しいな

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8/5/2023, 12:30:14 PM

僕たちが住むこの村には時計がない。村の真ん中にある僕の身長よりもはるかに高い鐘。二時間に一度、最も外れにある僕の家までしっかり響き渡る。

それが、この村の時間であり掟だ。毎日、毎年寸分違わず鳴り続ける。その鐘の音を頼りに朝起きて、仕事をして、ご飯を食べる。太陽がすっかり沈み月が輝く夜も、森の中の狼や梟が蠢き出す真夜中も一日たりとも休まずに。その事実を誰も疑う者はいない。

その鐘を整備し続けるのは僕の一族の使命であり責務だ。こう言えば聞こえはいいだろう。きちんと作動しているか確認するために1秒も満たない行為のために、誰が喜んで六六六六段もある階段を毎日昇降したいと思うのだろうか。

他人に押し付けたいような嫌な使命を拒否することも出来ずに、今日も階段を登り続ける。それが僕の日常で、村に住む住人はそれを静観し続ける。

そんな日常を、今日壊すのだ。核を視界に定め、手に持った木槌を掲げて振り落とす。僕は、僕の非日常を取り返す。

8/4/2023, 1:19:42 PM

将来の夢のためには、微分積分なんて知らなくてもいい、古文の読解なんて受験のためだけに必要なこと。一理あると思う。誰しもそう思う瞬間はあるし、かくいう私も理解出来る。

生きていくためには不必要を減らして、効率の良い一日を送るべきだ。TVを見ながら朝ごはんを食べていると、コメンテーターはそう語る。

自分の好きな物だけ周りに並べて飾り立てて、幸せを感じる。実に理想的だろう。それでも効率的に自分の好きなものだけ摂取することが至高とは思えない。

つまらないことでも、興味のないことでも知らなければ何も変わらない。つまらない知らなくてもいい世界は存在するだろうが、それでも私は人生の余白を楽しみたいと思うのだ。

8/3/2023, 12:47:12 PM

赤毛の歳若い魔法使いは言った。
一緒に祈ろう、一生懸命にお祈りすればきっと伝わる。大丈夫だよ。

目の前には腹を噛みちぎられて、臓器が剥き出しになった、今にも息絶えそうな魔法使いの青年が1人。
普通の人間じゃとっくに死んでいるだろう。
魔法使いで良かったとどこかほっとしている自分もいる。

まがりなりにも自身の身体の一部を預けた魔法使いで、幼い頃に憧れた騎士様。自己犠牲を厭わずに、自分よりもずっと強い存在を守ろうとする馬鹿みたいなお人好し。純度の高い蜂蜜を朝日に照らしたような眼も今閉ざされている。

お前が目が覚めるまでに、後悔するほど祈ってやる。
だから、はやくはやく夏の向日葵みたいな笑顔で名前を呼んでくれなきゃ許さない。

8/2/2023, 12:28:00 PM

それは確かに昨日まで、数十時間前まで確かに在ったものだ。笑い声や表情、活力、そして暖かい温もりも。今まで在ったものが、無くなった。

初めは悲しかった。辛くて悲しくて泣きたくなって、明日になったらまたお話できるんだと思いたかった。
そのうちに片手で数えられる程になって泣かなくなった。しばらく経ったら両手で数えられないようになった。辛くはあるけれど、慣れたというのが正しい表現に近しいのだろう。慣れてしまったことが今は何より悲しい。

身体を綺麗に整えられて家族と共に病室から去っていく。通り過ぎる姿を見て、お辞儀をして見送る。そうしてまた私は生きていくのだ。それが選んだ生き方だから。



8/1/2023, 1:13:12 PM

「今日の天気はあいにくの雨模様です。お出かけの際には傘を忘れずにお持ちください」

天気予報はいつも変わらない。いつからだったか最早忘れてしまったけれど。観測史上初の連続の雨が世界を覆った。太陽が燦々と輝いている光景なんて、いまやテレビの特集でしか見られない。

それでも。いや、そんな世界だからこそ僕は君に恋をした。初恋だと言っても過言では無い。

テレビで見た君は太陽をしっかと見つめ続けていた。誰よりも太陽に近づこうとスラリと伸びた身体。小麦色よりも焼けた頬。全ての光を受け止め輝く黄色い髪。

「そんな迷信のような世界に恋をしているなんて馬鹿げてる」
友人や父親でさえも現実を見ろ、今日も明日も雨だと言う。きっとそうなんだろう。明日の為にレインコートとレインブーツ(最早傘をさして歩く人などいない)を用意する。大雨で仕事へ遅刻するなんて理由は通らないから、出勤予定より3本早い電車に乗っていつも通り仕事をするのだ。

それでも、世界で1人くらい太陽の下で凛々しく咲き誇る君--向日葵の姿を夢見てもいいと馬鹿みたいに信じている。

明日、もし晴れたら真っ先に君に会いに行こう。

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