シュグウツキミツ

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4/15/2026, 9:36:26 PM

水藻祭礼


祭礼が開かれていた。あれは祭礼だったのか?

俺は確かに水の中にいたんだ。
丹生池では金が採れるともっぱらの噂だった。実際、近所の田中ん家の親爺がそこで金を採ったらしい。やけに羽振りがよくなって、車を買い替えたと思ったら引っ越していきやがった。
俺は、金が欲しかった。金さえあれば、こんなつまらない仕事をさっと辞めてやれる。こんな、職場と家を往復するだけの毎日なんて。夜明け前から3交代でクタクタになって家に帰る。休みなんて疲れてなにもできやしない。
金が採れれば、田中ん家の親爺のように、いい車が持てるし、ないより当分は仕事もしないで済む。
丹生池は、そんな近所の噂を信じて集まったやつらで一杯だった。
俺は、有給を使って職場を休み、誰もいない平日の昼間に潜ることにした。

淡水がこんなに潜りにくいなんて思わなかった。海ならば、もっと楽に浮かべるのに!
誰にも気づかれずに、俺は一人、池の底へ沈んでいったんだ。

祭礼が開かれていた。色とりどりの提灯が下がる。ガキの頃に行った近所の祭と似ているが、違う。提灯に書かれている文字が読めない。何か、字、らしきものがあるが、それがなにを意味しているのかがわからない。俺の知っている字ではない。
提灯も、色がやけに鮮やかだ。こんな、ショッキングピンクだのビビットなレッドだの、見たこともない色合いだ。
屋台が並ぶが、並ぶ商品も……これはなんだ?丸く渦を巻いていたり、長くて周りに突起があったり、湯気が立っているが……食い物か?ふと屋台の奥に目をやると、なにか霞がかったようなものがいる。売り子はどこにいる?売り子?あれ?
気が付いた。やけに静かじゃないか。
こんなに屋台が出ているのに、何も鳴っていない。人の声もしない。なにより、物音一つしていないじゃないか。
慌てて周りを見渡すと……なにか、影のような、なにかがたくさん揺らめいている。
なんだここ……おれはどうしたんだ、そうだ、確か、俺は。
自分の体を見回してみる。ダイビングスーツも、酸素ボンベも、池に入った時に身に着けていたものが、ない。なんだこの浴衣は。着古したような、色褪せた赤の三角模様の浴衣。やけに体に馴染む。どこかで見た柄だな、とは思ったんだ、その時は。
だが、それよりも、なぜ俺がここでこんなことしているんだ。たしか、俺は。
……池に沈んだのではないか?ならばここは……池の底ではないのか?
恐る恐る、屋台の天幕に手を伸ばす。
触れる、感触がある。だが、濡れていない……そうだ、俺もこんな格好で全く違和感もなく歩いていたではないか。体も髪も濡れていない。それどころか、息だってできている。
息をしている……ならば俺は生きているのか。死んだわけではないのだな。
ここは、ここは一体何なんだ。
この、やたらと明るい祭礼の場が、急に恐ろしく感じて、俺はその外に向かった。道の両脇には延々と屋台が並ぶ。普通の祭ならこれだけ歩けばすぐに途絶えるはずなのに。同じ屋台は二つとなく、ならばこれらはみな違う。あるけどあるけど先はあり、人か影かもわからぬものが、我の周りにゆらめくのみ。行けども行けども先はのび、やがては、きんぎょになりにけり。

3/21/2026, 10:44:30 AM

二人ぼっち

何も見えない。伸ばした手の先も見えないほどの、闇。手を伸ばして周りを探りながら進む。でこぼこの壁、起伏の続く床。。壁伝いに歩いても、何度も足を引っ掛ける。
ゆっくり、ゆっくり、慎重に。
そうして歩いているうちに、ふか、と壁が変わる。
うわ、と手を引っ込める。あれ……この手触り……恐る恐る手を伸ばす……ふか……
なんだか暖かい。指を伸ばすと、根元に向けてところどころ固まっている。
毛足が長い……少し獣の臭い……規則的に動く……
もぞ、と壁が動いた。咄嗟に手を引っ込める。
同じところに手を伸ばしても……なにもない空間を通り……冷たい硬い壁に手が触れた。
さっきの柔らかい壁はもうない。
さっきまで二人ぼっちだったけど、また、一人ぼっちだ。
溜め息をついて、また、歩き始めた。

3/15/2026, 11:59:30 PM

星が溢れる

……そこで、エリテンヌウスは空に器を置きました。星たちを次々に投げ入れる壺を。壺はみるみる星で満ち、やがてはあふれ出していきました。溢れた星は列をなし――やがてそれは天の川と呼ばれるようになりました。

