どこかの誰かの手記

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8/9/2023, 2:21:15 PM

上手くいかなくたっていい

父も母も音楽の天才と言われる存在だった。そんな二人から生まれたのに俺には演奏家としての才能がなかった。可もなく不可もなく。いわゆる凡人だ。そして、両親の血を受け継いだ弟はいつも二人に愛されていた。俺に対しては父も母も口では言わないが、態度は歴然だった。

それでも俺は音楽が好きだった。出来ないなりに努力した。勉強もした。うまい人達の演奏会を聞きに行ったり自分の音と比較して参考にしたりしてきた。それでも、天才には勝てなかった。俺が100回目でやっと成功した演奏も、弟は一回聞いただけでひけるようになっていた。俺がやっと名前を覚えてもらった演奏家も弟を絶賛して、みんな弟を見た。

大好きなのに大嫌いだ。全部奪われる。弟のことだって大好きなのに。これ以上嫌いになりたくないのに。ひいてもひいても音色は暗く、海の底に沈んでいくような感じになっていった。

今日も、演奏をする。誰も聞いてくれない俺の演奏。俺だけの音楽会。俺にはもったいないくらいの設備の整った部屋で感情をぶつけてひく。ああ、ここが好きだ。ここは甘く、豊かに。音楽が恋するように。ひいて、ひいて、ひいて。

凡人の演奏。最後の一音が壁に吸い込まれていく。楽しかった。けど、虚しい。ああ、もう終わりにしようか。

部屋の扉を誰かが開ける。

「その曲、僕の大好きな曲だ」

スポットライトが当たったように明るい笑顔を向けてくる弟。違う、お前のためにひいたんじゃない。俺は、

「僕ね、兄さんの演奏が一番好きなんだ。どの演奏家よりも兄さんが好き。」

ふざけんなよ。皮肉か?お前に一生叶わない演奏を好きだなんて。どれだけ努力しても報われない俺の演奏のどこを、好きだっていうんだよ。

「兄さんの演奏はあったかいんだ。基礎がしっかりしてる中に兄さんの心がでてる。あったかくて優しい音。僕、兄さんみたいに演奏できるようになりたいんだ」

俺は気づいたら弟の胸ぐらを掴んでいた。弟の瞳に映る俺はまるで鬼のようだった。

「俺みたいな演奏?凡人の演奏をしたいって言いたいのかよ。なんの面白みもないただの楽譜通りのこの演奏をしたいって言うのかよ」

分かってる。弟は悪くない。なのに、俺は弟になんて酷いことを。どうしたら、俺は俺をとめられる?

「兄さんは凡人じゃない。兄さんは兄さんだよ。音楽が好きな兄さん。ずっと僕に音楽を聞かせてくれた兄さん。努力して、努力して努力して、それでも自分を甘やかさない兄さん。全部僕の大好きな兄さんだよ。そんな兄さんだから僕の憧れなんだ。兄さんをたくさん見てきたから尊敬してるんだよ。プロの演奏がなんだ。父さんと母さんがなんだ。上手くて損はない。でも、上手いだけで中身のない演奏なんて聞きたくもない。」

なんで、そんなに俺を強く見つめられる?俺は今、お前を憎んでいるのに。なんで、そんなことを言える?なんで、俺が欲しかった言葉を全部くれるんだよ。

「兄さんの音楽がもっと聞きたい。うまくひこうなんて思わなくていいんだよ。上手いかなくたっていい。楽しんでひいてる兄さんが僕は大好きだから。」

ああ、そうか。お前は俺と同じか。お前の演奏が好きな俺と俺の演奏が好きなお前。お互いの演奏が好きだなんてなんか、変な感じだ。

少しだけ、心のわだかまりが無くなった気がした。

なぁ、また、一緒に演奏しよう。俺とお前の好きな曲を。

8/8/2023, 1:57:08 PM

蝶よ花よ

私は綺麗。私はかわいい。
とある国のとある貴族の娘に生まれた私。誰がみても見目麗しく、家族も使用人もみんながちやほやしてくれた。毎日のように美味しい料理を食べて、毎日たくさん甘やかしてもらった。

