中宮雷火

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【深海の向こう側へ】

深海に潜れば、地球の裏側に行けると思っていた。
よく、「穴を掘れば地球の裏側に行ける」だなんて言うじゃないか。
もちろん、嘘だと思うけど。
それと同じ理論ならば、深海に潜れば地球の裏側に行けると思っていたのだ。

幼い頃の俺は実に馬鹿だったので、放課後はずっと穴を掘ったりしていた。
そうすれば、地球の裏側に行けると思っていた。
一人で、スコップを片手に公園の土を掘り返す毎日だった。

やがて、夏休みがやって来た。
俺は「穴を掘る時間が増えるぞ!」だなんて言って喜んでいた。
でも、ただ穴を掘るだけではつまらないとも思ったのだ。
そこで、俺は深海に潜ってみようと思ったのだ。
今思えば、本当に危険な行為だったと思う。
でも、当時の僕は無鉄砲で、思い立ったらすぐに海へと走ったのだ。

自転車で15分の所にある海は、人気が無くて静かだった。
少し遠くの流木に、髭を生やしたおじさんが座っているだけだった。
俺は自転車から降りて、服を脱いだ。
海水パンツは、既に家で履いてきていた。
俺は浜辺に仁王立ちした。
水面がキラキラと輝いていて、これから俺が体験する冒険を祝福しているみたいだった。
もし本当に地球の裏側に行けたら、このことを自由研究として先生に提出しよう。
この後起こる悲劇など知る由もない俺は、自信満々に海を見つめていた。

俺は、恐る恐る波打ち際に立った。
足に海水がかかって、少しだけ冷たい。
俺はそのまま、数歩歩いた。
意外と平気だな、と思った。
そしてまた数歩歩くと、浜辺が少しずつ遠くなり、海水は俺の膝頭よりも上にあった。
俺は、意を決して海に潜った。
学校で習った泳ぎ方を実践してみたが、あまり上手くいかなかった。
バタ足も上手くできないし、手も自由に動かすことが出来ない。
こんなに泳ぐの下手だっけ、なんて考えながら、俺は必死に手足を動かしていた。

俺はもっと深く潜ろうと頑張った。
そうしているうちに、俺は息が苦しくなっていくのを感じた。
まずい、一旦陸に上がろう。
そう思って上を目指そうとしたが、手足が思うように動かなかった。
まずい、息がもたない。
俺は焦って、もっと力をいれて手足を動かした。
でも、身体は段々と沈んでいった。
ああ、息が……
それからのことは、俺は覚えていない。

気がつくと、病室にいた。
傍ではお母さんが涙で頬を濡らしているし、お父さんは眉をつり上げて座っていた。
これは後から聞いた話なのだが、流木に座っていたおじさんが、俺が中々陸に上がってこないことを不審に思い、自ら海に飛び込んだらしい。
すると、俺が意識を失いかけていたので、急いで俺を引っ張り上げてくれたらしい。
そのおじさんは、俺が目覚めたことを知ると、「そうかそうか、それは良かった」と言い残して帰っていった。
お父さんからは、「もう危ないことをするな」とげんこつを食らった。
今までに食らったげんこつの中で、最も痛かった。

結局、このことは自由研究のネタにすることが出来ず、俺は自由研究だけは完成させることが出来なかった。
この一件で、俺は海が大嫌いになってしまった。

5/13/2025, 1:58:48 PM