“奇跡をもう一度”
君に初めてあった時。君の涼やかな目に、俺の姿が映ったあの一瞬は間違いなく奇跡だったのだと思う。
緊張と高揚とでやけに大きく明るい声ばかりが飛び交う校門のすぐ近くのピロティ前。大きく張り出された合格者一覧を一心不乱に見つめる学生たちを眺めながら俺は一人、近くにあった大きな木にもたれかかっていた。
混雑を避けて、遅い時間に来たつもりがおそらく同じ学校出身でまとまって来たらしいかなりの人数の集団と被ってしまったせいで、その人の壁を押しのけて前にでることもできず、どうしたものかと考えていたときだった。
きゃあ、と女の子の集団が叫び声をあげるほど強い風が急に吹いて、俺の手の中にあった受験番号がかかれた紙が舞い上がった。咄嗟に出た手はただ空を掴み、まあ受験番号なんて他にも確認しようがあるから良いか、と切り替えようと思ったところで白い細い指がそっとその紙を差し出してきた。
お前のだろう、とその指や細い身体からは想像していなかった凛とした芯のある声がして顔をあげると、なるほど声の通り凛とした顔の女性がむすりと口をへの字にして俺を睨んでいた。
「あ、ありがとう」
「ございます、だろう。私は先輩だ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
こんなところにいるのだ、同じ受験生だろうと思ってかけた言葉遣いに彼女の口はへの字から富士山くらいになってしまった。ギロリ、と音が聞こえそうなほどに睨みあげてくるビー玉みたいにキラキラした目の中に、情けない顔をした俺が映っていた。
ふんっと鼻を鳴らして、立ち去る彼女の背中を眺めながら俺は手の中の紙を握りしめた。
そんなことを思い出して、俺は手の中の卒業証書を握りしめた。結局、在学中に彼女に再会することはなかった。一学年に数百人といて、覚えきれないほどの学部の存在するこの大学でたった一人の名前も所属学部もわからない人に巡り合うなんて奇跡はそう簡単には起こらないものだ。
それでも俺は二度目の奇跡を夢見ることをやめられずにここに立っている。初めて彼女に出会った樹の下で、ただひたすら、起きるはずのない奇跡を待っている。
10/2/2024, 4:02:41 PM