中宮雷火

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8/11/2024, 11:17:07 AM

【記憶】

買ってもらった麦わら帽子を被り、オトウサンの背に乗って散歩をした。

踏切を渡るとトウモロコシ畑が見えた。
オトウサンはトウモロコシ畑の間の道を通った。
だいぶ大きなトウモロコシだ。

トウモロコシ畑を抜けてしばらく歩くと、古びた小さなお店が見えてきた。
駄菓子屋だ。
中に入ると、色とりどりのお菓子が目を引いた。
黄色くて小さいジェラートを1つ買ってもらった。

オトウサンに手を繋がれ、ジェラートを食べながら、しばらく歩いた。
誰もいない道。
ただただ田園風景が広がっていた。

ひまわり畑に着いた。
「好きなように遊んでこい」
オトウサンの手を離れた私は、ひまわり畑の中に飛び込んで走り回った。
キャッキャとはしゃぐ私を見つめるオトウサンの眼差しが温かく感じた。

「次は此処でギター弾いてあげるからな」
オトウサンがそんなことを言っていたような気がする。

しばらくして私達は帰路に着いた。
幼い私に空の青さが降っていた。

これが、私が物心つく前の話だ。
「思い出」ではなく「記憶」が蓄積していたときの話だ。

オトウサンに関する記憶は、これしかない。
その年の冬だっただろうか、
オトウサンは亡くなった。

8/10/2024, 1:26:34 PM

【私の行き着く先】

起きると、私は駅のベンチに居た。
古ぼけた駅だ、見覚えがないな。
私は辺りをゆっくりと見回した。
他には誰も居ないみたい。
私はため息をついて、天を仰いだ。

はあ、ここどこだろ。
でも、何故か嫌な気持ちはしないな。

青空をぼうっと見るのは何年ぶりだろう。
最近はそんな暇などなかったし、いつしかこの動作に無駄を感じるようになっていた。
学生時代は好きだったんだけどな。
どこまでも続く青天井、そこに浮かぶのは真白な雲。
海を進む船のようで好きだった。
私が美術部に入っていた間、空の景色をよく描いた気がする。
それくらい好きな風景の一部だったのに。
でも、今見るとやっぱり素敵だな。

私はしばらく空を見上げていた。
瞳に映る景色を堪能していた。
清らかな波の音が耳を覆っていた。
久しぶりに身を任せた。

「あらぁ!お若いのに…」
突然、誰かの声が聞こえた。
びっくりして目を開くと、高齢の女性が目の前に居た。
「お若いのに、もったいないわねぇ…」
高齢女性は私の隣に座ってきた。
「あなた、今何歳なの?」
「え、私ですか…?」
いきなり年齢を訊かれて困惑した。
初対面でいきなり年齢を訊くなんて、失礼じゃないか?
「えっと…、26歳です。」
戸惑いつつも一応答えると、高齢女性は一層目を丸くして
「あらぁ、若いじゃないの!ここはねぇ、貴方みたいな若者が来るところじゃないのよ。」
と、悲しそうに言った。
「あの、失礼ですがお名前をうかがっても…?」
このままだと高齢女性の一人芝居になりそうなので、敢えて私のほうから話を切り出してみた。
「私?名を名乗るほどの者ではないわよ。それに、どうせすぐに忘れちゃうし。だって、
ここは死に行く人の為の駅だからね。」
私ははっとした。
そうだ。私は倒れたのだ。
おそらく過労だろう。
そして、そのまま…

あの辛い日々がフラッシュバックした。
「あらあら、涙出てるわよぉ。」
高齢女性はそう言うと、持っている巾着からハンカチを差し出してくれた。
「これで涙拭きなさいな。」
ありがとうございます、と泣きながら受け取って、ハンカチで目を覆った。
「あなたも、辛い人生を過ごしていたのね。」
高齢女性は私の背中を擦りながら、温かい言葉を掛けてくれた。
「…っ、すみませんっ…」
「いいのよ、泣く機会なんてそこそこ無いんだから、泣ける時にちゃんと泣いておかなきゃ。ずっと苦しかったわよね。」

いつからだろう。
私は我慢し続けていた。
子供の時から、私の家庭環境はあまり良くなかった。
母親の過度な教育方針、放任主義の父親。
小学生の時から幾つもの習い事に通い、中学受験もした。
遊ぶ暇なんて無かった。
友達が「学校終わったら遊ぼうよ!」と誘ってくれても、習い事のせいで行けなかった。
そんなことを何度か繰り返すうちに、
「あの子、全然遊んでくれないじゃん。なんなの一体?」
と、陰口を言われるようになってしまった。
やがて容姿のことをいじられたりして、それでも受験に合格すればこの我慢が終わると信じて、受験勉強に精を注いだ。

結果は、不合格だった。

公立中学に進学した私は、勉強にも友人関係にもついて行けず、やがて不登校になった。
そんな私を見て、母親はこう言った。
「最初から期待するんじゃ無かった。」
この頃には、父親は家を出ていた。

通信制高校に通いながらバイトをした。
そして、Fランではあるが大学進学を果たした。
キラキラしたキャンパスライフに憧れつつも、友人関係なんてどうやって築けばよいのか知らなかった。
ただただ孤独だった。

