中宮雷火

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7/23/2024, 12:56:54 PM

【ネリネの海賊】

香りは、聴くものらしい。
そんなことを最近知った。
香りに耳を当てて、味わうこと。
それが「香ること」らしい。

「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?」
はっとして上を見ると、安っぽい海賊らしき人が立っていた。
「ううん、何でもない。」
「そうかい、それなら良かった」
本当は、何でもないわけでは無かった。
食べ物が尽きてしまったのだ。
ここ3日間はそこら辺に落ちている食べれそうなものを食べていたけれど、とうとうそうすることもできなくなってしまった。
私には帰る家も、家族もいない。

何を思ったのだろうか、海賊は私に一輪の花を差し出した。
「お嬢ちゃん、これをあげるよ。
僕からのプレゼントだ。大事にしな。」
海賊はネリネの花をくれた。
ピンクの、可愛らしいネリネだった。

海賊と別れてから、私は香りを聴いてみた。
この香りは、私のおばあちゃんを思い出させるようだ。
もう思い出したくないけど。

次の日。
何とか食料を見つけて生き延びることができた。
とりあえず半日は大丈夫だろう。
だけどここにいては私は売られてしまう。
私みたいな野生児はお金になるらしいのだ。
とりあえず移動しよう。

海がよく見える場所に着いた。
ここなら大丈夫。
そう思って一息ついた時、言い争う声が聞こえた。
ネリネをくれた海賊と、別の人が喧嘩しているようだった。
「お前、海賊になるなんて正気か?」
「ああ、そうさ。何か悪いか?」
「お前、知らないようだから教えてやるよ。
海賊ってのはな、みんなを困らせる悪い奴らなんだよ。
金目のものを盗んで、自分達だけで独り占めしやがる。」
「そんなことない!僕はそんなことしない。僕はみんなの為の海賊になる。」
「何がみんなのためだ!馬鹿馬鹿しい。」
あの人、海賊じゃないんだ。
すでに萎れかけているネリネをぎゅっと握り、私はネリネの海賊を応援していた。

「お前、ギターと歌は上手いだろ。
吟遊詩人にでもなれば?」
「いや、僕は海賊になると決めたんだ。
ギターと歌は友達みたいなもんさ。」
「ふぅん…。せいぜい頑張れよ。
まあ、お前には無理だろうけどな。」
諍いが終わった。
あの人、落ち込んでるだろうな。
心配になった。

その日の夜。
どこからかギターが聴こえてきた。
繊細な音色。
やがて、声が乗った。
とても、心が洗われるようだ。
教会を想起させるかのようだ。
私は天を仰いだ。
星が綺麗だ。
なんだか、ギターの音色のせいで全てが美しく見える気がする。

何となく、この歌声はネリネの海賊のものだと思っていた。
あの人、いつか本当に海賊になるのだろうか。
色んな島で色んな人に出会うのだろうか。
夜にはみんなで歌を歌いながらパーティをするのだろうか。
私も、いつかその船に乗せてほしいな。

私はすっかり枯れたネリネをぎゅっと握った。
枯れるなよ、私も海に出るんだろ。
そう強く願った。

ネリネは、ほのかに香っている。


7/23/2024, 7:15:58 AM

【タイムマシンなど】

もしもタイムマシンがあったなら、父に会いたい。
僕は5歳の時に、父と生き別れた。
両親が離婚したのだ。
理由は分からない。
だけど、僕は父が大好きだった。
父が語る宇宙の話が、とても好きだった。

26世紀の現在も、タイムマシン開発は全く進んでいない。
僕が死ぬまでの間に完成することは無いのだろう。

僕は父を追いかけたかった。
また、隣を一緒に歩けるように。
そんな思いで、必死に勉強した。
幸いなことに財力だけはあったので、難関私立大学にも十分入れる環境にあった。
ただ、学力が追いついていなかった。
来る日も来る日も、必死に勉強した。
青春時代の全てを勉強に捧げた。
そのおかげで、友達はちっともできなかったけれど、難関私立大学に合格することができた。
僕の目的は、政府の官僚になること。
現在、政府は他の惑星への移住を計画しているらしい。
つまり、僕が政府の官僚として移住計画に携われば、父に近づけるのではないか。
父はこの手の話に興味津々だろうから、きっと僕を見つけてくれるに違いない。
そう思ったのだ。

