中宮雷火

Open App
7/13/2025, 10:49:13 AM

【クロス・テンポラリー】

俺が、二人いた。
ある日、重たいドアを開けて家に帰ると、そこに「俺」がいた。
「よっ、おかえり」
「俺」はいつものことのように、手を軽く挙げて俺に挨拶をした。
こんな奴いたっけ、いや、いないよな、何者だ?、不審者か?
不安と困惑と恐怖が、思考回路を駆け抜けていく。
「誰だ。」
俺は低く鋭い声で「俺」を追い詰めた。
「何だよ、俺達兄弟じゃないか。何でそんなに責めるんだよ」
「俺」は変なことを口走っている。
「兄弟?俺に兄弟なんかいないぞ。お前は誰だ!」
「嫌だなあ、兄さん」
「俺」はゆっくりと口を開いた。
「俺達、双子じゃないか」

双子。
この世界では、どうやら俺には双子の弟がいるらしい。
今朝までこんな奴は存在しなかったし、そもそも俺は一人っ子のはずだ。
それなのに、いきなり双子の弟が現れて、俺は双子の兄になっていた。
どうしたことか。
「どうしたんだよ、本当に」
「俺」が顔を覗き込んでくる。
恐らく、「俺」は元から「双子の兄がいる世界」を生きていたのだろう。
きっと、俺が異世界に飛んでしまったということなのだろう。
「俺は、異世界からやって来たのか?」
「は?」
「俺」が本当に心配そうな目をしている。
「え、と、とりあえず水飲む?」
「俺」が水をくんできてくれたが、俺の喉にその水は全く通らなかった。
「ここは異世界なのか?お前には元から双子の兄がいたのか?」
「兄さん、本当に大丈夫?
記憶喪失になってるんじゃないの?」
記憶喪失、か。
もちろん、それもあり得る。
しかし、記憶喪失のトリガー(例えば、頭を強く打ったり、変な薬を飲まされたり、など)に、思い当たる節が無い。
それとも、トリガーすらも忘れてしまったのだろうか。
「俺は、何者だ?」
その日の夜は、全く寝付けなかった。

翌日。
目の下に青紫のクマが出来てしまった。
大きなあくびをしながら自室を出ると、「俺」がいた。
夢であってくれ、と祈りながら自分の頬をつねってみるが、痛い。
現実か。
「本当に大丈夫?仕事のストレス溜まってるんじゃないの?」
「俺」は相変わらず、俺を心配してくれている。
「大丈夫。早く準備しなくちゃ」
俺は目を逸らした。

双子の弟の存在は非常に異質だが、通勤中の暑苦しさと会社の息苦しさはいつも通りみたいだ。
いつもの残業をこなし、帰路についたのは23時だった。
「あ、おかえりー」
「俺」が出迎えてくれた。
その手は、赤や青に黄色、紫、緑、オレンジなど、様々な色に染まっていた。
「え、その手……」
一体何があったんだ、という困惑をよそに、「俺」は無邪気に笑った。
「今日は手を汚しちゃった。
最初は筆で描いていたんだけど、何だか納得いかなくて。
いっそのこと手で描いちゃえ!って思ってさ」
はははっ、と「俺」が笑っている。
「作品、見てみてよ。良い感じに仕上がったはずだから」
そう言って、「俺」が扉を開いた。
部屋の中を覗き込んでみると、そこには一枚の絵画があった。
赤、青、黄色。紫、緑、オレンジ。茶色。所々に白。
色が交じり合って、ジャングルが出来ていた。
「何だ、これ……」
「作品名、『熱帯の緑部屋』にしようと思ってる。
ジャングルみたいだな、って思ってさ」
触れれば、すぐに世界が広がりそうな絵だった。
それはまるで写真のように、されど手の届かない理想郷のようであった。
「どうかな、やっぱり駄目かな」
「いや、いや、そんな、全然良い。
びっくりした。
お前、絵で食っていけるよ。
画家になれよ」
こんなに人を興奮させる絵が、こんなに胸を高鳴らせる絵が、この小さな世界に留まっているのは勿体ない。
本気でそう思った。
しかし、「俺」は薄く笑ってこう言った。
「そっか、ありがと。
次の個展で出そうと思ってるけど、売れるかどうかは分かんないや。
きっと、人によって好き嫌いの分かれる絵だと思うから」
少し悲しそうに俯いた後、「俺は早く寝るよ。おやすみ」と言い、部屋を出ていった。

