中宮雷火

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7/25/2024, 1:48:28 PM

【鉄格子より】

いつか、この鳥籠から出たい。
ずっと、ずっとそう思っていた。

私の家は、正直家庭環境があまり良くなかった。
母親は毎晩のように男を連れて来ては、
「あんたは邪魔。外に出てろ。」
と私を追い出した。。
父親は酒癖が荒い。
暴力を振るわれることもあった。
いわゆるアルコール中毒というやつだろう。
私は奴らのおもちゃだった。
私が痛がるのを見るのが好きらしかった。
手を加えるのも。
料理の支度が1分でも遅ければ、
「何をノロノロしてんだこのバカが!」
と、何度もぶたれ、蹴られた。
もちろん、保護者の同意が必要な書類などはサインしてもらえるはずが無かった。

私はずっとあざだらけだった。
毎日のように殴られるので、あざはいつまで経っても消えなかった。
それどころか、どんどん増えていった。
そんな見た目のせいで、私は学校でいじめを受け続けていた。
「あざばっかりで痛そーwww」
「なんていうか、かわいそうだねw」
担任の先生ですら、私を差別した。
親(親だと思ったことはない)による暴力について相談したとき、
「あぁ、えっと、その…、スパルタキョウイクなんだな!」
と返された。
なんだよスパルタキョウイクって。
スパルタという言葉で援護できるものじゃないよ。
こいつ、何もわかってない。
悔しかった。
悲しかった。
何より、もう希望などないと、鳥籠から出られないとさえ思った。

好きな人が居た。
同じクラスだった相木くん。
イケメンだし、勉強もスポーツも出来て、しかもこんな私にも優しく接してくれた。
本気で好きだった。
放課後、体育館裏に呼び出して告白したことがある。
絶対付き合いたい、だって好きだから。
だけど、相木くんからは
「ごめん、その、なんていうか、菜々子ちゃんといるのは、難しいというか、まだ友達のままで居たい…」
と返された。
どうせ、私の家庭環境を知っているから付き合いたくないんだろ。
その後、ずっと泣いた。

こんな私にも、1人だけ協力者が居た。
母方のおばあちゃんだ。
暴力やいじめを受けた私の、いちばんの理解者だった。
保護者のサインが必要な書類は、全ておばあちゃんに書いてもらった。
大学に行きたいと言えば、
「ウン百万ほど貯めてあるよ。菜々子ちゃんの人生のために、大切に使いなさいね」
と、学費まで全て用意してくれた。
おばあちゃんの力では家庭環境をどうすることも出来なかったけど、いつも私の味方をしてくれて、私を唯一人間として育ててくれた。
感謝してもしきれないほど、私に協力してくれた。

おばあちゃんのお陰で、私は第一志望の大学に合格する事が出来た。
国内有数の難関国立大学に入学した。
けれど、私の入学式の写真をおばあちゃんが見ることは無かった。
老衰で亡くなった。

大学に入ってからは一人暮らしを始めた。
親(アホ)からは
「俺らの飯は誰が作るんだよ!」
と、怒鳴られた。
けれど、そんなことは知らない。
私はお前らの召使じゃない。

大学の授業は、想像を絶するほど難しかった。
わけの分からない教授の話を延々と聞かされ、
わけの分からない問題をテストに出してきた。
友達がいれば気が楽だったかもしれないが、地方からやってきた私にとって「友達」「先輩」は無縁な存在となってしまった。

親からの仕送りは当然ないので、バイトを始めた。
おばあちゃんが用意してくれたお金では足りないと感じたからだ。
ハンバーガーチェーンで働き始めた。
最初はとてもやりがいを感じた。
初めて自分で得たお金、お客様の笑顔。
それらがモチベーションだった。
しかし、バイトを始めて半年後。
店長によるパワハラが始まった。
「なんでこんなこともできないの?」
「君って要領悪いね」
「こんなこともできないんだぁ、」
「こんなんじゃ生きていけないよね?」
説教を超えたレベルのことをされた。
ビンタされたこともある。
一人暮らしを始めたのに、これじゃああの時と同じじゃないか。
だけど、生活費のためにもバイトを辞めることはできなかった。

