中宮雷火

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【ネリネの海賊】

香りは、聴くものらしい。
そんなことを最近知った。
香りに耳を当てて、味わうこと。
それが「香ること」らしい。

「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?」
はっとして上を見ると、安っぽい海賊らしき人が立っていた。
「ううん、何でもない。」
「そうかい、それなら良かった」
本当は、何でもないわけでは無かった。
食べ物が尽きてしまったのだ。
ここ3日間はそこら辺に落ちている食べれそうなものを食べていたけれど、とうとうそうすることもできなくなってしまった。
私には帰る家も、家族もいない。

何を思ったのだろうか、海賊は私に一輪の花を差し出した。
「お嬢ちゃん、これをあげるよ。
僕からのプレゼントだ。大事にしな。」
海賊はネリネの花をくれた。
ピンクの、可愛らしいネリネだった。

海賊と別れてから、私は香りを聴いてみた。
この香りは、私のおばあちゃんを思い出させるようだ。
もう思い出したくないけど。

次の日。
何とか食料を見つけて生き延びることができた。
とりあえず半日は大丈夫だろう。
だけどここにいては私は売られてしまう。
私みたいな野生児はお金になるらしいのだ。
とりあえず移動しよう。

海がよく見える場所に着いた。
ここなら大丈夫。
そう思って一息ついた時、言い争う声が聞こえた。
ネリネをくれた海賊と、別の人が喧嘩しているようだった。
「お前、海賊になるなんて正気か?」
「ああ、そうさ。何か悪いか?」
「お前、知らないようだから教えてやるよ。
海賊ってのはな、みんなを困らせる悪い奴らなんだよ。
金目のものを盗んで、自分達だけで独り占めしやがる。」
「そんなことない!僕はそんなことしない。僕はみんなの為の海賊になる。」
「何がみんなのためだ!馬鹿馬鹿しい。」
あの人、海賊じゃないんだ。
すでに萎れかけているネリネをぎゅっと握り、私はネリネの海賊を応援していた。

「お前、ギターと歌は上手いだろ。
吟遊詩人にでもなれば?」
「いや、僕は海賊になると決めたんだ。
ギターと歌は友達みたいなもんさ。」
「ふぅん…。せいぜい頑張れよ。
まあ、お前には無理だろうけどな。」
諍いが終わった。
あの人、落ち込んでるだろうな。
心配になった。

その日の夜。
どこからかギターが聴こえてきた。
繊細な音色。
やがて、声が乗った。
とても、心が洗われるようだ。
教会を想起させるかのようだ。
私は天を仰いだ。
星が綺麗だ。
なんだか、ギターの音色のせいで全てが美しく見える気がする。

何となく、この歌声はネリネの海賊のものだと思っていた。
あの人、いつか本当に海賊になるのだろうか。
色んな島で色んな人に出会うのだろうか。
夜にはみんなで歌を歌いながらパーティをするのだろうか。
私も、いつかその船に乗せてほしいな。

私はすっかり枯れたネリネをぎゅっと握った。
枯れるなよ、私も海に出るんだろ。
そう強く願った。

ネリネは、ほのかに香っている。


7/23/2024, 12:56:54 PM