【猫休み】
子供が産まれてからというもの、生活は一段と賑やかになった。
大人2人、子供1人(由花という名前だ)、猫のミュウとピコ、そしてこの前産まれた猫の赤ちゃんが1匹。
「赤ちゃんの名前、リリが良いと思う!」
由花に「リリ」と名付けられた猫は、小さな布団の中でぐっすりと眠っていた。
3ヶ月後。
家にお客さんが来た。
「可愛らしいねえ」
お客さんはそう言って、リリ達の頭を撫でてくれた。
「由花ちゃんは猫好き?」
「うん、好き!」
「この子、この前の参観日に猫の作文書いたんですよ」
「あらぁ!是非読んでみたいわ」
そうして我が家のリビングでは、作文の発表会が行なわれた。
『私の家には、3匹の猫がいます。
ミュウ、ピコ、リリという名前です。
ミュウがお母さん、ピコはお父さん、リリはミュウとピコの子供です。
ミュウはとても優しくて、リリの面倒を付きっきりでみています。
ピコはとても落ち着いていて、大人っぽいです。
リリはこの前産まれたばかりの猫です。
とても甘えん坊です。
私はミュウもピコもリリも大好きです。
3匹は私にとって「飼い猫」ではなく「家族」です。
一緒にいられて、とても幸せです!』
由花のスピーチで、不覚にもなきそうになった。
僕も参観日に行きたかった。
「ミュウ」
ミュウが鳴いた。
ミュウはいつも「ミュウ」と鳴くから、ミュウなのだ。
「小さな幸せって、こういう事を言うのねぇ」
「違うよ」
由花はお客さんに言った。
「大きな幸せだよ」
小さな幸せ、か。
お客さんはそう言ったけど、由花は「大きな幸せ」と言った。
幸せが大きくても小さくても、別に良いんだけどね。
でも、僕達はあと10年しか一緒にいられないから、小さな幸せなのかもしれない。
いや、短い幸せというべきか。
まあ、どっちでもいい。
「ニャア〜」
僕は鳴いた。
【春になったら掘り起こすもの】
春めく公園は、桜の花びらに満ちていた。
今年も、桜が降る季節がやって来たのだ。
桜が咲いて真っ先にすることは、桜の花びらを拾い集めることだ。
何枚も何枚も、満足するまで拾う。
やがて満足したら、今度は公園の土を掘り起こして小さな穴を作るのだ。
そして穴が掘れたら、その中に桜の花びらを埋めるのだ。
これを私は「桜のタイムカプセル」と呼んでいる。
1年後、また桜が降る季節になったら掘り起こすのだ。
しかし、私はいつも桜を埋めた場所を忘れてしまうのだ。
毎年、「あれ、どこに埋めたっけ?」と探し続けるのだが、桜を掘り起こすことに成功したことは無い。
その日も、私は桜を拾い集めていた。
地面にしゃがみ込んで、丁寧に一枚ずつ拾い上げていた。
公園の一角には、小さな東屋ががあった。
屋根のあるベンチみたいなものだ。
そこには色んな人(大抵はお爺さんやお婆さん)が座るのだが、この日は杖をついたお爺さんが座っていた。
「お嬢ちゃん、桜が好きなのかい?」
私はお爺さんに話しかけられた。
人見知りな私は、黙ってコクっと頷いた。
「そうか」
お爺さんはそう言うと、よっこらしょと立ち上がり、桜の木に手を伸ばした。
そして、お爺さんは桜の枝をポキっと折って、私に手渡した。
「ほら、」
お爺さんの手に握られた桜の枝は、それはそれは可愛らしかった。
「ありがとう」
人見知りな私は、小さな声で感謝をした。
家に帰ってから、お母さんに桜の枝を見せた。
お母さんは喜んで、桜をリビングの花瓶に生けてくれた。
水の入った花瓶に生けられた桜は、心なしか喜んでいるように感じられた。
その夜、私はパソコンで「さくらのえだ 折る」と調べた。
「さくら折るばかうめ切らぬばか」「きぶつそんかいざい」「ばっきん」など、やたらと恐ろしいワードを目にしてしまった。
あ、桜を折るのってだめだったんだ。
そう理解した私は、パソコンをそっと閉じた。
翌年の春。
案の定、埋めた桜は見つからなかった。
桜の枝をくれたお爺さんに会うことも無かった。
花瓶に挿した桜の枝は、1週間後にはリビングから姿を消していた。
私は例年と同じように桜を拾い集めては土に埋めた。
桜を拾いながら、お爺さんが折って手渡してくれた桜の枝のことを思い出していた。
もちろん、このことは他の人には言えない。
春になったら掘り起こすものが、増えたみたいだ。
【青い】※再掲
空に関する言葉。
今日の国語の授業は、こんなことを習った。
どうやら空の様子を表す言葉はたくさんあるらしい。
例えば暁。夜明けを指すらしい。
教科書にはたくさんの言葉が載っていた。
どれも聞いたことのない言葉だ。
「それでは、これから皆さんにはエッセイを書いてもらいます。教科書に載っている言葉を使って書いてください。あ、自分で調べても良いですよ。」
あー、めんどくさい。
長い文を書くのは苦手だ。
「もし授業中に書ききれなかった人は、次回の授業までに書いてきてください。」
先生が嫌な注文をリクエストしてきた。
絶対終わらないじゃん、と思いつつも教科書の言葉に目を通した。
やっぱり知らない言葉ばかり。
膨大な情報量を前にして早くも頭がパンクしそうだ。