そして、僕は遂に政府の官僚になった。
人生でいちばんの達成感を感じた。
やっと、父に会えるかもしれない。
そう強く感じた。

僕は計画通り、移住計画に携わることとなった。
その名も「政府惑星移住計画委員会」。
これは120年ほど前にできたもので、今では実際に移住計画を実行している。
僕も小学生の時に月へ移住した。
月には「月へのエレベーター」で移動した記憶がある。
壁はスケルトンで、広大な宇宙を手に取るように観ることができた。
他にも、火星や水星、イオへの移住は「宇宙船」を使うらしい。
これらは全て、僕らの仕事である。

移住計画に携わってから初めてみたが、宇宙船はめちゃくちゃ大きかった。
「こんなに大きいんですね…」
あまりの大きさに呆然としていると、
「10年後くらいにはこの規模感に慣れてるから安心しろ」
と、先輩にフォローされてしまった。
他にも、「視察」という名目で金星の近くに行ったりもした。
灼熱地獄だった。
正直、恐怖を感じた。
「こんなに表面って荒れてるんですね…」
あまりの状況に呆然としていると、
「10年後くらいには何とも思えなくなるから安心しろ」
と、またまた先輩にフォローされてしまった。

そんな当たり前ではない日々をずっと繰り返すうちに、就職して4年が経っていた。
ある日、先輩からある話を持ち出された。
「実は、お前に直接的に移住サービスを見てほしいと思っている。
というのも、地球には一般人で1人だけ地球に留まっている人がいるらしい。
本人に移住の意思はないらしいが、そろそろ移住してくれないとこっちが困る。
それで月に強制送還することになったんだよ。
これはお前にとって貴重なチャンスだ。
ぜひ、参加してくれないか?」
僕はとてもワクワクした。
直接的に体験できるチャンスだ。
そしてこれは、各種メディアに載るかもしれないらしい。

実行日当日。
事前資料で大体のことは把握している。
当日の流れや、トラブルの対処についてなど。
ただ、一つ引っかかったのは、移住者についてだ。
相生星吾。51歳。男性。
顔立ちが僕に似ているような気がする。
それに、この名前どっかで聞いたことある。
なんとなく、「これお父さんじゃね?」と思った。
ただ、名前はうろ覚えで年も覚えていない。本当に僕のお父さんだと言い切ることはできなかった。 

「おい、行くぞ。」
はっとした。前には先輩がいる。
ああそうだ。
今日は、僕という人生において最大の日。
気を抜いてどうする。
「行きましょう、先輩。」
僕は歩き出した。

僕は移住者の隣の席に座るよう指示された。
離れた席には先輩がいる。
大丈夫なはずだ。

移住者はスマホを見ていた。
だけど、触っている様子は無い。
ちらっと見ると、写真が写っていた。
家族写真。
両端には両親、そして真ん中には…
「君、ちょっといいかい?」
急に話しかけられてびっくりした。
スマホを覗きすぎて、不快に思われただろうか。
「は、はい?」
「君、新卒かい?」
「いえ、4年目です。」
「そうかい・・・」
あ、ただの他愛もない話か。
少しほっとした。
「君に、お願いがあるんだ。」
またまた急に話しかけられた。
「なんですか?」
「私の命は君より短い。どちらかといえば死 に近づいていると思う。」
「ほ、ほう…」
一体この話にどのようなオチをつけるのだろう。

「だから、もし私が死んだとき、私の骨を地 球に散布してくれないか?」
え?
びっくりした。
こんなことを頼む人なんて、今までいただろうか。
「地球に、ですか?」
「ああ、地球に。生まれ故郷だからね。」

「君、名前は?」
「えっと、五十嵐アキです」
「アキくん、ねぇ。」
移住者は、まるで僕の名前を味わうかのように頷いた。

「あの、遺骨の散布についてなのですが、」
何だか、勝手に口が動いたようだった。
「なんだい?」
「場所の指定はございますか?」
「場所か、そうか。それなら、瀬戸内がいい な。」
瀬戸内。
家族旅行で瀬戸内に行ったことがある。
何となく、気づいたことがある。