就活が始まった。
何十社も面接を受け、その度に
「残念ながら、今回はご縁がなかったということで…」
という言葉を聞かされた。
それでも根気強く続けた。
そうしたら、1社だけ受かった。
事務仕事だ。
よかった。受かった。
そう安堵したのも束の間、激務に襲われることになった。
こなしても終わらない仕事、
長引く残業、
お局の悪口、
上司からの圧、
耐えられなかった。
辞めたいとも思った。
だけど、面接でやっと合格した会社だ。
辞めたときのリスクが大きいことなんて重々承知していた。

終電ギリギリの電車に揺られながら考えた。
鳥籠から出ても、結局楽しくなど無かった。
現に、他の人の顔の疲れ方が証明している。
私だって、この人たちとおんなじようだ。

私は悟った。
私は鳥籠から出ていない。
この世界こそが鳥籠なのだ、と。

7/24/2024, 1:45:54 PM

【ユウジョウ】

私には、友達が居なかった。
そして、今もいない。
学生時代はずっと独りぼっちだった。
誰にも話しかけられず、教室の隅っこで本を読んでいた記憶しかない。

通学路で二人組の女の子とすれ違った事がある。
二人はかなり親しく話していた。
「え、○○君の事好きなの!?」
「うん、実はね。あ、他の人には言わないでね?」
「大丈夫、絶対言わないよ(メールでみんなに伝えちゃおう)」
ああ、これがシンユウってやつか。

国語の点数が、かなり悪かった。
当然落ち込んで、とぼとぼと家に帰ったことがある。
その時、四人組の男の子とすれ違った。
「お前、テストの点数何点だった?」
「やらかしたー、42点」
「えぇぇ、勝った!(こいつ低くね?バカだなー)」
「え、何点だったの?」
「63点!」
「高くね!?」
「俺23点だったwww」
「まじかよー(めっちゃ低いじゃんwwwこいつもバカだなー)」
「じゃ、今度俺んちで国語の勉強会やろーぜ!」
ああ、これもまたシンユウってやつか。

大学生になった今、6畳半の部屋で改めて思う。
トモダチ、欲しいなあ。
ユウジョウ、欲しいなあ。

7/23/2024, 12:56:54 PM

【ネリネの海賊】

香りは、聴くものらしい。
そんなことを最近知った。
香りに耳を当てて、味わうこと。
それが「香ること」らしい。

「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?」
はっとして上を見ると、安っぽい海賊らしき人が立っていた。
「ううん、何でもない。」
「そうかい、それなら良かった」
本当は、何でもないわけでは無かった。
食べ物が尽きてしまったのだ。
ここ3日間はそこら辺に落ちている食べれそうなものを食べていたけれど、とうとうそうすることもできなくなってしまった。
私には帰る家も、家族もいない。

何を思ったのだろうか、海賊は私に一輪の花を差し出した。
「お嬢ちゃん、これをあげるよ。
僕からのプレゼントだ。大事にしな。」
海賊はネリネの花をくれた。
ピンクの、可愛らしいネリネだった。

海賊と別れてから、私は香りを聴いてみた。
この香りは、私のおばあちゃんを思い出させるようだ。
もう思い出したくないけど。

次の日。
何とか食料を見つけて生き延びることができた。
とりあえず半日は大丈夫だろう。
だけどここにいては私は売られてしまう。
私みたいな野生児はお金になるらしいのだ。
とりあえず移動しよう。

海がよく見える場所に着いた。
ここなら大丈夫。
そう思って一息ついた時、言い争う声が聞こえた。
ネリネをくれた海賊と、別の人が喧嘩しているようだった。
「お前、海賊になるなんて正気か?」
「ああ、そうさ。何か悪いか?」
「お前、知らないようだから教えてやるよ。
海賊ってのはな、みんなを困らせる悪い奴らなんだよ。
金目のものを盗んで、自分達だけで独り占めしやがる。」
「そんなことない!僕はそんなことしない。僕はみんなの為の海賊になる。」
「何がみんなのためだ!馬鹿馬鹿しい。」
あの人、海賊じゃないんだ。
すでに萎れかけているネリネをぎゅっと握り、私はネリネの海賊を応援していた。

「お前、ギターと歌は上手いだろ。
吟遊詩人にでもなれば?」
「いや、僕は海賊になると決めたんだ。
ギターと歌は友達みたいなもんさ。」
「ふぅん…。せいぜい頑張れよ。
まあ、お前には無理だろうけどな。」
諍いが終わった。
あの人、落ち込んでるだろうな。
心配になった。

その日の夜。
どこからかギターが聴こえてきた。
繊細な音色。
やがて、声が乗った。
とても、心が洗われるようだ。
教会を想起させるかのようだ。
私は天を仰いだ。
星が綺麗だ。
なんだか、ギターの音色のせいで全てが美しく見える気がする。

