“世界の終わりに君と”
戦争ばかりが続いていた世界がついに平和への第一歩を踏み出した。テレビのニュースは大国と大国とが和平交渉を始めただの停戦が終戦になっただの、明るい話題で埋め尽くされている。
そんなニュースを見ながら朝食の準備をしていると彼女がもそりと寝室から出てきて、俺をみるなりあくびをした。
なんて平和な朝だろう。
お互い昨日脱ぎ捨てた軍服はそのまま床に転がっていて、きっと明日にはゴミ収集の業者に連れて行かれてサヨウナラだ。
今までは決まった時間に跳ね起きて端末を確認したものだが、軍用の端末はもう軍に返却して呼び出されることもない。
彼女も俺もだらしのない寝間着のままふらふらと椅子に座ってのんびりとコーヒーを啜った。
「昼はどうしようか」
「あー……前に美味しいっていってたレストランは?」
「あそこはこの間ミサイルで吹っ飛んだって聞いたよ」
「……じゃあ良く行ってたパン屋」
「あっちはご主人が戦死で閉店」
「……なんならあるんだ」
個人用の端末で開いている店を調べる。
せっかく世界が平和になったのだから良いものを食べなければもったいない。向かいの彼女が出来合いのデザートをスプーンでつついて遊んでいるのを横目にスイーツの有名な店を何個かピックアップする。
どこも一度も行ったことのない店だがまあしかたない。
彼女に端末を渡して、彼女が食べ残したデザートを口にする。パサパサで美味しくない。昼には美味しいスイーツを食べさせてあげよう。
彼女が選んだお店までのルートを確認して、ついでに予約も済ませてしまう。
「夜はどうする?」
「夜は……適当にコンビニで買えば良いだろ」
「そんなもん?」
「そんなもんでしょ。最後の晩餐期待してた?」
「……いや、別に」
お互いそこまで食には煩くない。
美味しいものを食べたいと漠然と思ってはいるものの、戦場での携帯食に舌が慣れているものだから、正直コンビニ飯でもご馳走みたいなものだ。
彼女もそこまで拘っている様子もなく、目線はすうっとテレビに移った。
今日、世界が平和になって俺たちは世界から不要になる。明日になれば今度はきっと世界は俺たち人殺しに厳しくなるだろう。なにせ俺と彼女は英雄だった。英雄ってことは誰よりも人を殺したってことだ。
平和な世界に英雄はもう要らない。
誰かの手でバラバラに殺されるのであればいっそ、お互いの腕の中でお互いに殺されたい。
だから俺たちは今日、二人の思い出の場所で終わりにすることに決めていた。
「ねえ、来世でも会えるかな」
「……どうだろうな」
「好きだよ、きっと来世でもずっと」
「……そう」
「君は?好きって言ってよ、最後くらい」
テレビを見ていたはずの彼女がこちらを向いた。
てっきり照れているのかと思っていたが、思いの外強気な笑みを浮かべていて面食らった。
「まだ、最後じゃない。最後の最後になったら言ってあげる」
片方の口角がキュッと持ち上がる。
その勝ち誇った様な顔は俺が一目惚れをしたときの彼女の顔で、死ぬ間際だというのに俺はまた彼女を好きになってしまうのだった。
“誰にも言えない秘密”
締め切りまで余裕があるとどうしても集中力が保たないもので、俺は早々に自室で課題をこなすことを諦め寮生用の自習室に移ることにした。
少し遠いのだが、気分転換も兼ねてのんびりと歩く。
つい先日、最上級生たちが卒業を縣けた大事な課題に取り組んでいたせいかピリピリとしていた寮内も提出期限が過ぎたからか随分と穏やかになった。
俺が集中できないのはきっとこの上級生たちの開放感に感化されたせいだな、と思ったところで自習室にたどり着いた。
中にはあまり人がいる気配もなく、これならば集中できるだろうと中に入る。個室という程ではないが数席ごとに衝立があり、利用人数が少なければほとんど個室の様になる。
入口付近と人がいるところを避けて席を探していると、奥の方に見覚えのある後頭部が衝立の上にはみ出ているのが見えた。
げぇっと心の中で悪態をつく。その後頭部の持ち主は俺がなんとなく苦手としている先輩で、俺はさりげなく彼の死角になりそうな席を選んだ。
テスト勉強なんて授業を聞いていたらわかるだろう、と平然と言ってのける様な典型的な天才様であるあの先輩がなぜこんな休日の日中から自習室なんかにいるんだろう?