「わかりました。瀬戸内ですね。」
僕は、微笑んだ。
ああ、お父さんだ。
この雰囲気、喋り方、お父さんそっくり。
何も変わってない。
6歳の僕に、今なら伝えられる。
タイムマシンなんて、必要なかったよ。
君はいつか、お父さんに会える日が来るんだよ。
僕は呼吸を1つ置いて、お父さんに言った。
「では、遺骨の散布は私が責任を持って行わ せていただきます。」

7/22/2024, 8:01:03 AM

【新しい日】

ギターが欲しいと思った。
なぜだか分からないけど、歌いたいと思った。

夕食の時、お母さんに
「私、ギター買いたいんだよね」
と言ってみた。
すると、お母さんは
「それなら、お父さんのアコースティックギターがあるよ。お父さんが遺したやつ」
と言って倉庫からギターを取ってきてくれた。

オトウサンのギターは、埃を被っていた。
弦も錆びていた。
普通の人なら敬遠しそうなほど汚れていた。
「本当にこれ使うの?ちゃんとしたやつ買ってあげようか?」
と、お母さんに提案されたけど、
「私、これ使いたい」
と勝手に口が動いていた。

ギターは手に入ったけど、弦が錆びていてとても使えそうにはなかった。
そこで、とりあえず楽器屋に行ってみようと思い立った。

自転車で20分ほどの場所に、古びた楽器屋があるのは知っていた。
私はギターケースを背負い、楽器屋を目指した。
私は港町に住んでいる。
海沿いの道を漕いでいると、潮風が心地よく頬に当たってきた。
順調に自転車を走らせていると、やがて楽器屋が見えてきた。
しかし、いつ見ても古びているなぁ。
改装すればいいのに。

店内に入ると、年老いた店員が一人いた。
「いらっしゃいませ」
私は店内を見回した。
オトウサンのギターとは似つかない、綺麗な
ギターがたくさんあった。
奥にはベースやドラム、ピアノも見えた。
「あの、ギターの弦を張り替えたいんですけど…」
と、話を持ちかけると、どうやら1000円で弦交換をしてくれるようだった。
1時間ほどで交換できるらしい。

1時間後。
そろそろ弦交換が終わっただろうか。
再び店内に入ると、やたらと光り輝いたギターを見つけた。 
オトウサンのギターだ。
「わぁ…」
思わず声が漏れた。
埃なんて一切ない、綺麗なギターになっていた。

ギターを受け取り、代金を払い、私は外に出た。
斜めに傾いた陽射しが少しだけ眩しい。

自転車を押して歩く。
その間、オトウサンのことを考えていた。
オトウサンは、私が物心つく前に死んだ。
だから、私はオトウサンのことを知らない。
でも、年数が経っている割にギターは綺麗だった。
壊れているところもなかった。
きっと、ギターはオトウサンにとって大切なものだったのだろう。
そう考えると、オトウサンのことをやっと知ることができたように思えて嬉しくなった。

潮風が、また私の頬を撫でた。

7/20/2024, 9:54:16 PM

【人の名前】

改札を抜けると、先生が居た。
先生はにこやかに微笑んで手招きをした。
「先生、お久しぶりです。」
私は菓子折りを鞄から出し、先生に差し出した。
「北海道のお土産です。現地では有名なお菓子だそうです。ぜひ食べてください」
「ありがとう。いやぁ、北海道に行ってきたのかい。あそこは良いところだろう。おいしく頂くよ」

私達は暫く無言で歩いたが、とうとう私の方から話を切り出した。
「先生、もう行ってしまうのですか」
「ああ、そうだよ。ずいぶん長い間、この土地にはお世話になったからね」
先生は寂しそうに言った。
「寂しいです、先生と離れるのは。」
しかし、私には他の人とは違う寂しさがあった。

