花の香りと共に奴が来た。
背が高く黒い服、スラリと伸びた脚。
長い黒髪を風に靡かせて歩いてくる。
「やあ、待たせましたかな」
穏やかな低い声。だがその目は笑っていない。
「少しね。君もどうだい?」
椅子を差し、メニューを示す。
奴は音もなく椅子に座り、ウィスキーをオーダーした。
「それにしても、君、いつもに増して香りが濃いね」
奴が入店した途端、バーは花の香でむせ返った。
「これではせっかくのウィスキーも味が分からなくなる」
「悪いですね。季節なもので」
待ち合わせ場所を間違えたか……と少し後悔する。
お互い一杯呑んだあと、店を後にする。柴泊店は客足を遠のかしてしまいそうだ。マスターへの心付を多目にしておいた。
「話というのは他でもない」
歩きながら仕事の話をする。
「君の作品、あれ、一ヶ月後に締め切りでいいかな」
奴は驚いた顔でこちらを見た。身長差があるので見下されてしまう。
「いいのですか。てっきりもっと早いものだと」
「ああ、こちらにも都合があってね」
パーティーは一ヶ月後に決まった。どうしても参加してもらわなければならない人物たちの都合を合わせた結果であった。
「一ヶ月後…というと、春半ばですね。ええと……黄色を基準にするとバリエーションも増えられそうですが」
「それでいい」
その一ヶ月後、予定通りパーティーが開催された。卒業と入学を兼ねた祝いの催しだ。
主催は一族の子供たち。この春中学や高校、大学に入学する。彼らの休みやレジャーの都合上でスケジュールが決められていた。
会場には溢れるばかりの黄色い花。クロッカスや菜の花やチューリップや。奴が言うには、冷蔵や温室で管理をしたので多少の花期のズレを合わせられたという。
奴に近づく。
「ありがとうよ。おかげでいい式になりそうだよ」
「どういたしまして。またご依頼を承りますよ」
黒尽くめの花屋は穏やかに微笑んだ。
3/16/2025, 11:55:06 PM