筆記用具を取り出しながらさりげなく覗いていると彼の隣にもう一人誰かがいる様だった。
よく見るとその人は眠ってしまっているみたいだった。
一体どういう状況なんだ?とつい眺めていると、先輩が寝ている人の髪を撫でて、そしてその横顔に顔を寄せるのが見えてしまって俺は慌てて頭を引っ込めた。
……見てはいけないものを、見てしまったのではないか?普段は近寄りがたさを感じるような無表情がちな先輩が浮かべた、愛おしい物を見るように緩んだ表情が頭にこびり付いて離れない。
ドキドキする心臓の音が静かな自習室に響いてしまいそうで俺は両手で押さえつけた。
俺は何も見ていない。ふうふうと深呼吸をしているとふいに目の前を人が通った気がした。顔をあげるとあの先輩と目があってまた心臓が跳ね上がる。
先輩は先程の蕩けるような顔のまま口に人差し指を当ててそのまま自習室を出ていった。
『誰にも秘密な』
そう声に出さず動く口元と表情と全てがキャパオーバーだ。
もう今日は課題なんてできそうにない。
さっき出したばかりの筆記用具をいそいそしまい立ち上がると先程まで寝ていたはずの人物が顔を上げ、今度はこっちと目が合ってしまう。
いやでもこの人は寝ていたはずだから、と軽く会釈をする。
寝ていた人物は先程の先輩より一つ上であの先輩とはよくくだらないことで喧嘩をしているいわゆる犬猿の仲と言われるような人だった。
デリカシーのない、感情の起伏の少ない先輩がいけ好かない様で良く突っかかっているのを見ることがあったがまさか。
絶対にこの人にはバレちゃいけない。そそくさ出ていこうとすると彼はニンマリ笑って、やっぱり口に人差し指をあてて声にはださずに唇を動かした。
『誰にも言うなよ』
そしてまた彼はパタリと頭を伏せて寝たフリをしだした。
こんなこと、いったい誰に言えるっていうんだ。
俺はもう二度と自習室は使わない、と誓をたてて自室に駆け込んだ。
いつの間にやら同室のクラスメイトが戻ってきていて俺の勢いに目をまるくしていたが何も言う気になれず俺は体調不良とだけジェスチャーで伝えてベッドに潜り込んだ。
“失恋”
恋をする前から、失恋することが決まっていた。
流れと勢いと、少しのアルコールで気づけば恋心と折り合いをつける前にそういう関係になってしまった。
彼女はずいぶんとこういう関係に慣れているみたいだった。
いつもの強気な目元を、二人きりになるとまるで恋人に向けるかの様に柔らかく細めて見つめてくる姿に俺は何度も何度も恋に墜ちた。
それでも好きだ、と告げるどころかこの好意を少しでも漏らすことすらできなかった。
恋に堕ちるたびに失恋して、でもやっぱりどんな形でも良いから側にいたかった。彼女のトクベツでありたかった。
そう彼女に対して思っている男は俺以外にも大勢いて、そして彼女は決してその中から特別な人を選ぶことはないだろう。
今夜もまた慣れた様に部屋を出ていく彼女を見送って、俺はまた失恋をする。
“終わりなき旅”
彼が死んだ。と彼との共通の友人から連絡がきた。
見ず知らずの子どもを庇って死んだらしい。
彼らしいとはあまり思えなかった。
正義感が強くて生真面目で努力家だけど、自分は自分他人は他人というやつだったから、少し変だった。
彼と競いあって、殴り合って、戦場みたいな青春を乗り越えてきたあの頃からもう20年近く経っていて、そりゃあ彼も丸くなるかあと不思議と笑えた。
お前も式にくるか?と聞かれたが、断った。
そうか、忙しいよな。いつか他のやつらと一緒に線香でもあげに行こうな。電話の向こうの友人はあっさりとそう言った。
向こうもきっと、あっさりしているなと思っただろう。
一時期付き合っていたのに、20年も経って別の相手と結婚してしまえば、そんなもんかと思われただろうか。