私は孤児だった。
赤子として生まれてすぐに捨てられたらしい。
もちろん、名前などつけてもらう間も無かった。
さらに両親は、私を孤児院の前ではなく人気のない路地裏に捨てたのだ。
きっと私の両親の性格は腐ったバナナそのものだったのだろう。
そういうわけで、生まれて早々命の危機に瀕した私を救ってくれたのが、今隣を一緒に歩いている先生なのだ。
たまたま路地裏を通った先生は、捨てられた私を拾って直ぐに孤児院へ届けてくれたのだ。
そして、孤児院の院長をしていた先生が私達の面倒をみてくれることになったのだ。
さらに、私のような孤児に名前もつけてくれた。
私の名前は鞠子。
そう先生が名付けてくれた。
私はこの瞬間、はじめて(本当の意味で)人になれたのだろう。

「なぜ、行ってしまうのですか」
「もう、私は十分だと思った。すべき事は全てやった」
「そうですか」
「…」
「…」
「…」

再びの沈黙の後、今度は先生から話を切り出してきた。
「鞠子、君は今社労士の弟子なんだね。」
「はい、難しい仕事で大変ですけど」
「君は立派だよ、いつか必ず夢を叶えられるよ」
「そうですかね」
「ああ、そうだよ。私は思うんだよ、夢を叶える人と叶えられない人の違いについて」
「なんですか?」
「夢を叶える人の目は本気なんだ。キリッとしている。戦士といえばいいのだろうか、そんな目だ。対して、夢を叶えられない人とはどんな人だと思う?」
「……目がキリッとしていない人、ですか」
「あながち間違っていない。だけど、私は別のところに理由があると思うんだよ」
「と、いうと…?」
「端的に言うと、堕落した人だ。」
先生は、たまにはっとしたことを言う。
「もっと簡単に言おう、諦め癖のある人間だ。すぐ諦めるんだ。テストが難しいときいて、始まってもいないのにすぐ諦める人。私は、そんな人は夢を叶えられないと思っている。いや、夢を叶えない人間と言うべきだろうか」
先生は、本質を見抜いてくる。
「君は違う。目に炎が宿っている。信念がある。こういう人は、挫折はするだろうが諦めはしない。」

やがて、踏切が見えてきた。
そろそろ別れだ。
「先生、そろそろ…」
「ああ、分かってる。これが最後だね。」
先生はこちらを振り向いて言った。
「すまないね。せっかくお土産をくれたというのに、何も渡すものが無いんだ」
「いえ、お気になさらないでください。私はもう、十分嬉しいですから」

私は立ち止まった。先生は踏切を渡った。
「鞠子、辛いこともあるだろう。挫折は付き物だ。ただ、君は強い。立ち直ることができる。それなら、私はもう何も心配することは無いよ。」
踏切の警報音が鳴り始めた。
ああ、もう会えないのか。
私は、何か言いたいと思った。
言わなければ、と思った。
「先生、お元気で。」
遮断機が降りはじめて、電車がガタンゴトンと迫ってきた。
「鞠子、楽しかったよ」
電車がやってきた。
「それじゃあ、グッド・バイ!」

電車が物凄いスピードで通った。
もう先生は居なかった。


次の日の朝、先生の訃報が届いた。
悲しくはなかった。
ただ、先生のいない世界が妙に色褪せて見えるようになった。

7/18/2024, 2:31:01 PM

【オンリーアース】

この惑星、すなわち地球には私しかいない。
皆は別の惑星へと移住してしまった。

ある者は火星へ
ある者は月へ

科学技術が進歩した2542年現在、人々は地球以外の惑星でも十分生きられる環境を整え、実際に移っているのだ。
いずれは金星への移住も進むかもしれない。

金星は地球とよく似た大きさ・重さだが、その環境は大きくかけ離れている。
灼熱地獄
全てを溶かす硫酸の雨
これら問題は、科学技術を駆使すれば解決することができるかもしれないと言われている。

どちらにせよ、皆移住するのだ。
というか、もうしている。

しかし、ここに「死ぬまで地球に居座るマン」がいる。
そう、私だ!
私は地球が好きだ。だから住み続ける。
地球から他の惑星を眺めるのが好きなのだ。
眺めるだけでいい。
別に行きたいと思わない。
地球は唯一無二だ。
豊かな気候、水、言葉に表せないほどの美しさ。
私はこれが好きなのだ。
他の惑星はどうでもいい。
私はここに居続ける。
何があっても。


