中宮雷火

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【12時の鐘が鳴る前に】

12時の鐘が鳴ると、私は消えるんだ
今日でさよならだね。

彼女から打ち明けられたとき、僕は「どこかに行きたい」と思った。
2人で、どこか遠くへ。
誰も知らないところへ

彼女の手を取って走った。
燦々と輝く花火に背を向けて、走った。
神社の階段を走り抜けた。
小さな港に沿って道を駆け抜けた。
2人で自転車に乗って、とにかく遠いところへ行こうとした。
後ろに乗る彼女は、悪戯に笑っていた。

星がよく見える芝生に着いた。
僕達は自転車を捨て、ただひたすら走って、走って、走って、倒れ込んだ。
「あー、楽しいっ!」
浴衣姿の彼女は、心の底から笑っていた。
「星が綺麗だなあ…」
僕は、星など見ていなかった。
隣に寝転ぶ彼女が綺麗だから。

「今日で最後だね、この景色が見れるの」
「違う、まだまだ見てほしい。この世界の、もっと綺麗な景色を見てほしい」
僕はそう呟いた。
彼女は寂しそうに笑って言った。
「私が消えるのはね、不可抗力なんだよ。
どこまで遠い所へ逃げても、12時が来たら私の体ごと消える。仕方ないんだよ。」
彼女は立ち上がって、僕のほうを振り返って言った。
「私は、消えるんだよ。存在ごと。」
彼女は笑っていた。
あの時と変わらない、幼くて大人びた笑顔。
僕は、頬に何か伝うのを感じた。
しょっぱい。
でも、そんなのどうでも良かった。
「本当に、消えるのか…?」

彼女は僕に近づいて、耳打ちした。
「―――」
鐘が鳴った。
彼女の息遣い、雰囲気、全てを咀嚼している間に、
彼女は消えていた。

僕は、彼女の言葉を思い出した。
「私が消えたら、私のことを忘れてね」

8/5/2024, 1:14:16 PM