お勉強は大変だけど、頑張ったらたくさん褒めてもらえる。週末は大好きなお菓子がおやつに出てくるから、それまで頑張るってやる気が出る。お母さまは私が天才だって言ってくれる。ふふ、嬉しいな。

でも、私は街に出たことがない。この国の貴族と庶民は仲が悪いって使用人が言ってた。使用人も庶民だけど私に優しいのに、どうして仲が悪いんだろう。いつか、庶民の人達みんなに会えたらいいな。

今日は隣の国にお父さまとお母さまと一緒に行くことになってる。外交が大事らしい。昨日歴史のお勉強をして、今は各国で調停を結んでいるから大きな戦いは起こっていない。それでも、争いはいつの時代でも終わらないんだね。

今日は乗馬の稽古がある予定だったんだけど雨が降ったから中止になった。このくらいの雨ならお父さまたちはいつも乗っているのに。心配してくれているのは嬉しいけど過保護だな。
でも、なんだか今日は、街のほうから音がする。お祭りでもしているのかな。

最近、使用人たちが避けている気がする。私、というより私たち家族のこと、なのかな。みんな悲しそうな顔をしてる。私ができることはないのかな。

夜、目が覚めた。なんだか、あつい。それに、明るい。夜なのに明るいなんてはじめて。明るいのに静か。おかしい。どうして。何があったの。

おかあさまの、ひめいがきこえた。

けんをふりおろすおと。

けんのまじわるおとがきこえる。

おとうさま?

あかいなにかがおとうさまから

しらないひとたちがいえにいる

でも、なんにんかはしっているかお

しようにん

ああ、そうか。


「あなたたちが招いたのね。」

蝶よ花よと育てられた私は知らなかった。美味しい料理を食べられたのは庶民に重税を課していたから。

蝶よ花よと育てられた私は知らなかった。街に出られなかったのは庶民が私たち貴族を悪んでいたから。

蝶よ花よと育てられた私は知らなかった。終わらない争いのタネは私たち貴族だったこと。

蝶よ花よと育てられた私は知らなかった。あの日はお父さまが反乱を起こそうとした庶民と罪のない家族を殺していたこと。

何も、知らなかった。使用人が怯えていた事も、私が無力なことも。

何も知らないオジョウサマ。かわいいかわいい私。せめて、最期まで綺麗なままで。



あら、知っている顔が歪んでいる。
ふふ、そんな顔をしてもらえるなら、生まれてきて良かった、のかも。

なんてね___

8/7/2023, 1:45:11 PM

最初から決まってた

ボクは村人で君はヒロイン。生まれたときから神様に選ばれていた。君はいつか主人公が迎えに来て魔王を倒すためにたびに出るんだよ。それが神様の決めたことだから。

ボクとヒロインは幼なじみ。小さい頃から一緒にあそんで一緒に勉強をして、一緒に寝たりしてた。ボクたちは村で一番の仲良しだった。向かいのおじちゃんもぽつんと遠くに住んでいるおばあちゃんだってボクたちが仲がいいねって言ってくれた。ボクたちはこれからもずっと一緒だと思ってた。

ボクたちの村では10回目の誕生日に協会で役職を授かるんだ。正確に言えば、生まれる前から決まってる役職を正式に任命してもらうものかな。ボクたちの村は小さいから隣町で授かったんだけど、あの子はヒロインの役職を授かったみたい。一月もしたら大きな国に行ってヒロインとして教育を受けるんだって。ボクはただの村人だったよ。まあ、そうだよね。


その日から村は忙しくなった。あの子が立派に旅立てるように準備をして、たくさんお祝いをした。こんな小さな村からヒロインが生まれたんだもん。みんな自分のことのように喜んだ。みんなはね。