何となく、この歌声はネリネの海賊のものだと思っていた。
あの人、いつか本当に海賊になるのだろうか。
色んな島で色んな人に出会うのだろうか。
夜にはみんなで歌を歌いながらパーティをするのだろうか。
私も、いつかその船に乗せてほしいな。

私はすっかり枯れたネリネをぎゅっと握った。
枯れるなよ、私も海に出るんだろ。
そう強く願った。

ネリネは、ほのかに香っている。


7/23/2024, 7:15:58 AM

【タイムマシンなど】

もしもタイムマシンがあったなら、父に会いたい。
僕は5歳の時に、父と生き別れた。
両親が離婚したのだ。
理由は分からない。
だけど、僕は父が大好きだった。
父が語る宇宙の話が、とても好きだった。

26世紀の現在も、タイムマシン開発は全く進んでいない。
僕が死ぬまでの間に完成することは無いのだろう。

僕は父を追いかけたかった。
また、隣を一緒に歩けるように。
そんな思いで、必死に勉強した。
幸いなことに財力だけはあったので、難関私立大学にも十分入れる環境にあった。
ただ、学力が追いついていなかった。
来る日も来る日も、必死に勉強した。
青春時代の全てを勉強に捧げた。
そのおかげで、友達はちっともできなかったけれど、難関私立大学に合格することができた。
僕の目的は、政府の官僚になること。
現在、政府は他の惑星への移住を計画しているらしい。
つまり、僕が政府の官僚として移住計画に携われば、父に近づけるのではないか。
父はこの手の話に興味津々だろうから、きっと僕を見つけてくれるに違いない。
そう思ったのだ。

そして、僕は遂に政府の官僚になった。
人生でいちばんの達成感を感じた。
やっと、父に会えるかもしれない。
そう強く感じた。

僕は計画通り、移住計画に携わることとなった。
その名も「政府惑星移住計画委員会」。
これは120年ほど前にできたもので、今では実際に移住計画を実行している。
僕も小学生の時に月へ移住した。
月には「月へのエレベーター」で移動した記憶がある。
壁はスケルトンで、広大な宇宙を手に取るように観ることができた。
他にも、火星や水星、イオへの移住は「宇宙船」を使うらしい。
これらは全て、僕らの仕事である。

移住計画に携わってから初めてみたが、宇宙船はめちゃくちゃ大きかった。
「こんなに大きいんですね…」
あまりの大きさに呆然としていると、
「10年後くらいにはこの規模感に慣れてるから安心しろ」
と、先輩にフォローされてしまった。
他にも、「視察」という名目で金星の近くに行ったりもした。
灼熱地獄だった。
正直、恐怖を感じた。
「こんなに表面って荒れてるんですね…」
あまりの状況に呆然としていると、
「10年後くらいには何とも思えなくなるから安心しろ」
と、またまた先輩にフォローされてしまった。

そんな当たり前ではない日々をずっと繰り返すうちに、就職して4年が経っていた。
ある日、先輩からある話を持ち出された。
「実は、お前に直接的に移住サービスを見てほしいと思っている。
というのも、地球には一般人で1人だけ地球に留まっている人がいるらしい。
本人に移住の意思はないらしいが、そろそろ移住してくれないとこっちが困る。
それで月に強制送還することになったんだよ。
これはお前にとって貴重なチャンスだ。
ぜひ、参加してくれないか?」
僕はとてもワクワクした。
直接的に体験できるチャンスだ。
そしてこれは、各種メディアに載るかもしれないらしい。

実行日当日。
事前資料で大体のことは把握している。
当日の流れや、トラブルの対処についてなど。
ただ、一つ引っかかったのは、移住者についてだ。
相生星吾。51歳。男性。
顔立ちが僕に似ているような気がする。
それに、この名前どっかで聞いたことある。
なんとなく、「これお父さんじゃね?」と思った。
ただ、名前はうろ覚えで年も覚えていない。本当に僕のお父さんだと言い切ることはできなかった。 

「おい、行くぞ。」
はっとした。前には先輩がいる。
ああそうだ。
今日は、僕という人生において最大の日。
気を抜いてどうする。
「行きましょう、先輩。」
僕は歩き出した。

