シュグウツキミツ

Open App

待っていた。ついにこの時が来た。
もう来ないと思っていたのに、今こそ。
俺は手を伸ばした。
もう少し、もう少し手を伸ばせば届く。
届くのに。

長らく俺は工場に勤めていた。
職人とか、そういう立派なものではなく、誰でもできる、替えの利く仕事。
いわゆるライン工というやつだ。
決められた作業を決められた分だけやることを望まれる。レベルに至らなければ即クビだし、求められる以上のものをやってもいけない。淡々と来る日も同じ作業を同じ精度でこなす。そうしていれば、長く働ける。
勉強も運動も人並み以下の俺には似合いの仕事だ。仕事が続くだけマシというもの。
そう自分に言い聞かせていた。

そんな俺にも趣味はある。
仲間とバンドを組んでいる。工業高校の友達とか後輩とか、その知り合いとか。四人でハードロックを演奏している。俺はリードギター。演奏はコピーが主だけど、自分たちの持ち歌だって5つはある。ライブハウスなんか、そこそこ人は入るんだぜ。対バンとか単独ライブとか、そこそこ活動もして、名前もぼちぼち売れている。
たまに女の子なんかからもお誘いが来る。

そんな俺達に声がかかった。今度のBroooockのライブのバックをやらないか、というのだ。Broooockは俺らもよく出るライブハウスで演奏していたバンドだ。出始めたと思ったら、あれよあれよとメジャーデビューしていった。
そなバンドと俺達が。もしかしたらどこかのレーベルの目に留まるかもしれない。
俄然やる気になった。

それからの練習にはこれまでになく熱が入った。演奏のレベルも上がったんじゃないか?なんて話をしていた矢先に、
世界中で新しい感染症が広がったのだ。
人から人に感染する病気で、人類にはまだ免疫がない。よく効く薬と予防薬が出来るまでは、感染しないように人と人とを極力接触させないようにしないといけない。
ライブなんてもってのほかだ。
それどころか、外出さえもままならなくなった。
人々が余計な物を買わなくなり、物が売れなくなった。そうなると、企業も余計に生産することも無くなる。
その結果、俺の勤めていた工場が閉鎖された。

仕事もなく、ライブもなく、それどころかバンドのメンバーとの練習だってできやしない。
俺にできることはただ一つ。ひたすらギターを練習するのみだった。

やがて感染症の治療薬も出回り、予防薬も接種されるようになった。これまでの制限も解除され、少しずつ世界が元に戻ってきた。
これで、また、バンドの活動ができる。
そんな矢先、ボーカルの工藤が死んだとの連絡が入った。
感染症によるものではなく、酔って階段から落ちて、当たりどころが悪かったらしい。
俺達の曲は工藤が書いていた。あいつがいなくなったら、新しい曲がもう作れない。
そんななか、Broooockが解散するというニュースが飛び込んできた。感染症が蔓延する中でバンドのメンバー同士の意見が合わなくなり、これ以上は一緒にできないとのことだった。
そんなニュースを、俺はテレビで知った。
もう誰も、俺達との約束なんて覚えていなかったのだ。
バックバンドの話も自然に立ち消えたことを知った。

所詮、叶わぬ夢だったな。
俺は重い腰を上げ、職安へ行くために髪を切った。

3/18/2025, 12:02:03 AM