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2/3/2025, 3:00:39 PM

やさしくしないで



 やさしくしないで。君がいなきゃ生きていけなくなるから。もうこれ以上私をだめにしないでよ。
 はらはらと涙を流しながら、君がたどたどしく紡ぐ言葉たちに身体中の血が沸騰するような気持ちだった。儚くって弱々しくって愛おしくって、このまま心臓が破裂して死んでしまえれば幸せだって、それくらいの幸福感だった。
 やさしくしないなんて、そんなの無理だよ。君を見てたら俺はなんにも考えなくたってついやさしくしてしまうんだから。だきしめて、まんまるの頭を優しく撫でると腕の中の体がふるりと震えた。ごめんね。俺がいなきゃ生きていけないまんまでいてほしいよ。そう囁くとばか、とやっぱり舌っ足らずな声がした。
 絶対にもうにどと、君の前からいなくなったりしないから。もう一人にはしないから。きっと君より長生きしてみせるから。だから、ねえ。やさしくさせてよずっとずっとずっと。

2/1/2025, 3:07:48 PM

バイバイ、


 バイバイ、と手を振って見送った母は帰ってこなかった。バイバイまたね、と手を振りあった親友との間にはもうどうしようもないほど深い溝ができてしまった。
 だから手を振るのは好きじゃない。愛想よく笑えとは言わないけれど、手を振るくらいはできるだろうがと人のことを言えないくらいに愛想のない不機嫌面でのたまう目の前の男にそうぼやくと、バコンと頭を叩かれた。
 なんて女々しくバカバカしい、子供じみた屁理屈だろう。自分でも自分の間抜けさにうんざりする。自分でだって自分の湿度の高さに辟易するというのに、目の前のこの竹を割った様な性質の男にとっては耐え難い土砂降りレベルの発言だったろう。力いっぱい叩かれた頭を擦りつつも腹部への追撃に備えて腹に力を入れるけれど、追撃の代わりに振ってきたのは心底呆れ返った様な声色の言葉だった。

 「お前との間にバイバイしたからって崩れる様な関係性ないだろうが、バカ」
 「……それでも、君が死んだらさみしいよ」
 「じゃあお前が先に死ねばいいだろ」

 腹の力を抜いて、目の前の男の目を見つめる。初めて会った時からずっと馬が合わず喧嘩ばかりしてきたこの男の真っ直ぐな目と目を合わせるのがずっと苦手だったけれどよくよく見るととてもキレイな目をしていた。
 空色の瞳の中に、曇天みたいな顔をした俺が映っている。確かに、俺が死ねばいいのか、とつぶやくと空色がわかりやすく不機嫌に歪んだ。

 「お前が死んだら俺が嫌な気持ちになるだろうが!」
 「でも君は俺のことが嫌いだろう」
 「勝手に死なれたら、嫌えなくなるだろ」

 とんでもない屁理屈に思わず笑いが漏れる。じゃあ、君に嫌われ続けるためにも生きなきゃね。と伝えたところでアラームがなった。
 苦手だったこの男と、もう少しだけ話をしてみたいと思った。またいつか会えたら、その時はもう少しだけ目を見て話がしたい。そう思えたら自然と手を振ってしまっていた。
 空色の瞳を瞬かせて、男はにやっとしながら手をふりかえしてくれた。

 「バイバイ、またね」


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♥が1000いきました
普段、他人の目があるところに創作物をあげないので、こうやって目に見える反応がいただけるのが嬉しいです
ありがとうございます<3

1/29/2025, 4:02:39 PM

日陰


 いつも来る市民図書館の、中庭。憩いの場として設けられたのだろうが、お昼を過ぎると途端に日が入らなくなるせいか学校終わりに来る頃にはいつも誰もいない俺だけの特等席のはずだった。
 今日も今日とて適当に選んだ本を片手にやってきた俺はなんだかいつもと違うような雰囲気に、癖で俯きがちな顔をあげると、どうやら珍しくも先客がいるようだった。

 ああ、失敗した。見覚えのある制服姿にふとそう思ったけれどよくよく見れば先客はこちらに背を向けている。
 2月も末に近づいてやっとほんのりと温かみを感じるようになった風に撫でられて、中庭に僅かに差す日差しで成長した雑草たちが嬉しそうに踊っている。本格的な春の兆しにそわそわしているようなそんな中庭に立つ少年は真冬のぴりっとした寒さを纏った様な凛とした佇まいでそこに立っている。
 気づかれてしまう前にさっさと逃げようと思っていたはずなのに。俺はまだ動けないでいた。