「……へぇ、初めて聞いたな。何の本に書いてあったの?」
「書いてないよ。今私が作ったの」
「……へー……」
望遠鏡の設置を続けながら相槌を打つ。
聡美はいつもこうだ。適当な話をさも本当のように話す。
「じゃあそれは聡美ちゃんが勝手に言ってることで、参考にはならないよね」
レンズもセットし、照準をプロキオンの方に合わせる。冬の大三角の一星だ。
「さてできた。覗いてご覧。接眼レンズの距離は、見やすい広さにするといいよ。ここを回すの」
接眼レンズの横のダイアルを示す。
聡美はしばらく望遠鏡を眺めていた。
「……ねぇ、壺、どこにあると思う?」
「壺?」
ややあってさっきの言葉を思い出す。
「……ああ、さっきの?聡美ちゃんが勝手に作ったんじゃないの?」
「そうだけど、そうじゃないんだよ、あるの、ええと、とても明るい星のそば」
「今の季節で天の川の近くの明るい星っていうと、シリウスだね。どれちょっと」
望遠鏡の向きを少し南東、斜め下に向ける。
「ほら、あのひときわ明るい星、あれがシリウスだよ」
白く光るシリウスに向けて焦点を合わせていると、星が動いているように感じた。
「あれ?今日のこの時間、こんなところに惑星は通らないんじゃ……」
惑星ではない。もっと小さな、キラキラしたものが、シリウスの近くから動いている。まるで、流れているような……
「え、これ」
と振り返ると、いつの間にか聡美がいなかった。
「聡美ちゃん!?」
何度か大声で呼びかけた。辺りも探した。ほんの一瞬、焦点を合わせていた一瞬だった。それほど遠くに行ったはずがない。
「聡美ちゃん、聡美!!」
いくら読んでも聡美は応えなかった。それどころか姿も見えない。
辺りは真っ暗、ライトをつけても届く距離は限られている。
「そうだ、ケータイ……!」
電話をかけても呼び出し音が鳴るばかりで、やがてそれも切れた。SNSで彼女のアカウントにDMで呼びかけても、応答はなかった。

一人で星を見る。あれから何度も冬の大三角を見たが、流れる星も聡美も観ることはなかった。
冬になると毎日覗く望遠鏡。今日も覗く。
あれはプロキオン、あれはベテルギウス、そして……シリウス。
シリウスの近く、流れるように見える小さな星、あれは、まさか……!
慌てて対物レンズを変える。再度焦点を合わせる。シリウスの近く、確かあの辺に……
壺が見えた。壺のように見えた。壺の縁から星が溢れる。溢れた星がキラキラと流れる。流れる元、壺の近く、ああ、あの横顔、あの時のまま。
「聡美……」

1/17/2026, 12:41:46 AM

美しい

『う、つ、く、し、い、そ、……ら』
辿々しくく本を読む声。
『え、……が、お、……の、せ、い、と』
文字を指で辿りながら一音ずつ文字を読む。
『お、と、の……で、……る、え、……ほ、……ん』
真剣な表情で男が呟く。
『か、……み、……な、……り、……の、お、と』
……ふう、と息を吐く。空を見上げる。遠くで乾いた連続音が鳴る。
(今更こんなことしててもどうしようもないのはわかってるんだ)
支給された袋のなかに本が入っていた。子どもの、小学一年生の国語の教科書。使い古されたものらしく、端はささくれ、ページはよれ、所々鉛筆の落書きもされている。
だが、男にとっては文字を習うのに丁度良かった。
乾いた音が続く。
(やっと文字を少し読めるようになったんだけどな)
瓦礫の陰に身を潜めて、続きを読む。
『き、の、……ぼ、……り、……で、き、た』
『く、……る、……ま、……に、ち……ちゅ、う、い』
まだ、読むだけ。書けは、しない。
『け、……ん、……だ、…ま、……』
その時、風を切る音ともに隠れていた瓦礫の端が欠けた。咄嗟に身を屈める。それまで背を向けていた方向に頭を向けると、機関銃を構えた男が立っていた。

男は先に読んでいた文章を思い出していた。
『あ、か、……る、い、あ、さ、……ひ』
……美しい、そら

12/27/2025, 10:17:22 AM

凍てつく鏡

「さむっ」
板垣京子は思わず呟いた。
『最低気温は-15℃、今季一番の寒さです』出かけに見ていた天気予報のアナウンサーの言葉を思い出していた。
外はまだまだ暗い。冬至から少し経ったとはいえ、日が昇るのは数時間は先だ。
校庭を眺めて一息つく。
水道のホースを伸ばし、蛇口を捻る。勢いよく迸る水を、均等にかかるように撒く。防寒服を着てホースの口からできる限り体を離しているが、それでも水飛沫がかかる。帽子も耳当ても手袋も着けているが、それでも掛かると冷たい。
いや、痛いと言ったほうが実感に近い。
(なんでこんなことをしてるんだろう、私)
板垣京子は音楽が専門である。音楽大学でピアノと声楽を学び、その技術を活かすために教員免許を取った。本当は演奏で生きていきたかった。
(あーあ、指がかじかんじゃう。ピアノ弾く前に温めなけりゃ、これは動かなくなるな)
暫く水を撒き、懐中電灯で校庭を確かめる。
やがて、車に乗り込んで帰っていった。

あくる朝、出勤すると、もう児童たちが登校していた。椅子を押したり、手を繋いだり、自立していたりと、思い思いに滑る子供たち。自分が担当する音楽の授業では聞こえないような笑い声が響く。笑顔が眩しい、と板垣京子は感じていた。
(まあ、この光景を見られただけ、良かったことだ)
ふと水道を見返した。バケツに氷が張ってある。
(凍てつく鏡みたいだな)と覗いた先には、満足そうな自分の顔が写っていた。

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