シュグウツキミツ

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君が見た景色

「僕には友達がいて、とてもいい奴なんだけど、この頃なんか、僕に向ける態度というか、なんかヘンなんだよね、よそよそしいというか、刺々しいというか、僕、彼になんかしちゃったのかなあと悩んでいたんだけど、でも考えてもわからないよなあって、気にしないようにすることにしたんだよね、それで今朝彼に会った時に、いつも通り、やあ、って声をかけたんだけど、彼、ちらっとこっち見てすぐ目を逸らしたんだよね、見たから僕の声は聞こえてるんだと思うんだけど、ねぇ、彼どうしちゃったのかな」
「そういうのは友達に聞くもんじゃないのかい?」
「そうなのかな、でも僕友達って彼だけなんだよね、彼に彼のことを聞くの?彼はどうしたんだと思う?って」
「いや、彼はどうしたんだと思う、って……本人なんだから、君はどうしたの?って聞くといいと思うんだけど」
「あ、そうか、君は賢いね、どうしてそんなことわかるの?」
「うん、いや、ありがとう。でも今は講義中だから黙ってたほうが良いと思うよ」
教授の視線が刺さる。どうしてこの席に座ってしまったのだろうか。

前川は変わった奴だった。明るくて愛想は良いんだけど、誰彼構わずああやって話しかけてくる。話し始めると自分のことばかりで、相手の話なんか聞いちゃいない。
俺なんてオリエンテーションで話しただけなんだぜ?それも通学に使う電車が遅れた手続きを教えただけなのに。なんでこんなこと相談してくるんだよ。
橋本もよく付き合うよなと眺めてたけど、やっぱりね。

「聞いてみようと思って話しかけたんだけど、何も言わずに睨みつけるだけで行っちゃったんだよね……」
前川が報告してきた。珍しく悄気ている。
だからなんで俺なんだ。
「そうか、もう彼のことは諦めて、話しかけないほうがいいんじやないか」
「でも、僕、他に友達がいないから、どうしたらいいのかな、君、僕の友達にならない?」
冗談じゃない。
「いや、俺はそういうのはちょっと……」
「僕は誰と話したらいいんだろう」
いや、今俺と話してるじゃん、と、口に出す前に抑えられた。下手に応えて友達認定されたら面倒だ。
「他の奴に話してみなよ。話が合う奴を見つけられるかもしれないよ」
いたら、のはなしだけどな。
「僕もそう思って、色々な人に話しかけていたんだけど、最初は聞いてくれるんだけど、そのうちなんだか素っ気なくなっちゃって、もう他にいないんだよ」
え、他にって、もしかしてこれは手遅れなのでは。
「他の専攻の奴とかさ、先輩とか、いるじゃん色々。話しかけてきなよ」
「たまに怒られちゃうんだよ、どうしたんだろ、みんなそうなんだ」
そうだろうな。みんなそんな他人のどうでもいい話なんて、そうそう聞きたいとは思わない。
橋本はなんだってこんな奴とつるんでいたんだろう。
「橋本と友達になったのって、いつ?」
「彼と友達になったのは……いつだろう、僕が話しかけて、一緒にいて、いつも僕の話を聞いてくれて」
「なあ、自分のことじゃなくて相手の話も聞こうよ。相手が答えやすい内容のことを話すとかさ」
「答えやすい?君はどういうことが答えやすいの?」
「たとえばさ、天気の話とか、好きなアーティストは誰なの?って聞いたりさ、帰り道のカフェについてとかさ」
「じゃあじゃあ、帰り道のカフェってさ」
「そうじゃなくて、君自身相手のどんなことに興味があるのか、ってことだよ」
「それは、ええと、好きなアーティストって誰?」
「いやだから、そうじゃなく」
橋本もみんなも、どうしてこいつの相手をしてくれないんだ。俺にばかり来るようになっちゃってるじゃん。
……あ、そうか、橋本。
「これが……君が見た景色だったんだね……」
「ああ、そうさ。思い知ったか。」
いつの間にか橋本が、俺の後ろに立っていた。

8/14/2025, 11:56:25 AM