面接でようやく通った会社に就職して1ヶ月も経たないうちに、上司からパワハラを受けるようになった。
なんでこんなこともできないんだ、と。
こんなやつ早くやめちまえばいいのに、と。
毎日のように罵詈雑言を浴び、私の心身は憔悴していた。
毎日100時間以上の残業。
私の手際の悪さ、要領の悪さに腹が立った。
正直、泣きたかった。
もう嫌だよ、辛いよ。
そうやって泣きたかった。
でも、泣いたら強い子になれない。
逃げちゃだめだ、と。
泣く暇さえも許されなくて、ずっと寝不足で、ずっと頭がフラフラしていた。
そんなある日、会社で倒れた。

親は、会社の人たちは、私の死を泣いて悲しむだろうか。
それなら、どんなに良いことか。
誰にも愛されなかった自覚はある。
そんな私が誰かに泣いてもらえるなら、それがいちばんの幸せだ。

涙が乾き始めた頃、列車がやって来た。
「さあ、列車が来たわよ。」
高齢女性は私の手をとってくれた。
「人生の終点にこんな素敵な出会いがあるなんて。やっぱり良い人生だったわ。」
高齢女性はそんなことを言っていた。

人の行き着く先は死だ。
それは決定的な事実。変えられない。
「終わり良ければ全て良し」だなんて思わないけど、確かに私は愛に触れた。
その事実が堪らなく愛おしい。

私は列車に乗った。
死を越えて私が行き着くのは、一体どこだろう。
ずっと考えていた。
さあ、次は何処へ行こうか。
とても楽しみだ。

私はゆっくりと目を閉じた。
列車が動く音がした。

8/8/2024, 7:59:56 PM

花は溢れんばかりに咲き乱れて
その周りを蝶が戯れて
風は優雅にそよいで
燦々と照りつける太陽があって
青天井が太陽を据え置いて
海は宝石のように輝いていて
時々、人魚がこちらを覗いてくる

やがて灯火が現れて
あっという間に大きな炎となって
楽園を包みこんで
やがて灰になってしまったとさ

8/7/2024, 3:08:05 PM

【ファム・ファタール】

運命は、最初から決まっていた。
あの日、君が消えた日、その日から年月が経っていった。
未だに忘れられない。
彼女の笑った顔、名前を呼ぶ声、特徴的な瞳、
最後の言葉。
ずっと、呪いのように心臓を握っているのだ。

これも、最初から決まっていたことなのか?

日々は、当たり前に進んでいく。
しかし、自分だけは、あの日から何もかも動いていないのだ。
それは壊れた時計みたいに。
それはホルマリン漬けのように。
何気ない日々にヒビが入ってから、自分がどんどんおかしくなるのを感じた。
忘れられなくて、悔しくて、怒りがあって、寂しくて。
どんどん、壊れていく。
皆が言う「幸せ」から外れていく。
これは、神様が決めたプラン通りである。

だけど、思うのだ。
神様が決めたプランの中で、君はよくも絵の具をかき混ぜてくれたね。
君は立派なファム・ファタールだよ、と。

8/5/2024, 1:14:16 PM

【12時の鐘が鳴る前に】

12時の鐘が鳴ると、私は消えるんだ
今日でさよならだね。

彼女から打ち明けられたとき、僕は「どこかに行きたい」と思った。
2人で、どこか遠くへ。
誰も知らないところへ

彼女の手を取って走った。
燦々と輝く花火に背を向けて、走った。
神社の階段を走り抜けた。
小さな港に沿って道を駆け抜けた。
2人で自転車に乗って、とにかく遠いところへ行こうとした。
後ろに乗る彼女は、悪戯に笑っていた。

星がよく見える芝生に着いた。
僕達は自転車を捨て、ただひたすら走って、走って、走って、倒れ込んだ。
「あー、楽しいっ!」
浴衣姿の彼女は、心の底から笑っていた。
「星が綺麗だなあ…」
僕は、星など見ていなかった。
隣に寝転ぶ彼女が綺麗だから。

「今日で最後だね、この景色が見れるの」
「違う、まだまだ見てほしい。この世界の、もっと綺麗な景色を見てほしい」
僕はそう呟いた。
彼女は寂しそうに笑って言った。
「私が消えるのはね、不可抗力なんだよ。
どこまで遠い所へ逃げても、12時が来たら私の体ごと消える。仕方ないんだよ。」
彼女は立ち上がって、僕のほうを振り返って言った。
「私は、消えるんだよ。存在ごと。」
彼女は笑っていた。
あの時と変わらない、幼くて大人びた笑顔。
僕は、頬に何か伝うのを感じた。
しょっぱい。
でも、そんなのどうでも良かった。
「本当に、消えるのか…?」

彼女は僕に近づいて、耳打ちした。
「―――」
鐘が鳴った。
彼女の息遣い、雰囲気、全てを咀嚼している間に、
彼女は消えていた。

僕は、彼女の言葉を思い出した。
「私が消えたら、私のことを忘れてね」

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