1/23/2025, 4:51:29 PM


 瞳をとじて広がる暗闇は一人放り出された、いつかの宇宙の隅っこを思い出させていつも嫌だった。どれだけ眠りたくなくても、疲れ果てた身体は勝手に眠りはじめてしまってぐにゃぐにゃと輪郭を失っていく様で怖かった。
 シーツを握ろうと、自分の体を抱き締めようと必死に腕を動かそうとするけれど、ぐにゃぐにゃの身体はぴくりとも動かせない。焦る脳裏を、宇宙の星ぼしが駆け抜けていく。キレイな流れ星だと思うのもつかの間。気づけば流れ星は燃え上がって、俺の大事なものをことごとく燃やし尽くしていく。
 やめてくれ、たくさんだ。叫びたいのにやっぱり身体は言うことをきかない。これは夢で、金縛りで、指の一つでも動かせればすぐにこんな酷い場所から離れられるのはわかっているけれど。このまま一緒に燃えてしまえれば、このまま一生目覚めなければ。こんなに酷い悪夢より、ずっとずっと惨たらしい現実から逃げられるんだろうかと頭の隅で、そんなことを考える。
 もう十分やったよ、良いんじゃない?流れ落ちる星ぼしの伸ばす手を掴もうとした瞬間、するりと身体が動いて俺ははっと目を覚ました。
 伸ばした手の先には、燃え上がる星の様にチカチカと光る端末があった。ごろりと寝返りをうちながら端末を開くと、着信履歴が1件入っている。時刻は午前4時。規則正しい彼はもう眠ってしまっているだろうか。それでもこんな時間に電話をかけてくるなんてふざけてるのか!と怒鳴る彼の声が聴きたくなって、俺は発信ボダを押した。
 数コールして、さて流石に眠っているだろうかと諦めかけた瞬間、暗闇を引き裂く様なドスの効いた怒鳴り声が響き渡った。

10/2/2024, 4:02:41 PM

“奇跡をもう一度”


 君に初めてあった時。君の涼やかな目に、俺の姿が映ったあの一瞬は間違いなく奇跡だったのだと思う。
 緊張と高揚とでやけに大きく明るい声ばかりが飛び交う校門のすぐ近くのピロティ前。大きく張り出された合格者一覧を一心不乱に見つめる学生たちを眺めながら俺は一人、近くにあった大きな木にもたれかかっていた。
 混雑を避けて、遅い時間に来たつもりがおそらく同じ学校出身でまとまって来たらしいかなりの人数の集団と被ってしまったせいで、その人の壁を押しのけて前にでることもできず、どうしたものかと考えていたときだった。

 きゃあ、と女の子の集団が叫び声をあげるほど強い風が急に吹いて、俺の手の中にあった受験番号がかかれた紙が舞い上がった。咄嗟に出た手はただ空を掴み、まあ受験番号なんて他にも確認しようがあるから良いか、と切り替えようと思ったところで白い細い指がそっとその紙を差し出してきた。
 お前のだろう、とその指や細い身体からは想像していなかった凛とした芯のある声がして顔をあげると、なるほど声の通り凛とした顔の女性がむすりと口をへの字にして俺を睨んでいた。

 「あ、ありがとう」
 「ございます、だろう。私は先輩だ」
 「あ、すみません。ありがとうございます」

 こんなところにいるのだ、同じ受験生だろうと思ってかけた言葉遣いに彼女の口はへの字から富士山くらいになってしまった。ギロリ、と音が聞こえそうなほどに睨みあげてくるビー玉みたいにキラキラした目の中に、情けない顔をした俺が映っていた。
 ふんっと鼻を鳴らして、立ち去る彼女の背中を眺めながら俺は手の中の紙を握りしめた。


 そんなことを思い出して、俺は手の中の卒業証書を握りしめた。結局、在学中に彼女に再会することはなかった。一学年に数百人といて、覚えきれないほどの学部の存在するこの大学でたった一人の名前も所属学部もわからない人に巡り合うなんて奇跡はそう簡単には起こらないものだ。
 それでも俺は二度目の奇跡を夢見ることをやめられずにここに立っている。初めて彼女に出会った樹の下で、ただひたすら、起きるはずのない奇跡を待っている。


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