そんな少しだけ疲れてしまった私の目に、ある言葉が映った。
青天井。
青空のことを言うらしい。青い空を天井に見立てているのだそうだ。
青天井。
そういえば、あの日も綺麗な青い空だったな。
引っ越しの日だ。
当時小学5年生だった。
引っ越す直前には友達が来てくれて、プレゼントをくれた。
みんな泣いていた。
私は「みんな、そんな泣かないでよ。別に会おうと思えば会えるんだし。」と言ったけど、本当は私だって悲しかった。
欲を言えば、みんなと一緒に卒業したかった。
お父さんの転勤なので仕方ない。
車が街を発って、知らない街へ行くときにふと思った。
また会えるのだろうか、本当に会えるのだろうか。
何年か経って私が帰ってきたとき、みんなは私を覚えているのだろうか。
車窓から青い空を眺めながら、そんなことを考えた。
青天井は何も言わず、そこに澄んだ色を据え置いていた。
結局授業中にエッセイを書くことができなかった私は、学校からの帰り道にエッセイのことを考え続けていた。
エッセイの内容は決まっていないし、明日も国語の授業はある。
今日書かないといけない。
ただ、私の頭には青天井という言葉が何故か残っているのだ。
「ただいま。」
お父さんもお母さん仕事でいない。
返事が返ってくるわけではないのに、つい「ただいま」と言ってしまうのだ。
あぁ、エッセイ書かなきゃ。
そう思いつつ、私はポストを確認しようと外に出た。
これも癖だ。
ポストを開けると、そこには1通の何かが入っていた。
何だろう、と思い「何か」を取り出した。
手紙だった。
誰からだろう。
封筒の裏を見た。
友達の名前ではなかった。
親戚が送ってきたものだ。
なあんだ、と思ってしまった。
友達からの手紙は、私が引っ越してから2回ほどやってきた。
1回目は引っ越してから1ヶ月のときに、2回目は小学6年生の5月に来た。
もう1年以上、手紙が来ていない。
自分の部屋の勉強机に向かい、いよいよエッセイを書いてしまおうと意気込んだ。
しかし、問題は何について書くか。
これといったアイデアは思いつかない。
そうして結局10分ほど頬杖をついて外を眺めるだけであった。
空が青いなあ。
青天井ってやつだ。
空をずっと眺めていると、不思議と心が澄んでいく。
今頃、友達は何をしているのだろうか。
部活動には入ったのだろうか。
ちなみに自分は美術部に入った。
絵画コンテストが近づいていて忙しい毎日だ。
面白い先生はいるだろうか。
私の学校にはいる。
英語の先生で、いつも語尾が高くなるのだ。
何だかそれが面白くて授業中に笑ってしまった。
案の定怒られた。
話したいことが山のようにある。
ふと、手紙を書きたいと思った。
友達の住所なら知っている。
そういえば、自分から手紙を出したことはなかった。
たまには自分から手紙を書いてみようかな。
その前に、まずはエッセイを書かなくちゃ。
私はエッセイを書き進めた。
青天井はあの日と同じように、澄んだ青色を広げて佇んでいた。
【春愁】
卒業式で泣かない私は、「冷たい人」なのだろうか。
でも、これからの人生で哀しいことなんていっぱいあるではないか。
卒業式なんて、人生の些細なパーツに過ぎないと思うのだ。
そんなことを考えるのは、私が独りぼっちだからだろうか。
高校生活で、恋人はおろか友達と呼べる人は全く出来ず、失うものが何も無いのだ。
涙など、出るわけないじゃないか。
校長先生から卒業証書を受け取る名シーンでも、涙はちっとも沸かなかった。
最後のHR、啜り泣く声が聞こえる中で、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
最後のHRが終わり、皆は鞄から卒業アルバムを取り出した。
卒業アルバムには、寄せ書きが出来るページがある。
各自泣きながら寄せ書きをする中、私はこっそりと教室から抜け出した。
混み合う廊下を通り、私は南校舎に向かった。
南校舎には音楽室や家庭科室などの特別教室しか無い。
私はパタパタと足音を響かせて、ある扉を開けた。
ギィィと音を立てて扉を開くと、そこには小さな庭があった。
中庭だ。
近くにはベンチがあるし、綺麗な桜を眺めることができる。
私はいつものようにベンチに座り、ただ風景を眺めることにした。
昼休みは、いつもここでお弁当を食べていた。
わざわざ南校舎に来てお弁当を食べるのは私くらいだから、私は静かな景色しか知らない。
鳥がピチピチと鳴いて、風がざわめき、葉っぱが擦れる音だけが、美しく響くのだ。
ここは疎ましい喧騒とは程遠く、私にとっての"隠れ家"だった。
正直、高校生活の思い出なんて無い。
先生の話が面白かった、とかそんなことくらいだけだ。
いや、こんな記憶でも、思い出と呼んで良いのだろうか。
高校生活のことなんて、何か特別なきっかけがない限り、もう二度と思い出すことは無いのだろうか。
それとも、こんな高校生活を思い出す日が来るのだろうか。
いずれにせよ、この日々はもう二度と戻ることは無い。
私は中庭を後にした。
小説のネタ、一体どこにあるんですか???