【手紙】
山本幸一郎様
拝啓
本年も山茶花がいっせいに咲きだす季節が巡ってまいりました。
先生がお亡くなりになられて約半年が経ちました。
天国ではいかがお過ごしでしょうか。
私は、この手紙を病室で書いています。
というのも、虫垂炎になってしまったのです。
数日前までは酷く痛んでいましたがも、今は少しだけ楽になりました。
心配しないでください。
病室で何日も過ごすのは、やはり慣れないものですね。
毎日同じ景色で、非常に退屈です。
先生は、長くこの景色を見ていたのですね。
私には今、先生の苦しみが少しだけ分かるような気がします。
私にとって唯一の楽しみは、窓越しの外の景色を見ることです。
窓から見える秋の空虚な空が、私は好きです。
淋しいものですが、この人肌の恋しさが堪らなく愛おしいのです。
私も大人になってしまったのでしょうか。
大人は秋が好きですから。
先生が病室から見ていた景色も教えて欲しいです。
他愛もない話になってしまいましたが、これからも私は先生の教えを胸に頑張ります。
そんな私を、どうか天国から見守ってほしいです。
先生のご多幸をお祈り申し上げます。
敬具
11月11日
山本鞠子
【明日、もし晴れたら】
明日、もし晴れたら公園で遊ぼう
明日、もし晴れたらショッピングモール行こう
明日、もし晴れたらデートしよう
明日、もし晴れたら遊園地行こう
明日、もし晴れたらとっておきの場所に連れて行ってあげる
明日、もし晴れたら素敵な結婚式になるね
明日、もし晴れたら映画観に行こう
明日、もし晴れたらマタニティグッズ買いに行こう
明日、もし晴れたら病院行こう
明日、もし晴れたら3人で花畑を見よう
明日、もし晴れたら遊園地行こう
明日、もし晴れたらいい入学式になるね
明日、もし晴れたら運動会観に行けるね
明日、もし晴れたらいい卒業式になるね
明日、もし晴れたら病院に行こう
明日、もし晴れたらお見舞いに行こう
明日、もし晴れたら少しだけお出かけしよう
明日、もし晴れたら病院に来て
明日、もし晴れたら外で写真撮ろうよ
明日、もし晴れたらお墓参りに行こう
明日、もし晴れたら二人で色んなとこに行こう
明日、もし雨が降っても君を忘れないでいよう
明日、もし晴れたら…
【私のヒーロー】
ヒーローが、居なくなった。
蝋燭の火を消すみたいに、姿を現さなくなった。
いつもなら、直ぐに邪悪な怪物を倒しにやってくるはずなのに。
いつまで経っても現れなかった。
幸い、ヒーローは世界各地に何百人もいる。
一人くらい欠けたって、何も影響はない。
しかし、「ヒーロー」という単語を耳にして、人々が思い浮かべるのはただ一人。
そして私は、「ヒーロー」の正体を知っている。
「…なんで来た。」
ドアを開けるなり、和真は開口一番にそんなことを言った。
「いや、心配になって、来ちゃった、というか…」
「来んな。一人にさせろ。」
和真はそう言ってドアを閉めようとした。
「ちょっと!中に入れてよ〜!」
「うるせぇっ!いきなり家凸んなよ!連絡入れろや!」
「そっちが既読つかないんだし、しょうがないじゃんっ!家入るよ!」
私は強引に中に入った。
なんだか変な匂いが鼻を突いた。
ゴミが辺りに散らかっているではないか。
「うわ、臭っ。ゴミだらけじゃん。ちゃんと掃除してんの?」
「ほっといてくれよ。」
「…ちょっと耐えらんないから掃除するよ。ゴミ袋出してー」
2時間後。
ゴミは全部ゴミ袋に入れた。
床やテーブルもちゃんと拭いて、埃も消えた。
本人曰く、クローゼットや物置部屋が汚いらしいが、今回はこれだけにしておこう。
掃除しだすとキリがないから。
「めっちゃ片付いてんじゃん。
おもてなしするから待っとけ。」
「いいよ、そんなに。
おもてなしはいいから、話聞かせてよ。
この1ヶ月の間に何があったの?」
和真は黙り込んだ。
きっと、相当な事情があるんだろうな。
「なんでいきなりヒーロー辞めちゃったの?みんな言ってるよ、寂しいって。」
「……」
「みんな心配してる。それに、辞めちゃうなんてもったいないよ。ヒーローの仕事続ければきっと」
「黙っててくれよ!!」
和真はいきなり声を荒げた。
思わずビクッとしてしまった。
「…ヒーローの仕事なんて、こんなんじゃなかったはずなのに。」
「それって…どういう意味?」
「ヒーローは、正義なんだろ。
なんで知らん奴らの黄色い声援浴びなきゃいけないんだよ。」
「みんな応援してくれてるってことだよ」
「あんなの応援じゃねえよ。
ただ、『推し』とか『有名人』くらいの認識だろ。
俺はそんなの求めてない。
俺なんて、どうせ…、どうせ商業的な消費コンテンツなんだろ。
…それに、ネットでは偽善者とか言われてる。
そんなに俺のやってることが気に入らないのか?」
返す言葉がなかった。
事情を知らない人からしたら、病んでるとかメンヘラとか自意識過剰とか、そう思われるのかもしれない。
けど、違う。
和真は本気で悩んでる。
自分はヒーローだと、おもちゃじゃないと葛藤している。
助けを求めているようにも感じる。
私の知らないところで、そんなに思い詰めていたなんて。
「…ごめん、気づいてあげられなくて。」
「……」
思えば、いくらでもヒントはあった。
最近浮かない顔をしていること。
口調が少しだけ荒くなっていること。
つまらなそうな目をしていること。
他にもたくさん。
なんで、気付けなかったんだろう。
あの時とは、全然別人じゃないか。
思い出すのは学生時代のこと。
学校でいじめを受けていた私にとって、和真は「私のヒーロー」だったのだ。
「何でも言えよ。
あいつらに言い返せる奴なんてそうそういないから、俺のこと頼れよ。
言い返してやるから。」
「今日さ、一緒にカフェ行かない?
