「優しくしないで」
その言葉が彼女の口から出たのを僕はしばらく受け止めなかった。
優しくするな、だなんて。僕は彼女に好かれたいが為にしてきたのに。
もちろん、彼女の気に触るようなことがあれば、その日の晩には直したし、彼女が辛そうにしていればいつも僕が誰よりも先に手を差し伸べた。
それに彼女は嬉しそうにありがとうの言葉を返してくれたんだ。それが毎日嬉しくてたまらなかった。
毎日メッセージアプリで、今日あったことを何時間も話すんだ。毎日欠かさず電話だってするし、彼女の悩みはなんでも聞いてあげた。解決してあげた。
それなのに
「なんで、だって僕たち」
隣の席の彼女が、口に手を添えて窓の景色を眺める姿が好きだった。絵に描いたようなその光景を毎日違った天気の中、僕が軽くスケッチをするんだ。
そのスケッチに彼女が面白可笑しそうに協力し始めてから、彼女と僕は良く話すようになった。
僕と出会ってから、彼女の笑顔は格段に増えた。気のせいだって?違うよ、これはだけは断言出来る。
僕のスケッチには、毎日違う優しくて美しい彼女の横顔が描かれている。
そのスケッチを見ると、日に日に口角が上がっているんだ。ほんの少しだけ、だけれど。
でも偶に、僕と意見が食い違った時、悲しそうに眉を顰めるんだ。
それに気がついてから、僕は彼女に優しくしてきた。彼女の寂しそうな顔は、もう二度と描きたくなかったから。
「辛いの」
「何が?」
「私、あなたと別れるのが辛いの」
また僕は呆然とした。
そして少し、何かを察したように僕は口を開く。
「話、聞くよ」
【カラフル】
5/2/2023, 10:54:44 AM