夜。全てを隠してくれる闇。ボクはあの子と一緒にいた。

「君のことをお祝いしているのに、行かなくていいの?」

「いい。私は何も嬉しくない」

俯いて、暗い声のまま君が言う。

「私は、ただの村人。なのに、どうしてカミサマは私をヒロインなんかにしたの。私が望まないことを勝手に押し付けて何をさせたいの。私は、こんなの、のぞんでないのにっ……」

しゃくりあげる音が聞こえる。なんて返事をするべきなんだろう。

「ボクは、ボクはね、嬉しいよ。でもね、同時に寂しくもある。君と会えなくなるのがすごく寂しい。君は僕にとってすごく特別だから。ずっと一緒にいたいって思ってる。」

暗闇に輝く君のきれいな顔を見つめる。

「でも、君はみんなにとっても特別なんだ。神様が決めた、最初から決まってたこと。神様は絶対なんだ。でもね、それには必ず終わりがあると思う。魔王を倒したら終わり。君はまた村人になることもできる。ボクも我慢する。君が背負うものよりずっと小さいものだけど、君が帰ってくるのをずっと待つよ。つらくなったらボクが遠くから応援する。だから、頑張って。終わったら、また、一緒にいよう。」

君の目から雫がこぼれる。君があまりにも勢いよく抱きしめるから驚いたな。


それから、あの子は国へと出発した。たくさんの人を助けるために努力しているらしい。
ここから遠く離れた町で主人公が現れたらしい。これからその子も国に行って魔王討伐に行くことになるのだと思う。討伐できたらヒロインからは解放されるって思ってるのかな。


ごめんね、君に伝えられないでいたことがある。主人公とヒロインは必ず結ばれるんだ。小さい頃の記憶は他の人よりも薄れていって、魔王を討伐するまでに全てぼんやりとする。その間に主人公と愛を育んで幸せに暮らすんだ。それが、この世界だから。それが、カミサマが決めたこと。最初から決まってた抗えない運命だよ。


ああ、カミサマ。あなたを心の底から信仰していないボクへの当てつけですか。どうしてこんな運命をボクに教えたのですか。ただの村人を、こんなに苦しめるのはなぜですか。ボクは村人で、あの子はヒロイン。


なら、せめて、あの子が最期まで幸せであるように願うことくらいは許してください。神様。










7/31/2023, 3:15:24 PM

だから、一人でいたい。

何度も同じ時間を過ごしている。何度も何度も同じ任務をこなし、何度も何度も同じ壁にあたり、何度も何度もそれを乗り越え、何度も、何度も仲間を失ってきた。

始まりはいつだったのだろう。死んだときか、願ったときか。でも、必ず戻れば自分は若返り、周りの人間の確かに過ごしていた昨日が全て抜け落ちていた。当初は私は嬉しかった。はじめに助けられなかった親友をここからやり直せば助けられる。私は鍛錬を続けた。これから起こりうる未来を整理し、そのために備えた。

親友は助かった。代わりに、姉が死んだ。

今度は姉のために動いた。鍛錬を幾度も行い、身を粉にして働き、姉があんな無惨な死に方をしないようにと必死だった。起こりうる未来を待った。

姉も親友も助かった。代わりに、村が燃えた。

ああ、そうだ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返したって叶わなかった。解決の糸口を見つけられなかった。あいつらは容赦なく人を殺す。残酷で卑怯で憎い盗賊共のせいでいつもいつも奪われる。

今は、何度目だ。もう、覚えていない。目を覚ますと、そこには親友と姉が顔を覗き込んでいた。また、戻ってきた。ああ、また救えなかったのだ。いや、救ったところでこの円環とも言えるような時間の戻りに終わりはあるのだろうか。自然と涙が流れてくる。彼らにとっては突然泣き出した私が病んでいるように見えたのだろう。親身になって世話を焼いてくれた。話を聞いてくれた。

