曇り
私の彼氏は、統合失調症を患っていて、多重人格のようになってしまった。日によって、彼の状態が違うのだ。
まずは、何も言わず、落ち込んでいる時。(雨)
この時は、ベッドの上でずっとうずくまっているのだ。こちらの呼び掛けにはあまり対応せず、酷ければ何も喉を通らない。
幻覚や幻聴に悩まされ、暴れる時。(雷雨)
この時、場合によっては身体を拘束しなければならない。何より彼は一度自殺未遂を起こしているのだ。点滴を全て自身で抜き、深夜帯に屋上に向かった。幸い、夜勤の看護師に捕まったため、事なきを得た。
時々、何も無い無関心な彼になる。(曇り)
呼び掛けには、「うん」とか、表情だけ。
何を思っているのか分からない、感情を表に出さない彼。ただ、「死にたい」などと言った、彼の口から鬱発言が見られる。
しかし、年に数える程しかないが、軽くでも笑みを浮かべてくれる日(晴れ)がある。
今日はどんな彼だろう。
彼の病室に赴くと、彼は、私のことを優しく迎える訳もなく、私の顔を一目見ると、そのまま視線を離した。今日は曇りの彼だ。
曇りの彼とは言いつつも、彼は時々笑みを浮かべている。
今日は、
色々な彼が混ざり、曇った色になっている。
まさに、
綺麗に混ざりきっていない絵の具のようだった。
bye bye...
私は、かつて有名な見世物小屋の一人だった。
昔から、私の身体は所々にシミが出来ていて、子供の時に、親に捨てられた。
さまよってようやく、スターと呼ばれる人に出会ったのだ。彼は素敵な顔で、素敵な舞を見せた。
まさに、映画のような何かで。
努力の甲斐があってか、やがて見世物小屋のオーナーが、シミの出来た女の子と言い、私を招待した。
しかし、その場で私は虐げられ、蔑まれた。
それでも、死ぬ気で人々の目に焼き付ける、自身の姿を演じ続け、やがて身体を壊してしまった。
気が付けば、そこは夜の世界。
見世物小屋の一人としての炎は消え、傷まみれ。
ようやく認めてもらえた自分の姿。
珍しいね、と言ってもらえた私の存在。
震える手で、誰かの手を掴むために、また更にさまようことになる。
ようやく手を掴んでも、時代の流れは無情で。
皆、彼女の姿を受け入れない人間に変わっていた
彼女は何を言っても変わらない現実に絶望し、いつしか、見世物小屋丸ごと燃やし尽くした。
「さよなら。私の、生きた場所」
そして、燃やした犯人とされる彼女は、
どこかで消え失せた。残されていたのは、
「ばいばい」
と書かれた彼女の日記一冊だけ。
君と見た景色
鮮明に覚えている。彼と見た流れ星の群れ。
まるで小説や漫画でしか見ないような素敵な。
この星は、十年に一度だと噂されており、毎回、ニュースになるほど有名なのだ。
そんな星を、彼と見に行った。川沿いの、綺麗な平地で。二人で乗るように、可愛らしい柄のレジャーシートを敷いた。流れ星が終盤に入ってきた頃に、彼は、優しく二度と叶わない夢を囁いた。
彼が微笑んで、彼と私の子供と見に行きたいと。
しかし、その幸せはもう既に崩れている。
神様が、私達を嫌いになったのか、彼の人生の小説を打ち切りにしてしまったのだ。
突然の心臓発作だ。
つまり、彼はもうこの世にいない。
そして子供が産まれた時、この星を見に来て、いつか伝えてあげようと思う。
この星は、お父さんと見たんだよ。と。
そして彼に言いたいことがたくさんある。
神様の情けなのか、彼が死ぬと分かっていたのか。最期に残してくれた、大切な私のお腹の中にいる子供は、もう妊娠八ヶ月を迎える。
その子と、最後のページを埋めてあげる。
幸せをくれた彼へのお礼には、すこし少なすぎる気がするけれど。
やりたいことは、全て叶えてくれましたと。
そして、
「君と見た景色」を見に行くね。と。
手を繋いで
目を覚ますと。見覚えのない場所にいた。
真っ白で、透明な世界。心すらも透き通すほど。
私は、死んだんだ。つい、先程。
彼が優しく手を握ってくれていた。
未だに、その感覚が残っている。手を動かしてみても、ぶらぶらと足を運んでも。その感覚は付いてくる。
………?
その時、ふと違和感が湧いた。
私の手を握ってくれていたのは、彼、じゃない。弟だ。私の彼氏は、先に病死した。死んだ私の年齢は、80を超えていた。
手を見つめながら、握ったり振ったりするのをようやく辞め、私は透明なその場所を見つめた。その瞬間、私の視線は一点に集中した。
先程までいなかった彼の姿に。
彼は、私の手に彼の手を重ねた。
そして優しく握ると、私の手を引っ張りながら、そのまま透明な世界の中に走って行く。
そうして、
二人は、手を繋ぎながら透明な世界から消えた。
まるで、透明な、糸に縛られているかのように。
彼の手は私から離れない。
二人の小説はまた、始まる。
どこ?
あなたは、どこ??
大雨の中、探し回った。
手術から逃げ出した彼を。
成功率10%だと言われ、死ぬかもしれないという絶望に襲われたのだろう。しかし、手術をしなければ、どの道、彼は命を失う。
それが今なのか、この先なのか。
酸素マスクを着けられた途端、医師を押し倒し、そのまま走り去った彼を、私は追いかけた。
しかし、あまりに大雨だったため、私は彼の後ろで転んだ。彼に背中を向けさせたままにした。
私は、それでも彼を見つけ出す。
どこにいようと、絶対。
彼の小説を、終わらせないために。