お題:飛べない翼
地に足をつけて歩いてほしい。僕と同じように。
君は優しくて、誰にだって親切で、純粋で。
幸せを運ぶ青い鳥に相応しいほど、君は。
僕にも声をかけた。だって、君は青い鳥だから。
君の翼の手入れをした。
お湯は駄目で、水をたんと与えた。
力いっぱい擦らず、優しくなでた。
君は大いに喜んで僕を慕ってくれた。
手を差し伸べると君は破顔して僕の手を取った。
幸せの青い鳥 空高く舞う 君
奇麗だった。とても。だからもいだ。
丁寧に丁寧にお世話をして、美しい翼を授け、飛べない翼にするまでも、すべて僕がしたかった。
どんな顔も見てみたかった。
その顔が見てみたかった。
そんな顔をしないで。
僕と同じになってほしかった。
君は笑った。
いつもと同じように。
もげた翼を踏んづけて僕に手を伸ばした。
僕は取り損ねて君は思い切りこけた。
それでも君は笑った。手を伸ばして。
「これで、あなたと、同じになれます」
足で翼を踏んづけて、手を伸ばして。
僕と 同じように。
お題:ススキ
ススキは背が高かった。
遠足の自由時間のとき、辺り一面ススキが生えている場所へ、わ〜〜っと入っていった。自分よりも背の高い植物は木かひまわりくらいしか知らなかったから、新鮮で夢中になって走った。
ざわざわ、ざわざわ。
風が吹けばススキは音を立てて大きな影を作った。
ざわざわ、ざわざわ。
だんだん、話し声に聞こえてきた。
ざわざわざわざわ。
気がつくと、帰り道が分からなくなっていた。焦り、無我夢中で走った。かき分けてもかき分けても背の高いススキばかり。
ざわざわざわざわ。
ススキの声が恐ろしくて脈が早くなり、血の気が引いた。逃げるように走った。走って走って走って、走った。
ざわざわざわざわ。
「みーっけ! あれ、泣いてるの、どうしたの?」
腕を掴んでくれたのは同じクラスの子だった。帰り道が分からなくて怖かったことを伝えると
「かえりみち? あっちだよ。ここから見えてるよ」
あっちと指が向けられた方へ顔を上げた。
なんと、さっきまで辺り一面にあったはずの背の高いススキが、自分より背が低くなっていた。
さっきまで確かに背が高かったはずなのに。
お題:脳裏
脳の裏からストローを刺して吸えば、幾らか貴方の知識、思考を奪えるのではないかと企んでいた。
もちろんストローを突き刺すわけにもいかないし、頭を切り開くわけにもいかない。ならば。
一心同体になってみたいのだ。博識な貴方が羨ましくて。貴方の思考を理解したくて。貴方という存在が知りたくて。脳みそを食してみたくなった。
いかにも、気持ち悪いことを考えている。しかし私は純情を抱いているだけだ。禁忌を犯すわけにはいかないので妄想はきちんと脳裏にしまっている。もっと現実的に考えよう。まずは文通から始めようではないか。
文通の許可が取れたらもはや勝利も目前。あなたの脳裏を知りたいのだ。ひっそり懐に入り、貴方の脳の裏側をストローで吸い取ってやろう。
お題:意味がないこと
あなたの涙に濡れてみたい。
あなたの涙に溺れたら、僕の心は、
何でもないよ。
君に酷いことを言った
君に酷いことをした
だから
今更
今更 意味がないこと
今更、だから こそ 涙を浴びたい。
喉でもいい 詰まらせて あなたの呼吸 体温
あなたの涙に濡れている。
溺れそうだ、僕の心、冷たいみたいだ、
こうでもしないと
君から顔を逸した
君から隠れた
だから
今更
今更 意味がないこと
今更、だから こそ 眼球を知りたい。
陶酔でいい 流し込んで あなたの血液 細胞
砂糖水 ような 甘い 蛍光灯 反射 煌めく
飲み下す。飲み下す。飲み下して
みて
嗚咽して
今更 意味がないこと
今更、だからこそ、触れたい。
■■
あなたと対話がしたいと思った。
どうしようか。
何がいいかな。
なんでもいいよ。
そうなのかな。
そうずっと、このままずっと、ずっと、ずっと。吊革映る車窓から、このまま広い草原の上、ただずっと。
一人だから、二人だから、ふたりぼっち、一人だけどね。そうなのかな、そうなんだよ。
脳みそ一個、心臓一個、君とおんなじ手と足と口、同じ血が巡ってる。だからずっと、ふたりぼっちの一人で。
で、で、で、なんだっけ。
どうしたい?
