【鉄格子より】
いつか、この鳥籠から出たい。
ずっと、ずっとそう思っていた。
私の家は、正直家庭環境があまり良くなかった。
母親は毎晩のように男を連れて来ては、
「あんたは邪魔。外に出てろ。」
と私を追い出した。。
父親は酒癖が荒い。
暴力を振るわれることもあった。
いわゆるアルコール中毒というやつだろう。
私は奴らのおもちゃだった。
私が痛がるのを見るのが好きらしかった。
手を加えるのも。
料理の支度が1分でも遅ければ、
「何をノロノロしてんだこのバカが!」
と、何度もぶたれ、蹴られた。
もちろん、保護者の同意が必要な書類などはサインしてもらえるはずが無かった。
私はずっとあざだらけだった。
毎日のように殴られるので、あざはいつまで経っても消えなかった。
それどころか、どんどん増えていった。
そんな見た目のせいで、私は学校でいじめを受け続けていた。
「あざばっかりで痛そーwww」
「なんていうか、かわいそうだねw」
担任の先生ですら、私を差別した。
親(親だと思ったことはない)による暴力について相談したとき、
「あぁ、えっと、その…、スパルタキョウイクなんだな!」
と返された。
なんだよスパルタキョウイクって。
スパルタという言葉で援護できるものじゃないよ。
こいつ、何もわかってない。
悔しかった。
悲しかった。
何より、もう希望などないと、鳥籠から出られないとさえ思った。
好きな人が居た。
同じクラスだった相木くん。
イケメンだし、勉強もスポーツも出来て、しかもこんな私にも優しく接してくれた。
本気で好きだった。
放課後、体育館裏に呼び出して告白したことがある。
絶対付き合いたい、だって好きだから。
だけど、相木くんからは
「ごめん、その、なんていうか、菜々子ちゃんといるのは、難しいというか、まだ友達のままで居たい…」
と返された。
どうせ、私の家庭環境を知っているから付き合いたくないんだろ。
その後、ずっと泣いた。
こんな私にも、1人だけ協力者が居た。
母方のおばあちゃんだ。
暴力やいじめを受けた私の、いちばんの理解者だった。
保護者のサインが必要な書類は、全ておばあちゃんに書いてもらった。
大学に行きたいと言えば、
「ウン百万ほど貯めてあるよ。菜々子ちゃんの人生のために、大切に使いなさいね」
と、学費まで全て用意してくれた。
おばあちゃんの力では家庭環境をどうすることも出来なかったけど、いつも私の味方をしてくれて、私を唯一人間として育ててくれた。
感謝してもしきれないほど、私に協力してくれた。
おばあちゃんのお陰で、私は第一志望の大学に合格する事が出来た。
国内有数の難関国立大学に入学した。
けれど、私の入学式の写真をおばあちゃんが見ることは無かった。
老衰で亡くなった。
大学に入ってからは一人暮らしを始めた。
親(アホ)からは
「俺らの飯は誰が作るんだよ!」
と、怒鳴られた。
けれど、そんなことは知らない。
私はお前らの召使じゃない。
大学の授業は、想像を絶するほど難しかった。
わけの分からない教授の話を延々と聞かされ、
わけの分からない問題をテストに出してきた。
友達がいれば気が楽だったかもしれないが、地方からやってきた私にとって「友達」「先輩」は無縁な存在となってしまった。
親からの仕送りは当然ないので、バイトを始めた。
おばあちゃんが用意してくれたお金では足りないと感じたからだ。
ハンバーガーチェーンで働き始めた。
最初はとてもやりがいを感じた。
初めて自分で得たお金、お客様の笑顔。
それらがモチベーションだった。
しかし、バイトを始めて半年後。
店長によるパワハラが始まった。
「なんでこんなこともできないの?」
「君って要領悪いね」
「こんなこともできないんだぁ、」
「こんなんじゃ生きていけないよね?」
説教を超えたレベルのことをされた。
ビンタされたこともある。
一人暮らしを始めたのに、これじゃああの時と同じじゃないか。
だけど、生活費のためにもバイトを辞めることはできなかった。
就活が始まった。
何十社も面接を受け、その度に
「残念ながら、今回はご縁がなかったということで…」
という言葉を聞かされた。
それでも根気強く続けた。
そうしたら、1社だけ受かった。
事務仕事だ。
よかった。受かった。
そう安堵したのも束の間、激務に襲われることになった。
こなしても終わらない仕事、
長引く残業、
お局の悪口、
上司からの圧、
耐えられなかった。
辞めたいとも思った。
だけど、面接でやっと合格した会社だ。
辞めたときのリスクが大きいことなんて重々承知していた。
終電ギリギリの電車に揺られながら考えた。
鳥籠から出ても、結局楽しくなど無かった。
現に、他の人の顔の疲れ方が証明している。
私だって、この人たちとおんなじようだ。
私は悟った。
私は鳥籠から出ていない。
この世界こそが鳥籠なのだ、と。
7/25/2024, 1:48:28 PM