どうやら、この家(といっても、アパートの一室だが)には「俺」のアトリエがあるらしい。
そして、このアトリエで「俺」は絵を描いている。
そう、「俺」は画家なのだ。
しかも、絵で食っていけるだけの実力がある画家だ。
俺が会社でのたうち回っている間、「俺」はアトリエで試行錯誤をしながら絵を描いているのだ。
「兄さん、俺の職業まで忘れちゃったの?」
目の前に座る「俺」が笑いながらコーヒーを飲んでいる。
俺達が今まさに使っているマグカップも、双子の弟による作品だ。
「すごいなあ。双子の弟が画家だなんて。いつかピカソやモネと並ぶ有名画家になるんじゃないのか」
「そうなれたらいいんだけどね」
俺は心の底から「俺」のファンになっていたが、「俺」は自己評価が低いのか、いくら俺が褒めても喜ぶことが無い。
もう少し自己評価が高くてもいいのに、と思うこともしばしばある。

一方、双子の兄として1ヶ月過ごし、俺自身に心境の変化があった。
「俺」の輝かしい姿を見て、次第に劣等感が胸を埋め尽くすようになった。
自分は何故会社で働いているんだ?
何故やりたくもない仕事をやっているんだ?
自問自答の日々に、終わりがやって来る気配は全く無い。
俺と「俺」。
双子の兄と双子の弟。
下っ端の会社員と最強の画家。
凡人と天才。
この対比構造が浮き彫りになるにつれて、俺の自己肯定感が下がっていくのを感じた。
朝の満員電車も、夜の誰もいないオフィスも、俺は望んでいないはずなのに。
それなのに、俺は自らこの道を選んだのだ。
いや、この道が既に敷かれてあったのだ。
やりたくもないことを自ら進んで行っているというジレンマは、メビウスの輪のように解けることが無い。
次第に俺は、「何故自分がこんな人生を送っているのか」について考え始めていた。

「俺」との共同生活が2カ月を過ぎた頃、俺はある夢を見た。
「おばあちゃん、クレヨン買って」
小さい子供がクレヨンをねだっている夢だ。
子供はクレヨンを買ってもらい、自由にお絵かきをした。
紙に留まらず、壁にも床にも落書きをした。
すると、母親がやって来て、クレヨンを強引に取り上げた。
クレヨンを没収された子供が泣き叫んでいるところに、今度は父親が紙と鉛筆を渡した。
絶え間ない数字と、公式の数々。
子供は、泣きながら宿題に取り組む。
非常に気持ちが悪く、後味の悪い夢だった。
そして、デジャヴを感じる夢でもあった。
どこかで見たことのある光景、どこだっけ、どこで見たことあるんだ?
そして遂に、デジャヴの正体がわかったのだ。
この子供は俺自身だ、と。

幼少期の俺は、絵を描くのが好きだった。
誕生日に祖母から貰ったクレヨンを気に入り、毎日のように絵を描いていた。
床や壁に落書きをしては、両親にこっぴどく叱られるような生活を送っていた。
しかし、成長するにつれて、勉強のほうが大事になっていった。
「勉強しなさい」と親に叱られ、渋々勉強する学生時代を過ごした。
そのまま大学に進み、よく分からないまま就活を乗り切り、今ではこんな生活を送っている。
そうだ、俺は小さい頃「画家」になりたかったんだ。

その日から俺は、仕事が終わった後に絵を描くようになった。
30分しか時間が取れない中で、俺は無我夢中でペンを走らせた。
最初はほんのちょっとした趣味に過ぎなかった。
しかしある時、
「兄さん、絵上手いじゃん」
と褒められたことで、ほんのちょっとした自信が生まれた。
俺は画家になれるんじゃないか?と思うこともあったが、そんな簡単に夢を叶えられるほど現実が甘くないとも知っていた。
それでも良かった。
単純に、絵を描くのが好きだと再認識した。
幼少期の頃の俺に戻ったみたいな気分だった。

