届かないのに。
手を伸ばしても、伸ばしても。
もう彼には届かない。
彼は病気で死んだ。生前、毎日苦しそうに息をする彼の姿に、言う言葉など見つからなかった。
毎日乗る電車。明日へと繋ぐ電車に、ついに彼は乗れなかったのだ。彼を置き去りにして発車した電車は白い世界に入り込み、翌朝に連れていく。
翌朝、病院で彼の訃報を聞いた私は片手に、彼が綺麗な字で書いてくれた手紙と、彼と二人で撮影した写真を握りしめ、部屋で泣いた。
電車など乗らなくていい。彼の傍にいられるのならば、終電の電車に乗りたくなどない。
毎日何本も発車される電車。就寝時間に人は翌朝に連れて行ってもらうための電車に乗るそう。
私は毎日終電だった。0時を回る終電を逃せば、翌日には連れて行ってもらえない。電車に乗れず眠りに落ちたものは魂を抜かれ、電車に乗れず、歩いて翌朝に向かう線路を辿る者もいる。いわゆる徹夜だ。
私は駅員に手を掴まれ、電車に強引に押され、乗せられた。
「私に彼がいるの!彼がいないなら乗らない!」
叫んでも、叫んでも。電車は私を閉じ込め発車する。
持ち出せない私の思い出も置き去りにして、電車は発車する。もう届かないのに。
忘れたくなかった。
届かなくても伝えたかったこと。
………愛してるよ。って。
『…電車、発車致します。』
『ここは、貴方様にしか見られない特別列車』
『終点は、"翌朝”でございます。』
ひとひら
私の幸せは、薄いガラスの上に乗っているものだと気が付いたある日。
ある日、父親が事故で死んだ。
ある日、母親は病んで精神科に入れられた。
私は、まだ五歳。
祖父母は、私を見なかった。
「あなたに構ってなどいられない」
やがてお母さんは、私を忘れた。
記憶障害だと医者は祖父母と、私に説明をした。これは残酷な世界に落とされた気分だろう。
「お母さん、私!私だよ、、??」
毎日母親に話しかけた。思い出す日を待っていた
その努力は報われず、私が母親を理由に縛っていた、ひとひらのガラスは割れ、砕け散った。
「自殺する、勇気なんてなかったと思ってた」
終わりでいい。これで私も。
ひとひらの、人生は。
またね!
またね!その言葉は何度聞いたんだろう。
毎年一度、亡くなった人に会えるという都市伝説。私は、彼に会いたくて試してみた。
そうしたら、最期まで動けなかった彼が、元気な姿で私の前に現れたのだ。
溢れ出る涙を堪えられず、透けてしまう彼を抱いている気分で泣き叫んだ。そして一時間もない幸せな時間は、またね!で締められる。
なんて寂しい話なんだろう。
春風とともに
今日は娘の入学式。
春風とともに、桜の下で写真を撮る。
綺麗な娘の姿に、
父親である自分は涙を流す他ない。
本当なら、涙を流すのは二回目のはずだった。
妻との間に授かった、長女は先に死んだのだ。
次女は、長女が亡くなった後に産まれているため、何も知らない。
それでもやがて知ることになる。
春風とともに、
お空に飛んで行ったお姉ちゃんのことを。
涙
「妊娠、したの」
ラブホテルで一緒していた女に突然言われた。
女とは、身体の関係を持ち、許可をもらってはゴムを付けずに性行為をしたものだ。
危険日じゃないから。その口実は何度も聞いた。
何度も、ゴムを着けようと告げた。
決して、彼女に迷惑はかけられない。
彼女を置いて、逃げたりはしたくなかった。
しかし、彼女は自分の心配を他所に、生が好きだと耳元で囁いた。
お互い学生だと言うのに。
自分は、彼女を強く睨んでこう告げた。
「妊娠させてすまない」
「責任取る。子供を堕ろせ」
彼女から流れる涙は、まるで産みたいと告げているよう。彼女が見つめた光は、綺麗な真っ二つに割れた。
それでもその光は、僕と彼女を縛る
「子育てなんて無理だろう!!」
彼女の妊娠は、螺旋階段が繋がっただけだ。
彼女の涙は、棒の中に入っている、真ん中に線の入った丸の中に沈んだ。
しかし、
彼女の産みたいという気持ちとは、裏腹に。
後日。彼女が涙を流して、親に赤ちゃんを堕ろされたと教えてくれた。
あぁ。堕ろせと言うなんて。
僕はなんて最低なんだろう。
彼女が流した涙は、罪悪感。
自分が流した涙は、自分への嫌悪だった。