シュグウツキミツ

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11/19/2024, 11:43:14 PM


暗い廊下を歩いてくる人物がいる。手に持つキャンドルの灯が闇を照らす。ゆっくりとした靴音が石畳を鳴らす。段々と近付いてくる。
少年は物陰に隠れていた。なんとかあの灯をやり過ごそうとしていた。
だが。
「見つけましたよ」
暗い、低い、感情の籠もっていない声が少年を覗き込む。
ひ、と少年は飛び上がる。
「そこにいたんですね。さあ、一緒に戻りましょう」
ここは地下通路である。広大な地下工場の一角にある。少年はここで働いていた。
1年の終わりが近いこの時期は、特に忙しくなる。全世界の子供に配るためのプレゼントを作らなくてはならないのだ。
昨今のリクエストは複雑化し、従来の工員には手が余る。そこで、電子機器の製造に明るい者の採用が増えていた。
少年もその一人であった。
「もう……許してください。このところ休みもなく、疲れが溜まって……」
「そんなこと、この仕事に応募した時点でわかっていたことでしょう」
そうだった。ちゃんと説明書にも記されていた。だが、まさかこんなに過酷だとは。
「知らなかったんです、こんなにも電気製品が求められていたとは」
少年は、電子機器に明るいとは言え、流石にドワーフである。限度があった。
「世界中の子供たちが待っているのです。今貴方が諦めたら、待っている子供たちはどうなるのですか。さあ、早く」
引き摺られるように連れて行かれた。
「許して、許してください、聖ニコラオス様……!」

「わあ、今年もサンタさんが来てくれた!」
少年は枕元にあった袋を開けて、目を輝かせていた。
「いい子にしてたから来てくれたんだよ」
と父は言うが、少年は3年ほど前から父が買ってくれたのではないかと推察している。
(でもそれを言うと来年から貰えなくなるかもしれない)と黙っていることにしている。
(気づかれずに他人の家に侵入して物を置くなんてできっこない)
だが、少年は知らない。地下工場で働かされ続け、その後半年はぐったりと休んでいるドワーフ達がいることを……。

11/18/2024, 11:43:15 PM

丘の上は風が強い。髪を靡かせながら、綾瀬は立つ。視線の先には街が見える。これからあそこへ向かうのだ。
振り返ると、残してきた村が見渡せる。通っていた学校、よく通っていた駄菓子屋、幼馴染と駆け回っていた路地、そして好きだったあの子。たくさんの想い出が詰まった村を出て行くのだ。
再び綾瀬は街に向き合う。
折り重なる山の裾野の先を見る。
あの街に、奴はいる。父を、母を、弟を殺したあいつ。
顔は覚えている。あの夜、幼い綾瀬は咄嗟にクローゼットに隠れて助かったのだ。扉の向こうから家族の断末魔が聞こえ、声を殺して泣いた。
あいつは中年の男だった。
父の取引相手で、自宅にもよく来ていた。お土産を持ってきたが、諂うような笑顔が綾瀬はどうにも好きにはなれなかった。
あいつを殺すために、綾瀬は厳しい訓練を重ね、やがては師匠をも凌駕した。最終試験はその師匠を倒すことだった。
風が頬を叩く。感傷はしまいだ。これまでの俺はもういない。
顔を引き締めて丘を下る。まずは麓の情報屋を目指す。
復讐への道が始まった。

11/17/2024, 11:31:20 PM

この二三日、急に気温が低まった。それ故か、体の動きも鈍まった気がする。日が差せば暖かくもなるが、そうでない日は本当に寒い。ヤバい、死んでしまう。
少しでも暖かいところへ……風の届かない所へ……
辿り着いた先は、木の皮の下だった。南向きで北風の届かない、木の幹。運よく日が差せば暖かさも期待できる。
同じことを考えた奴もいたようで、既に先客がいた。端から入って、風が当たらない、なるべく中心へ……と向かうが、皆同じなので中心から端へ、端から中心へとグルグルと回っていく。
そうこうしているうちに、また新たに加わるものも続く。もうこの下は満杯なのではとは思うのだが、それでも入ってくる。
端から中心へ、中心から端へと、グルグル、グルグル。
日が経つにつれて、気温が低くなっていく。グルグルの速度も心做しか遅くなってきた。皆体が動かなくなってきた。いよいよグルグルも止まるだろうが、端で止まるのは嫌だなぁ……。

さて、木の幹の皮の下、ここにもいます。少し剥がしてみましょう。チョットゴメンネ〜……ほら、いた。
ナナホシテントウは冬になったら木の皮の下等で集団で過ごします。北風を避けた南側で、集まることで少しでも暖かくしようとしてあます。こうやって寒さを凌いで越冬するのです。
さて、次は……。