2551年。
遂に政府から勧告を受けた。
他の惑星へ移住しろ、と。
理由を聞いた。
政府のお偉いさん曰く
「地球温暖化の進行、それに伴う海面上昇により、いずれ地球は生活に適さなくなる」
と、いうことらしい。
何だよそれ。
知るか。
私はここで生きて死ぬ。
そう決めた。

政府のお偉いさんは私にいくつかのプランを提示してくれた。
・月…日本人が多い
・火星…1番住民が多い
・水星…住み心地があまり良くない
・イオ…移住者が少ない。要検討
正直どれもピンとこなかった。
だって地球が良いから。


そういうわけで、私は政府と面談し続けたのだが、とうとう月に強制送還されることとなった。
あと1週間後だ。
私は月に移住せざるをえなくなってしまったので、仕方なく荷造りをしている。
死ぬまで地球に居座るマンも、政府には抗えなかった。
負けた。

1週間後。
月へ移住する日だ。
政府の奴らはあと2時間ほどで迎えに来る。
何か地球でやり残したことはないだろうか。
確かに地球を去るのは名残惜しい。
しかし、こうして後悔を頭の中で巡らせると、上手く考えられなくなってしまうのだ。
やり残したこと。
ないかもしれない。
考えても浮かばない。
しかし、あるとすれば…


政府の奴らが迎えに来た。
私は抵抗することなく、奴らの指示に従った。
私は月を選んだ。
いや、私自身は選んでいないが、奴らがいうには「比較的生活しやすい」らしい。
なので、おまかせした。


月へのエレベーターに乗り込み、地球を離れる。
所要時間は30分。
月へのエレベーターには初めて乗ったが、思ったより中は広かった。
普通のエレベーターとは違い、シートに座って移動するらしい。
例えるなら車とか飛行機だ。

私は適当なシートに座り、スマホを手に取った。
隣に座った政府の奴は、かなり若かった。
恐らくキャリア経験は浅い。
私みたいなおじさんと比べれば、若者は全然輝いている。
私がナメクジだとすれば、この若者は塩だ。
その塩は、私にとって少しだけ馴染みのある匂いがした。

「君、ちょっといいかい?」
私はスマホの操作を止め、隣の若者に話しかけてみた。
「は、はい?」
「君、新卒かい?」
「いえ、4年目です。」
「そうかい…」
「……」
少しの間沈黙を挟んだあと、私はこう切り出した。
「君に、お願いがあるんだ。」
「なんですか?」
「私の命は君より短い。どちらかといえば死に近づいていると思う。」
「……」
「だから、もし私が死んだとき、私の骨を地球に散布してくれないか?」
「地球に、ですか?」
「ああ、地球に。生まれ故郷だからね。」
これだ。これが私の唯一の後悔だ。

「君、名前は?」
「えっと、五十嵐アキです」
「アキくん、ねぇ。」
なんとなく、生き別れた息子に似ていると思った。
というか、この若者は多分私の息子で間違いない。
約20年前に生き別れた息子かもしれない。
恐らく、就職していれば4年目。
そして隣の若者も4年目だと言っていた。

「あの、遺骨の散布についてなのですが、」
「なんだい?」
「場所の指定はございますか?」
「場所か、そうか。それなら、瀬戸内がいいな。」
瀬戸内。最後の家族旅行だった。
「わかりました。瀬戸内ですね。」
果たして息子は、ワガママな父の願いを聞き入れてくれるのだろうか。
そもそも生き別れた理由だって、妻との対立だ。
移住したい妻としたくない私、話し合いが上手くいかないまま離婚した。

本当に、叶えてくれるのだろうか。

「では、遺骨の散布は私が責任を持って行わせていただきます。」
若者はそう言って微笑むと、上司のところへ行ってしまった。
あの口ぶりなら、本当にやってくれるに違いない。
まあ、遺骨の散布をやってくれなくても別にいいけど。
自業自得だし、散布してくれなかった事実を私が知ることはないのだから。

それでも、息子があんなふうに言ってくれることが嬉しかったのだ。

今、私は月を目指す。
私だけが、地球に想いを馳せている。





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