな陽光に包まれている。ゆったりとページをめくって優雅に本を読んでいるようだ。今日は天気がいい。青空を視界の端に見ながら読書をするのはとても心地良いだろう。
「あれ、図書委員は今日お仕事かい?」
「こんにちは。今日は仕事じゃないんですけど、時間のある時にやっておこうかなぁと思いまして」
 お邪魔してすみませんと言えば彼は大丈夫だよと微笑んで本を閉じ立ち上がった。どうやら手伝ってくれるらしい。
「バラバラになった本を順番に並べ変えて、それから……あった、これです。この紙に本の有無を記入していくんです」
「お安い御用だよ」
「助かります」
 コトンコトンという本の音と柔らかな陽光に自分以外の息づかい、穏やかな空気に包まれている。今日彼がここに居て良かった。
 同じ本棚についたとき、彼はこちらを見て唐突に言った。
「君は鳥かごが似合いそうだね」
「鳥かご?」
 とても嬉しそうな顔をしているものだからそんなに似合いそうですかと問いかけた。彼は満足そうに頷き「うん。とても」と目尻を下げる。
「俺、そんなに弱っちく見えますかね〜」
「弱いだって?」
 コトン、スー、コトン、コトン。この本は表紙が弱っている。
「ええ。だって鳥かごに入ってる鳥は捕まってるわけじゃないですか」
「うん、そうだね」
 コトン、ス、コトン、コトン。ここの棚は滑りが悪い。
「餌に仕掛けられた罠に掛かって捕まったんですよね。だから、小さくて弱いのかなぁって」
 コトン、コトン、コトン。この本はシリーズ物なのに2巻目が足りない。
「ねえ、鳥を飼う時、君は野生の鳥を捕まえるの?」
 本棚に入れようとしていた本を中途半端に止めて彼を見上げた。とても真剣な眼差しだった。
「そんなわけないじゃないですか。法律違反ですよ〜? 買うんですからペットショップに行きます」
「そう、綺麗に飼われた鳥を買いにいく。それから鳥かごに入れる」
「あれ、じゃあ俺、おぼっちゃまとかに見えてるんですか」
「ふふ、確かに君は世間知らずの箱入りおぼっちゃまだ。鳥かごに入れて、お世話をして、美しい羽を保たせて、それから毎日眺めて君を見つめるのはさぞ満たされるだろうね」
 コトン、コトンと、彼は順調に本を入れ始める。
「なんだか褒めてもらってる気分です」
「君が綺麗なのは事実だよ」
「だから鳥かごが似合うって思ったんですね」
「決して弱いだなんて思っていないよ。君を見下しているように聞こえた?」
「いえいえ! そんなことありません」
「そうかい?」
「優しく丁寧にお世話して飼うっていうのもありますもんね。鳥かごのイメージが、拘束とか捕獲とか、そういう過激なイメージがあっただけです」
 コトン。抱えていた最後の一冊を入れた。
「少し休憩にしましょうか」
 随分埃っぽくなった部屋の換気をしようと窓を開けると、ぶわっと強い風が教室に吹き込んでくる。心地良い。陽の光も、青い空も。
 風が気持ちいいですよ、と声をかけようとしてやめた。彼はさっきの場所で立ち止まったままだ。

「……間違ってないよ」

(彼は何か言っただろうか)

「僕は欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる口だ。それこそ野鳥を捕獲するのが違反だとしても。自由に羽ばたけるその羽をもぎ取ってでも、僕は欲しい」

(彼が鳥を飼ったら、頬杖をついて、うっとり眺めるんでしょうか。ちょうど今みたいな目で)

「お世話をして可愛がるだけの生温いものなんて満足できない。拘束して捕獲して、鳥かごに閉じ込めて、一生檻の中で飼い殺すくらいじゃないと」

(あ、今、いいアイディアが思い浮かんだんでしょうか。とても楽しそうな顔……こんなに遠い)

「一緒に座りませんか」
 今度こそ声をかけると彼は一等優しく微笑んだ。

7/25/2024, 8:05:41 PM