それからガチャガチャの専門店とか、カラオケも良いよな。」
「みんな絶対優佳の良いとこ知らないだろ。
めちゃくちゃ優しくて賢くて、一緒にいると楽しいのに。
みんなもったいないよなぁ。」
たまにセンスおかしいけど、いつも私の味方で、唯一楽しませてくれる人なのだ。
一緒に遊んでくれる人なんて、私にはいなかったのに。
「お前ら、次に優佳のこといじめたら、どうなるかわかってるよな?」
「もうやめろよ。
何がそんなに楽しいんだよ。
優佳、嫌がってるだろ。」
「先生、いい加減聞いてくださいよ。
優佳はずっといじめられてるんです!
暴力だって振るわれてます!
それでも知らないフリを続けるんですか?」
和真は戦ってくれた。
同級生に、大人に、全力で歯向かってくれた。
このときから、和真は私のヒーローだったのだ。
「もう、一人にさせろよ。
今日はもう、帰ってくれ…」
和真は泣いていた。
助けを求めていた。
初めて吐いた、ヒーローの弱音だ。
私には、どうすることもできなくて、どうすればいいのか分かんなくて、でも口が勝手に動いた。
「独りには、させないよ。
ヒーローが困ってたら、助けるのが私の役目だもん」
私はそう言って、和真を抱きしめた。
彼の少し冷たい手が、なんだか痛かった。
「じゃあ、帰るね。」
「うん…今日は、ありがとう」
「何も、できなくてごめん。」
「あのさ、」
「ん?」
「また、片付け手伝ってほしい」
「うん、いいよ。」
私は和真の家を後にした。
結局、何もできなかった。
和真の悩みなんて根本的に解決できるものではないと、わかっていたけど。
もうちょっと何かしてあげたかったなぁ。
「ヒーロー」は、復活するのだろうか。
その時は、盛大に祝福するのだろう。
でも、それ以前に「私のヒーロー」なのだから。
彼が「ヒーロー」を辞めても、「私のヒーロー」ではあるのだから。
私のヒーローが居てくれればいいや、だなんて思う午後5時の空が綺麗だった。
【極夜】
あ、花火上がった。
僕は家のベランダから大きな花火を眺めた。
赤と黄色、それと白を含んだ流線状の光たち。
花火は英語でfireworksというけれど、確かに火が働いているように思う。
火が自分の意思で動いている。
僕はコーラを一口飲むと、部屋に戻った。
窓を閉め切っても、花火が打ち上がる音は貫通してきた。
昔はこの音が苦手だったけど、今ではなんてことない。
僕はパソコンを開くと、作曲に取り掛かった。
アコースティックギターの録音はできそうにないから、新しい曲の構想でもしようか。
僕は新しいプロジェクトを開いて、手始めにドラムの音を打ち込んだ。
ドッ ドッ ドッ ドッ
チッ チッ チッ チッ
タン タン
ヘッドフォンを通じて小気味よいドラムの音を聴く。
思えば、誰かと花火大会に行ったことはないな。
僕はふとそんなことを考えた。
最後に行ったのはいつだっけ。
中3のとき、家族と行ったっきりではないか?
友達や恋人と花火を見たことなど1度もない。
学生時代(今も学生だけど)は学校でひとりぼっちだった。
いじめられていたわけではないが、人よりも才能のない僕は友達を作ることができなかった。
勉強ができるやつ、人と話すのが得意なやつ、歌が上手いやつ、絵が上手いやつ、性格良くて優しいやつ、など。
僕の周りはスペックが高かった。
それに対して僕は、勉強もそんなにできず、人と話すのが苦手で、歌は下手だし、絵も下手だし、性格は捻くれている。
僕に取り柄などない。
そう思っていた。
だけど、あるバンドの曲を聴いたことで一気に変わった。
かっこいい。
この人達みたいになりたい。
初めて抱いた憧れだった。
バンドを組むにはコミュニケーション能力が足りなかったので、作曲してみることにした。
いわゆるDTMだ。
加えて、ギターも始めてみた。
最初は難しかったけど(そして今も難しいけど)、何だか楽しく感じたのだ。
そうして今、ひとりぼっちの1/3人前ミュージシャンは6年目に突入している。
そんな僕だが、2年ほど前からネットに動画投稿している。
そしてびっくりするのは、再生数が100回以上の動画がほとんどだということだ。
素人にしてはかなり高いほうではないか?
しかし、500回の壁は高い。
1000回など夢のまた夢だ。
なので、親からは就活を急かされている。
大学2年生なので猶予はあるが、人生の夏休み中が終わるのもそう遠くはない。
おまけに、友達や恋人は全くできていない。
なので、花火大会やクリスマスは家で静かに過ごすしかないのだ。
華のない人生だなぁ、
僕はずっと負けた気がして悔しかった。
ずっと僕には、ある種の劣等感がつきまとっているのだ。
そして孤独感も。
疎外感も味わってきた。
外に咲く花を眺めながら、僕は思う。
誰かと眺める花火はさぞかし綺麗なんだろうなぁ、と
僕は目の前のパソコンに視線を戻し、ドラムの音を打ち込み続けた。
「誰かの為に生きなくたっていいんだよ、
自分の為に生きても良いんだよ」
そう言ってくれる人がいるだろうか。
私は、言えるのだろうか。
あなたは、言えるのだろうか。