11/15/2024, 11:47:51 AM

子猫がいた。街の片隅のゴミ捨て場。捨てられたのか、迷い込んだのか。
子猫はすっかり空腹だった。もう3日も水しか口にしていない。立ち上がろうにも力が出ない。ぐったりとうつ伏せていた。
そこへ、烏がやってきた。なにか餌でもないかと探しに来たのだ。烏は猫に気がついた。動かないようだとわかると、近づいていった。
このまま子猫が死ぬならば餌にもなるだろうが、今は生きている。なにより小さな子供が死にかけているのは居た堪れない。
「おい、どうしたね」
烏が尋ねると、子猫はやっと目を開けた。何かを言いそうになるが、僅かに口を開けただけだ。
「餓えているのか。このままでは、君は死ぬぞ」
荒い息の子猫は少し体を上げた。それくらいの力はまだ残っていたようだ。
とはいえ、烏は猫のことはわからない。生きている猫は自分を追い回すし、死んだ猫は餌になる。
烏は辺りを見回し、やがて飛んでいった。
烏が向かった先には年老いた猫がいた。たまに見掛けはするが、流石に話を交わしたことはなかった。老猫は歳のせいかもう烏を追い回すこともなかった。
「御老体、少しよろしいか」
烏が話し掛けると老猫は少し驚いた様子で答えた。
「これはこれは、珍しい。貴方はたまにお見かけする烏殿か。どうしましたかな」
「実はあの角を曲がった先に死にかけた子猫がいましてな。わたくしではどうにもならないのでご助言をいただきに参ったのです」
老猫は考え込んでいるようだった。
「あちらの角ですか……残念なことに、私の縄張りの外ですな。若い頃はあの辺りも私のものでしたが、すっかり老いさらばえて……」
そこまで言って、なにか気がついたようだ。
「そうだ、この道の向いの塀の上に若い猫がいます。今は彼の縄張りだ。どうにかして彼を向かわせることができれば、あるいは」
烏にとって、その提案は自分の身を危険に晒すことになる。一瞬烏は躊躇した。他の種類の生き物のために、自分の身をかける必要はあるのか?そうまでして助けてなんになる?
しかし脳裏に子猫の姿が浮かんだ。痩せ衰え鳴き声すら上げられぬほど衰弱した姿。たとえあの子猫が死んだところで、自分はその死体を食べれるのか?他の烏やハクビシンが食べる姿を平気で見ていられるのか?或いはゴミとして人間に運ばれることに耐えられるのか?
烏は顔を上げ、道路の向いの塀まで飛ぶことに決めた。
腹に力を入れる。
果たして塀の上にはまだ若い黒猫がいた。黒猫は寝ていだが、烏が側に降りると目を開けた。暫く見つめ合うが、特に烏に向かうことはないようだった。
「もうし」
烏は話しかけることにした。
黒猫は驚いた顔で烏を見つめる。
「あの角を曲がった先は貴方の縄張りと見受けましたが、いかがでしょうか」
「いかにも俺の縄張りだ。それがなにか」
「いえ、そこで子猫を見掛けましてな。大分弱っていて声も出ない様子。わたくしではどうして良いか分からないので、貴方のお知恵を拝借しようと思いまして」
黒猫は烏が示した先を見つめていた。
「そうか、まだ今日は見回っていなかった。そんなことが」
呆然とした顔のままのっそりと立ち上がり、黒猫は脇目も振らず駆けて行った。
やがてその口に子猫を咥えて戻ってきた。
「烏殿、感謝する。危うく自分の縄張りで子猫を死なすことになった。見たところもう乳離れしている様子なので、俺でもなんとかなりそうだ」

その後、烏は元気に走り回る子猫とそれを眺める黒猫を見掛けた。
心做しか、この辺りの猫に追い回されることは無くなったように思える。

11/10/2024, 1:01:32 PM

一面にススキが揺れていた。夜空には三日月が輝いていた。
丑三つ時。
ススキの根元で大きな尻尾の狐が歩いていた。時折ススキの合間から尻尾が見え隠れする。
時々立ち止まっては空を見上げる。ススキの穂を枠とした星空が見える。
「この辺だと思ったんだけど」
狐が呟く。
「もう少しこっちだったかな……いやあっちかな……やっぱりこっちかな」
夜空を見上げてはウロウロと歩く。
やがて
「やあ」
と空から声がした。
狐はパッと顔を上げて、声の主を探す。
すると、上空からフクロウが飛んできた。
「一月振りです。覚えていてくれたんですね」
「勿論ですとも!」狐が駆け寄った。