双子の弟が出来てから3ヶ月が経ったある日。
今日はどんな絵を描こうか、と考えている時に、ふとある考えが浮かんだ。
もしかして、双子の弟は「画家になった世界線の俺」なのでは無いか?
夢を叶えなかった俺と、夢を叶えて画家になった俺の世界が交わって、一つになったのではないか?
もしかしたら、玄関を開けると弟はいないのではないのか?
いや、そんなまさか。
そんなこと、あるわけない。
そう思って、そう祈って玄関を開いた。
「ただいまー」
部屋は、がらんとしていた。
ただただ、俺の落書きと無音だけがあった。

6/13/2025, 1:51:22 PM

次回作を書き始めました。
楽しみにお待ち下さい。

5/13/2025, 1:58:48 PM

【深海の向こう側へ】

深海に潜れば、地球の裏側に行けると思っていた。
よく、「穴を掘れば地球の裏側に行ける」だなんて言うじゃないか。
もちろん、嘘だと思うけど。
それと同じ理論ならば、深海に潜れば地球の裏側に行けると思っていたのだ。

幼い頃の俺は実に馬鹿だったので、放課後はずっと穴を掘ったりしていた。
そうすれば、地球の裏側に行けると思っていた。
一人で、スコップを片手に公園の土を掘り返す毎日だった。

やがて、夏休みがやって来た。
俺は「穴を掘る時間が増えるぞ!」だなんて言って喜んでいた。
でも、ただ穴を掘るだけではつまらないとも思ったのだ。
そこで、俺は深海に潜ってみようと思ったのだ。
今思えば、本当に危険な行為だったと思う。
でも、当時の僕は無鉄砲で、思い立ったらすぐに海へと走ったのだ。

自転車で15分の所にある海は、人気が無くて静かだった。
少し遠くの流木に、髭を生やしたおじさんが座っているだけだった。
俺は自転車から降りて、服を脱いだ。
海水パンツは、既に家で履いてきていた。
俺は浜辺に仁王立ちした。
水面がキラキラと輝いていて、これから俺が体験する冒険を祝福しているみたいだった。
もし本当に地球の裏側に行けたら、このことを自由研究として先生に提出しよう。
この後起こる悲劇など知る由もない俺は、自信満々に海を見つめていた。

俺は、恐る恐る波打ち際に立った。
足に海水がかかって、少しだけ冷たい。
俺はそのまま、数歩歩いた。
意外と平気だな、と思った。
そしてまた数歩歩くと、浜辺が少しずつ遠くなり、海水は俺の膝頭よりも上にあった。
俺は、意を決して海に潜った。
学校で習った泳ぎ方を実践してみたが、あまり上手くいかなかった。
バタ足も上手くできないし、手も自由に動かすことが出来ない。
こんなに泳ぐの下手だっけ、なんて考えながら、俺は必死に手足を動かしていた。

俺はもっと深く潜ろうと頑張った。
そうしているうちに、俺は息が苦しくなっていくのを感じた。
まずい、一旦陸に上がろう。
そう思って上を目指そうとしたが、手足が思うように動かなかった。
まずい、息がもたない。
俺は焦って、もっと力をいれて手足を動かした。
でも、身体は段々と沈んでいった。
ああ、息が……
それからのことは、俺は覚えていない。

気がつくと、病室にいた。
傍ではお母さんが涙で頬を濡らしているし、お父さんは眉をつり上げて座っていた。
これは後から聞いた話なのだが、流木に座っていたおじさんが、俺が中々陸に上がってこないことを不審に思い、自ら海に飛び込んだらしい。
すると、俺が意識を失いかけていたので、急いで俺を引っ張り上げてくれたらしい。
そのおじさんは、俺が目覚めたことを知ると、「そうかそうか、それは良かった」と言い残して帰っていった。
お父さんからは、「もう危ないことをするな」とげんこつを食らった。
今までに食らったげんこつの中で、最も痛かった。

結局、このことは自由研究のネタにすることが出来ず、俺は自由研究だけは完成させることが出来なかった。
この一件で、俺は海が大嫌いになってしまった。

5/4/2025, 2:14:00 PM

今、めっちゃ凄い物語を作ってます。

4/20/2025, 1:02:48 PM

前に、「星座の見つけ方」という小説を書いたことがあります。
(3/11に再掲してます。是非見てください)

Next