僕は移住者の隣の席に座るよう指示された。
離れた席には先輩がいる。
大丈夫なはずだ。

移住者はスマホを見ていた。
だけど、触っている様子は無い。
ちらっと見ると、写真が写っていた。
家族写真。
両端には両親、そして真ん中には…
「君、ちょっといいかい?」
急に話しかけられてびっくりした。
スマホを覗きすぎて、不快に思われただろうか。
「は、はい?」
「君、新卒かい?」
「いえ、4年目です。」
「そうかい・・・」
あ、ただの他愛もない話か。
少しほっとした。
「君に、お願いがあるんだ。」
またまた急に話しかけられた。
「なんですか?」
「私の命は君より短い。どちらかといえば死 に近づいていると思う。」
「ほ、ほう…」
一体この話にどのようなオチをつけるのだろう。

「だから、もし私が死んだとき、私の骨を地 球に散布してくれないか?」
え?
びっくりした。
こんなことを頼む人なんて、今までいただろうか。
「地球に、ですか?」
「ああ、地球に。生まれ故郷だからね。」

「君、名前は?」
「えっと、五十嵐アキです」
「アキくん、ねぇ。」
移住者は、まるで僕の名前を味わうかのように頷いた。

「あの、遺骨の散布についてなのですが、」
何だか、勝手に口が動いたようだった。
「なんだい?」
「場所の指定はございますか?」
「場所か、そうか。それなら、瀬戸内がいい な。」
瀬戸内。
家族旅行で瀬戸内に行ったことがある。
何となく、気づいたことがある。

「わかりました。瀬戸内ですね。」
僕は、微笑んだ。
ああ、お父さんだ。
この雰囲気、喋り方、お父さんそっくり。
何も変わってない。
6歳の僕に、今なら伝えられる。
タイムマシンなんて、必要なかったよ。
君はいつか、お父さんに会える日が来るんだよ。
僕は呼吸を1つ置いて、お父さんに言った。
「では、遺骨の散布は私が責任を持って行わ せていただきます。」

7/22/2024, 8:01:03 AM

【新しい日】

ギターが欲しいと思った。
なぜだか分からないけど、歌いたいと思った。

夕食の時、お母さんに
「私、ギター買いたいんだよね」
と言ってみた。
すると、お母さんは
「それなら、お父さんのアコースティックギターがあるよ。お父さんが遺したやつ」
と言って倉庫からギターを取ってきてくれた。

オトウサンのギターは、埃を被っていた。
弦も錆びていた。
普通の人なら敬遠しそうなほど汚れていた。
「本当にこれ使うの?ちゃんとしたやつ買ってあげようか?」
と、お母さんに提案されたけど、
「私、これ使いたい」
と勝手に口が動いていた。

ギターは手に入ったけど、弦が錆びていてとても使えそうにはなかった。
そこで、とりあえず楽器屋に行ってみようと思い立った。

自転車で20分ほどの場所に、古びた楽器屋があるのは知っていた。
私はギターケースを背負い、楽器屋を目指した。
私は港町に住んでいる。
海沿いの道を漕いでいると、潮風が心地よく頬に当たってきた。
順調に自転車を走らせていると、やがて楽器屋が見えてきた。
しかし、いつ見ても古びているなぁ。
改装すればいいのに。

店内に入ると、年老いた店員が一人いた。
「いらっしゃいませ」
私は店内を見回した。
オトウサンのギターとは似つかない、綺麗な
ギターがたくさんあった。
奥にはベースやドラム、ピアノも見えた。
「あの、ギターの弦を張り替えたいんですけど…」
と、話を持ちかけると、どうやら1000円で弦交換をしてくれるようだった。
1時間ほどで交換できるらしい。

1時間後。
そろそろ弦交換が終わっただろうか。
再び店内に入ると、やたらと光り輝いたギターを見つけた。 
オトウサンのギターだ。
「わぁ…」
思わず声が漏れた。
埃なんて一切ない、綺麗なギターになっていた。

ギターを受け取り、代金を払い、私は外に出た。
斜めに傾いた陽射しが少しだけ眩しい。

自転車を押して歩く。
その間、オトウサンのことを考えていた。
オトウサンは、私が物心つく前に死んだ。
だから、私はオトウサンのことを知らない。
でも、年数が経っている割にギターは綺麗だった。
壊れているところもなかった。
きっと、ギターはオトウサンにとって大切なものだったのだろう。
そう考えると、オトウサンのことをやっと知ることができたように思えて嬉しくなった。

潮風が、また私の頬を撫でた。

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