一月前、まだ夏の暑さの名残があったころ、
この場所で狐はフクロウに出会った。
狐はその年に巣立ちしてまもなく、まだ餌の鼠が上手く捕れなかった。
その夜も腹を空かしてススキの野原にやってきた。ススキはやっと花を付けたばかりだった。
そこで狐はフクロウに出会った。
木の枝から地面へ迷いなく降り、そこで確実に地面の鼠を捉えていた。夜だと言うのにまるで見えているかのようだった。
狐は思わず
「あの、凄いですね、どのように捕まえたのですか」
とフクロウに駆け寄って尋ねた。
突然のことにフクロウは驚いた様子だったが、やがて
「ああ、あなたは」
と応えた。
フクロウと狐とは言葉が通じない筈である。だがこのときばかりは分かり合えた。
感慨深そうに狐の顔を眺めたあと、フクロウは話し始めた。
「そうですね、どこからお話したものか。まず、私は生きている鳥ではありません。そして捉えている鼠も生きていません。私は地上で死んだ小動物の霊を捉える役割があるのです。この鼠も、自分が死んでいるとは思わずにいたものなので、こうして捉えて死後の世界へ連れて行くのです」
狐は呆然と聴いていた。死後の世界ってなんだろう。どんなところなんだろう。
「あなたもこのままでは私が捉えなくてはならなくなります。もっともあなたは少し大きいので、別の係が迎えに来るかもしれませんが」
「では、あなたは食べられる鼠を捉えたわけではないのですね……」
落胆した狐は、余計に腹が減った気持ちがした。
しばらくフクロウが眺めた末、
「わかりました。実はあなたとは浅からぬ御縁があるのです。私にも生前の狩りの技術が残っています。特別にお教えしましょう」
狐はパッと顔を輝かせた。
「ただし、一月お待ち下さい。なんとかそれまでは生き延びて下さい」
フクロウはそう言い残して去っていった。

「いいですか、私たちは目だけで鼠を探しているわけではないのです。肝心なのは、耳です」
狐は耳を動かした。
「恐らくあなたは鼠の出す音を両耳で聞こうとしているのではないでしょうか。そうでなく、片耳ずつ交互に聞いてご覧なさい。ホラ、あちらの草の根元に鼠がいます」
狐はそっと近付いて、片耳ずつ聞こうとした。右耳を傾けて、左耳を傾けると、右耳の方が大きく聞こえるような気がした。
「方向がわかったら、ジャンプしてその場所に着地なさい。歩いて近付くと、鼠に勘付かれてしまいます」
狐は右耳が捉えた場所にジャンプした。すると、脚先に鼠を捉えた。夢中で喰らいつき、ネズミを貪った。一月の間、虫やトカゲなどを食べていたので久し振りだ。
一息ついて、狐はフクロウに礼を言った。
「ありがとうございます。お陰で鼠を食べられました。これで捉え方も分かりました」
フクロウも満足そうな様子だった。
「ですが、お願いしたとは言え、なんでこんなに良くしていただいたのでしょうか」
暫しの無言の後、フクロウが話し始めた。
「実はわたしはあなたのお父様に御恩があるのです。今年の梅雨時に、私の巣を襲おうとした蛇を、あなたのお父様が捕らえてくださったのです」
狐にとって初耳だった。
「その蛇に噛まれたことでわたくしは死んだのですが、妻と子供たちは無事でした。今年の夏に無事皆巣立ちました。
私は死後、この役目を仰せつかったのですが、あなたを見つけてお父様への御恩返しをしようと決心しました。あなたをお助けしたのはそのためです」
狐は言葉が出なかった。父がそんなことをしていたなんて。最早会うことも叶わないだろうが、狐にできることはただ一つ。
「私は、あなたに報いねばなりません。ですが、あなたが既にこの世にないとすれば、最早あなたには何もできない。せめて、私は鼠を捕り、仔をなし、無事に皆を一人前にできるようになりましょう。そのためには、あなたから教わった、この鼠捕りを上達させます」

それから幾年か経ち、ススキの野原の鼠はめっきり少なくなった。
ある若い狐が狩りをしているところを、フクロウの霊が見つけ、話しかけた。
「鼠を捕るのが上手いてますね」
若い狐は驚きながらも応えた。
「母が鼠を捕るのが上手かったのです。教えてくれたお陰で私たち子供たちも捕ることが得意となりました。なんでも恩ある方より教わったとかで、その方に報いるためにも私たちは皆一人前にならなければならないと言われて育ちました」
あの狐だろう。
細い目をしてフクロウは頷いた。

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