昔、同級生の彼からもらった手紙があった。
中身は随分とあっさりとしたもので、真っ白な紙には「ありさ」と書いてあった。
ありさ、私の名前。
彼が何を意図して書いたのか、未だに理解出来なくて、私はずっとその手紙について考えていた。
学校へ行っても、デパートに行っても、ご飯を食べている時、入浴中、寝る時でさえ、その「ありさ」の意味を考えていた。
とうとうその意味を探るのを諦めたのは、手紙を目にした一週間後。
私はそれから手紙に見向きもしなかった。
彼の存在ですら、日に日に忘れていく。
ついに一年、五年、そして十年。
私は大人になった。
同窓会に出席するような時期になって、私はそれで漸く、あの手紙を思い出した。
同級生の彼、転校してしまってから連絡手段が何も無くて、時々話していたような仲だったけど、手紙のこと覚えているだろうか。
同窓会に行くと、彼はいなかった。
彼のことに聞くと、誰も知らないと呟く。
転校してしまったから、誰も住所を知らなかったのだろうか。
にしても、彼にあの「ありさ」の意味を聞けなくて、残念がっていた時。
私は手紙を取りだした。
「ありさ」
それにしても、世界でひとつの、下手な字だな。
絵が好きだった。
クラスの友だちは、よく僕の絵を見に来る。
手に取って、力みすぎて破ってしまう。
「悪ぃ〜」
「大丈夫」
そんな言葉を繰り返すうちに、また破られる。
「わざとじゃねぇから、な?許してよ」
「大丈夫」
ずっと繰り返してた。
嫌ではなかったし、話しかけてくれるだけで嬉しかった。まあ、困ってはいたけど。仕方ないよね。
ある日、友だちとの思い出を絵に描く授業があった。
僕は沢山話しかけてきてくれた時の絵を描いた。
だけど消しゴムで線を消す時、誤って絵を破ってしまった。
それが上手く絵とマッチしてくれたおかげか、絵を破ってしまった時の思い出を描いた。
「わざとじゃないんだ。ね?許してよ」
ある日、友だちに呼び出された。
あの絵を描いたことを、酷く怒っていた。
「今すぐ違うのに取り替えろよ」
「ごめん、それは」
「大丈夫、だよな」
「そうだね、大丈夫」
また破られてしまっては、困っちゃうからな。
【友だちの思い出】
星空の綺麗な夜だった。
幼馴染の静香は、星空が好きだった。
特別星に詳しいわけでもなく、なにかの思い出が星を結びつけているわけでもない。
ただ、星が夜空に散らばり、一つ一つが個性を持って光り輝く光景に、心を奪われたそう。
逆に俺はと言うと、星空も、星も、空についても、何一つとしてピンと来るわけでもなく、ただそれが綺麗で美しい、という感想でピタリと終わってしまう。
それ以外もそうだった。
静香は星空の他にも、好きなものがある。
俺はというと、特に何も無い。
何も無いから、どうという訳でもないのだが。
個性が無い、無個性の人間だった。
スポーツも、勉強も、本も、映画も、アニメも、漫画も、絵も、音楽も、食べ物も、すごいの一言で片付けてしまう。
俺は、無個性だ。
「どうしたの蓮」
「いや、んだよ。なんでもねぇし」
「そう?……星、綺麗だねぇ」
「おう。だな」
星空。
田舎だから、よく見る光景。
「じっくり見るだけで、浄化される?っていうか、なんか……楽しいんだよね」
星空。
静香が大好きな空。
「静香」
星空。
静香らしい、一つ一つの彼女の好きが、楽しいが、散りばめられて光った星空。
「俺さ」
星空。
昔、静香が星空を見てこう言った。
『綺麗で、美しいで、それだけで、満たされちゃうんだよね。好きって、単純だよね』
俺も、そう思えた。
「好きなもん、みっけた」
「え、なになに!?」
静香。
「お前」
【俺の星空】
神様だけが知っている。
僕が何度嘘を吐いて、何度人を騙し、何度悪事を働いてきたか。
神様だけが知っている。
この世の偽りも、真実も。
神様だけが知っている。
壊れた事実は変わらず、海に浮かぶ
神様だけが知っている。
僕が何を思って何を話し、そして幾度となく過ちを繰り返したか。
神様だけが知っている。
この世の全てを理解し、知っている。
神様だけが知っている。
あの世に結局救いはなかった。
僕だけが知っている。
誰も知らない秘密。
僕だけが知っている。
その日から、神様なんていなかった。
皆知らないふりをする。
あの日僕は、殺された。
「優しくしないで」
その言葉が彼女の口から出たのを僕はしばらく受け止めなかった。
優しくするな、だなんて。僕は彼女に好かれたいが為にしてきたのに。
もちろん、彼女の気に触るようなことがあれば、その日の晩には直したし、彼女が辛そうにしていればいつも僕が誰よりも先に手を差し伸べた。
それに彼女は嬉しそうにありがとうの言葉を返してくれたんだ。それが毎日嬉しくてたまらなかった。
毎日メッセージアプリで、今日あったことを何時間も話すんだ。毎日欠かさず電話だってするし、彼女の悩みはなんでも聞いてあげた。解決してあげた。
それなのに
「なんで、だって僕たち」
隣の席の彼女が、口に手を添えて窓の景色を眺める姿が好きだった。絵に描いたようなその光景を毎日違った天気の中、僕が軽くスケッチをするんだ。
そのスケッチに彼女が面白可笑しそうに協力し始めてから、彼女と僕は良く話すようになった。
僕と出会ってから、彼女の笑顔は格段に増えた。気のせいだって?違うよ、これはだけは断言出来る。
僕のスケッチには、毎日違う優しくて美しい彼女の横顔が描かれている。
そのスケッチを見ると、日に日に口角が上がっているんだ。ほんの少しだけ、だけれど。
でも偶に、僕と意見が食い違った時、悲しそうに眉を顰めるんだ。
それに気がついてから、僕は彼女に優しくしてきた。彼女の寂しそうな顔は、もう二度と描きたくなかったから。
「辛いの」
「何が?」
「私、あなたと別れるのが辛いの」
また僕は呆然とした。
そして少し、何かを察したように僕は口を開く。
「話、聞くよ」
【カラフル】