「誰も知らない秘密」
彼には秘密があった。
誰にも話した事がなかったし、
話して楽になろうとも思った事がなかった。
だけど、彼の中のもう一人の自分が、ペラペラとその秘密を話してしまった。
そう。彼は二重人格なのである。
彼が、隠してきた秘密を、ある日、何が起こったのか彼自身にも分からないのだが、もう一人の彼が手前に出てきて、彼のコントロールが効かず、ペラペラと話してしまった。
その事で、彼は苦悩し、彼の築きあげてきた人間関係、全てが破壊された。
彼はもう一人の自分に怒りを覚えた。だか、もう一人の自分も彼自身。彼はもう一人の自分をコントロールできない自分が嫌だったし、なぜ自分の意図と反対の事をする自分が彼の中に潜んでいるのか理解できなかった。
彼は毎日、毎日苦しんだ。
人間関係がめちゃくちゃになってしまったが、どこにも逃げ場所がなかった。
散々悩んだが、
逃げないで、生きていかなければいけない。そう結論に至った。
この思いだけを糧に、彼は今を生きている。
「静かな夜明け」
その日、彼女は眠れず結局起きたまま過ごしていた。
家族が寝静まっていて、起きているのは彼女ただ一人。
ぼんやりと空が明るくなってくる様を眺めていた。
元々はよく眠るほうなので、眠れない日は少し特別である。
映画を見て過ごしたり、片付けをしたり、色々な過ごし方があるが、その日の彼女は特に何をするでもなく夜明けを待っていた。
彼女にはもう何かをしたいという思いが湧いてこなかった。
ただ、夜明けを待つ。
朝が来たら、家族のために必要なものを用意して見送る。
ただ、それだけ。
毎日が同じことの繰り返し。
でも、その同じ事ができる日とできない日がある彼女にとっては、
普通に過ごせる事が幸せなのである。
何日もベッドから起き上がれず、お風呂にすら入れず、身支度もできないそんな日もあるからだ。
普通に生活を送る。これができるだけで、彼女は充分なのだ。
調子がいい日が続くと、つい忘れてしまいそうになるが、
朝起きて、家族のために支度をし、3食食べて、お風呂に入り、眠る。
この日常を彼女は感謝している。
heart to heart
腹を割った話し合い、か。
彼女はふと自分自身を振り返った。
本心を話し合える相手ってどれくらいいるのだろうか
もしかしたら一人もいないのかもしれない
感情が爆発した時、腹の底から搾り出すように、心の叫びを相手にぶつけたことはあっても、
それが果たして本心なのか、
もうわからないのである。
いつも良い子を演じてきてしまったから。
良い子を演じている事が染み付いてしまって、彼女の本来の姿はもうわからなくなってた。
ただ、救いなのは、目の前の困ってる人を助けなければいけない、と真剣になること、これだけが彼女の嘘偽りない姿だった。
腹を割って話す相手が、彼女には現れるのだろうか。
生涯現れないかもしれない。
だから、彼女は自問自答することから逃げないことに決めた。
本当の自分はどうしたいのか、
自分のしたい事が通らない場合、折り合いをつけていかないといけない事もこれからは色々と出てくるであろう。
でも、自分はこう思っているんだということを、封じ込めないで、ただ、言わないだけ、に変えることにした。
社会で生きていくには色々と我慢が必要である。
彼女が腹を割ってなんでも話せる世の中がくるといいな、と私は思っている。
「永遠の花束」
108本の薔薇でプロポーズするという話を聞いたことがある。
彼女は同僚の計画を聞いていた。
同僚とは専門学校時代からの知り合いで、話し方も面白いし、彼女は少し興味を持っていた。
専門学校は資格を取るための学校で、彼女は断念したが、同僚は資格試験に見事に合格したので、
108本の薔薇を用意して、ずっと好意を抱いている人に告白するのだという。
その告白がうまくいったらいいな、と彼女はふと思った。
彼女自身からは自分のことをそんなには話さなかったが、同僚は試験に合格した解放感からかなんでも話してくれた。
両親が離婚していること、兄がいること、その兄は彼の母が経営する塾講師をしていること、など。
色々なことがあっただろうに、屈託のない笑顔を見せる彼ははなし続けた。
春には上京するそうだ。
彼女は彼の恋の行方は知らない。
成就していたらいいのにな。
今でも彼女は花屋を覗いたりすると、108本の薔薇の花束で告白したであろう、同僚を思い出すそうだ。
「やさしくしないで」
彼女はいいたかった。
これ以上、優しい言葉をかけないで。
叶わぬはずの未来を期待してしまうから。
二人に未来はない。
いつまで経っても平行線。
その線と線は近づいたかのように思えても、すぐ離れていく。
彼女の描いているのは理想。
現実が見えていなかった。
本当のその人の姿、内面を。
それがわかったのは、とあるものを一緒に見に行った時。
彼女はその人と同じ感性だと思っていた。そう信じていた。
だから、彼女の好きなものもその人はきっと好きなはず。
でも、違った。
隣にいるはずのその人は離れた場所にいた。
まるで、見知らぬ他人のように。
その時、目が覚めた。
また、間違えた。
そう、彼女はいつも間違った方を選択してしまうのだ。
自分の好きなものを人に紹介するのは、共感できる人かそうでないかを知るいい機会である。
でも、それは時に残酷で、
そんなはずはない、と
残像にしがみついてしまう。
でも、今の彼女はもうそんなことはしない。
キッパリと線引きできるようになったのだ。
そう、もうきっと間違った方は選択しないだろうし、
たとえしてしまってもそれは些細な出来事でいつでも修正できるはずである。