私は全てを話した。信用されなくても、この思いを誰かに話したかった。心を軽くしたかった。たとえお前は病でおかしくなったと蔑まれても、ただ、聞いてくれさえしてくれればよかった。

二人は笑わず、からかわず、真剣に聞いてくれた。嗚咽を漏らす私の背を撫で、何度も声を掛けてくれた。ああ、やはり、失いたくない。二人と共にもっと生きたい。

また、盗賊共がやってくる。だが今回は、私だけではない。私の話を聞いたあと、二人が村の人々に協力してくれるように頼んでくれたのだ。家を一つ一つ周り、拒否されても翌日に、また拒まれては次の日の出に。私は存外、恵まれていたことに気づけないでいたらしい。さあ、どこからでもかかってこい。




なぜ、どうして、どうしてこうなる。どうして負ける。どうしてころされる。どうして罪のない私達が死ななければならない。なにを、間違えた。戦略か。編成か。配置か。


私が、彼らに相談したことか。

そうなのかもしれない。何度やってもだめなのに、それを彼らに背負わせるべきではなかったのだ。少し考えれば分かることだ。なぜ、気づかなかった。なぜ無駄死にされた。なぜ、どうして、どうして私はこんな目にあわなきゃいけないんだ。だれか、たすけ…


また、もどった。二人が顔をのぞいている。ああ、また泣いてしまいそうだ。守りたい。たとえこの命に変えることになっても。

守るため。二人のため。この円環の先にある未来のため。

私一人のわがままだから一人でいたい。いなくてはいけない。強くならなくては。そしたらきっと私も救われるはずだから。

7/30/2023, 2:02:32 PM

澄んだ瞳

あの、すべてを見透かしているような、濁りのない澄んだ瞳が嫌いだ。まるでぼくのすべてをみているとでも言いたげな美しい瞳。目が合うたびにその瞳が恐ろしく、同時に惹かれていった。

でも、ぼくときみじゃ住む世界が違う。いつその宝石のような瞳が見られなくなるかも分からない。ぼくは教室の隅でぺらぺらと興味もない本をめくるような人間。きみは、自然と人が集まるような選ばれた人間。あはは、ぼくは何を期待していたんだろう。君の瞳が綺麗だ、なんて伝えられるわけないのに。

放課後、いつものように雑用を押し付けてきた一軍様はカラオケに行くらしい。ぼくは教室をきれいにする。まあ、特にやることもないし別にいいんだけどね。さて、といつものように掃除用具を取りに行こうとした。そこには、きみがいた。普段うつむいているせいか気づくのが少し遅れた。あ、いつもより君の瞳が近くにある。夕日が反射してすべてをひきつけてしまうような吸い込まれるような澄んだ瞳。

分かってる。話しかけちゃいけない。いや、話しかける勇気なんてない。ぼくは、ただの、臆病もののモブですから。

「掃除、頑張ってるんだね」

きみが話しかけてきた。おそらく、ぼくに。

「きれい好きなんだね。毎日掃除してくれてるから、お礼を言いたくて」

好きで掃除やってるわけじゃない。ただ、暇だったから。なんて言ったら失望されそうで俯くことしかできなかった。

「あのさ、私も手伝っていい?」

反射的に顔を上げてしまった。きみと目が合う。ああ、やっぱり

「やっぱりあなたの目ってきれいだね」

きみが言う。ぼくがきみにいいたかったこと。きみがぼくに。あれ、逆じゃないか

「…きみの瞳のほうがきれいだと、ぼくは思う。」

あ、しまった。さらっと口からこぼれてしまった。また、顔をきみから背ける。なんて返されるだろう。気持ち悪いと言われるだろうか。嫌だな。なんであんなことを。一人でどんどんと陰気な気分になっていた。

それでも長いこと返事が返ってこないからおそるおそる顔をあげてみた。顔を赤らめて可愛らしいりんごのように頬を染めているきみがいた。



なにそれ。その顔は。そんな、そんな反応はまるで

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