どうしようか、わからないな。
ならこのままいよう。このままずっと、のらりゆらりくらりとろんと。次でも、その次でも、ずっと回送でも。
どうしようか。
そうしようか。
ふたりぼっち一人席。あなたと私で。
優しい、穏やかな話がいいかな。ただひたすら花に溺れていたい。そんな柔らかな世界がいい。眉間に皺を寄せるのも、口調が強いのも、攻撃するのも、傷つけるのも、ここではそんなもの要らないよ。毒となるもの欲しいならきっとここでは見つからない。薬となるもの求めているならきっとここでは洗われない。なにも。なにも。
例えば全部「それでいい」と受け入れる心があったとして。さあ、さあ、わかるかい。わからないくせに。わからなくていい。わからなくていい。知らないくせに。知らないでほしい。大事なあなた。名前をあげた大事な大事な。だから知らなくていい。苦痛とは無縁の世界で、輝かしく生きていればと、私のエゴも知らず生きていれば。
枷になって鎖になって繋ぎ止めるものが紅茶という手段で。なんてことないありふれた話題と当たり障りのない世間話だけで。そうしたらあなたは大事にしてくれることも知っていて。私はもう赤子ではないというのに、あなたは抜け落とし甘やかす。そこに漬け込んだとしてもタンニンが落ちすぎることはない。だからずっと紅茶を淹れ続ける。
だからね、だから、だからどうかきちんと対話がしたいと言いたいのだけど、どうもうまく伝えられないみたいだ。あなたはずっと先を見ているから目が合わなくて。引き止める手段は少なく、住所も知らないから、手紙一つ送れやしない。「教えてくれればいいのに」そう言えないのはそこまで未熟じゃないから。
知りすぎてしまったと、そうこぼすのを知っているから。慎ましく生きるのも悪くないよねと言って一人木々の奥を彷徨うし、一人ふらっと空を漂う。好奇心というべきか、恐怖の裏返しか。だからね■さん、そんなに……孤独が好きかい。
窓の鍵を開けておけばいい、そうしたら自由気ままに会える気がする。
サンタクロース気分か、子どもじゃあるまいしプレゼントはないよ。
それじゃあ代わりにミルクを用意しておいてあげる。
それでは何か。
何も、変じゃない、プレゼントなんだから。
私達にとってハグなんて今更意味がないもので。そう、意味がないんだよ。だって同じだから。寂しいことを言っている。だから悲しくもなる。それでもいいとすら思える。それほどまでにハグをしたい。無意味だけれど。
うん、うん。今更、今さら。空白の時間、埋め合わせ?それはいやだな。今がいい。今がいいよ。今更だからこそ今がいいよ。
「また明日ね」だからちゃんと約束守ってよね。「また来年も」だからちゃんと約束だよ、忘れないでね。そんな甘えたことを口にできないから「また明日」「また来年」それだけを言う。そんなふうに隠してる。隠していないと泣きたくなってしまうよ。
大事なリボンほどけ落ちて、大事な帽子も転げ落ちて、大事な心もずり落ちて、それでもなお人間だから、やっぱり体温は必要なんだと思う。
雪の降る日に帰りたくないのはきっと同じ場所で墓を見たくないから。黙ったまま胸を痛める。食いしばって口を閉じる。「代替でもいいよ」。卑屈だからそう言って、驚いた顔してそれもだいたい。
抱きしめてほしいというニュアンスもきっと違う。意味がないことだからしないということまで意味がない。それでもあなたに強請るのは強情だと思うかい。指先一つ、爪だけで幸せ?それで満足?本当に?そんなわけ。だめだね、際限がないよ。
刺すことでしか表せない、伝えられない、そんな不器用なあなたのためには多少の茶目っ気だって必要不可欠。子どもっぽいなあと笑いながら「そんなつもりじゃないよ」と笑えるほどの。あなたが例え常識はずれだとしても「そんなところも素敵さ」と言ってしまえるのは確かに心があるから。刺されたっていい、刺されたならその刃物ごと呑み込んでしまおう。それを知ってか知らずかあなたは何度でも私を突き刺す。あなたはそんなたいへん卑屈で面倒な成分でできている。
あなたと対話がしたい。私の涙を知っているあなたと。今更だからこそ。ハグがしたい。
お題:一筋の光
手を伸ばす。こちらを貫く一筋の光へと。伸ばして伸ばして、ようやく掴んだ! と、鼓動が跳ねれば
私はベッドの上で目を見開く。
乱れた呼吸を整えながら、憎いほど眩しい朝日に目を細め、ずり落ちたシーツを引っ張り上げる。
「朝は緊張しますか」と微笑む貴方の声でようやくここが現実なのだと安堵する。
痛む頭を抑え乱雑に髪を掻き上げ、ただひたすらに己の呼吸へと意識を向けた。溢れ出る涙を拭い鼻水を啜りながら、私は、今度こそ本当に項垂れてしまった。
頭を撫でながら「偉いですね、あなたはよく頑張っています。えらい、えらい」と。それが余計に辛く苦しく、暗闇に隠れてしまいたかった。光の見えぬ奥底へと逃げてしまいたくなった。
■■
一筋の光。貴方にとって光とは何だろうか。おこがましいことを言いたい。口にしてしまえばどれほど楽になれるだろう。宙ぶらりんな心臓ごと血を流してしまえれば、どれほど。
■■
マジックアワーを背景に貴方の横顔を見られるとはなんと贅沢な事だろう。胸いっぱいに空気を吸っても吐き足りない感嘆の溜息。
風が巻き起こり、髪を揺らがせ、耳元で髪を抑える姿は儚げに見える。貴方は「心地良いですね」と微笑を浮かべて言った。冷えたそよ風が擦り傷を作っているかのように頬が熱かった。
カチカチと街灯が光を灯し、辺りを照らし始め、くしゃみの音を聞き、慌てて手を取った。貴方は一瞬目を見開いた後、こちらが声をかけるより先に「帰りましょうか」と笑って揺れる。揺れた髪の隙間から一番星がチカチカとまたたいた。
今度は貴方がこちらの手を取り、そのまま歩き出す。
一筋の光が心臓を射抜いた。貴方という存在か、このあたたかな感情か、この瞬間か。おこがましいことを言いたい。その全てだろう。