そう、彼と俺は昔少しだけ付き合っていた時期があった。同性恋愛が深夜ドラマなんかで取り上げられる様な時代だったが、俺たちにはそれぞれ裏切れない立場があって誰にも、実を言えば彼にさえ言葉にはできなかったのだが、愛しあっていた。
共通の友人の一部にはなんとなくバレていたようだが。誰にも知られてはいけないことだった。
好き、と彼に言ったことはないし言われたこともない。
ただ時間があれば隣で過ごし、そっと小指を重ねたり肩に頭を預けたり、驚くくらいプラトニックで幼い恋人ごっこだ。
彼とはすぐに別れなければいけないことがわかっていたし、男同士での愛の確かめ方なんか俺たちはなにも知らなかったからそれだけで充分満たされていた。
別れも当然あっさりしたもので、別れの言葉一つ贈らず気づけば俺は他の女の人を好きになり結婚した。
結婚式に彼は来なかった。
だから俺もいかない、と決めていた。
彼も他の女の人と付き合ってはいたが、色々あって結婚式は挙げずに死んでしまってそんな機会もなかったから葬式にくらいとも思うがやっぱり、邪な想いを抱えたまま彼の恋人に会いたくはなかった。
葬式にはでられない。
俺にとって、彼の死は別れではないと思ってしまっているから。今生ではけして結ばれない彼の死は、地獄の底での再会への第一歩なのだから。
言葉にして約束したことはないけれど、なんとなく彼は地獄で俺を待っていてくれてるのだと思う。
本当は俺の方が先に死ぬと思っていたから、ずっと彼が地獄に落ちてくるのを待っているつもりだったけど人生の最後にくらい彼を待たせるのも悪くないだろう。
きっと彼はぶっすり不貞腐れながらも生真面目に待っていてくれるだろうから、待った?なんてデートの待ち合わせみたいなノリで声をかけよう。
それで、彼の手を握ってあわよくばキスなんてして、そして二人で終わりなき旅に出よう。
彼と二人でなら、地獄の底でだってきっと笑い合えるから。
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天国と地獄のお題に少し寄ってますが世界観の統一してないので繋がっているかは微妙(同じ人目線ではあります)
“「ごめんね」”
ごめんね、と誰かが誰かに向かって謝る声が、嫌いだ。
そのひと言を耳にするだけで、俺の意識はいつでもどこでも、あの最低な日のあの最悪のワンシーンに引き戻されていく。
あの日は昼過ぎまでシトシト雨が降っていた。そのせいでその後からは快晴だったというのにやけに蒸し暑かった。
俺とアイツは放課後の教室で課題を纏めていた。
二人組でテーマを決めて調べなきゃいけない課題だったのだが、お互いに調べるテーマを譲れず数日の遅れをとっていたのだ。
テーマが決まれば後はスムーズだったのだが、やはり数日の遅れは巻き返しきれず、しかたなく放課後に残ることになった。
お互いに特に話もなく、ただずっとサラサラ文字を書く音だけが二人以外誰もいない教室に響いていた。
グラウンドが水浸しなせいか、運動部の声もせずまるでこの建物に俺とアイツしかいないんじゃないかと思う程の静かさだった。
刺さる様な西日に気が散り、俺はカーテンを閉めようと顔をあげた。
その時だった。
なぜか俺をガン見しているアイツと目が合った。
アイツは俺と目が合ったことで酷く動揺しているようで、息を飲み込む仕草がやけにスローモーションにみえた。
いつもは勝ち気な目が不安げに揺れていて、それがなんだかとても可愛く見えて、俺も酷く動揺した。
……可愛いって、なんだ?
頭が真っ黒に、いや真っ赤になった。
差し込む西日のせいじゃない。アイツのことを可愛いと思った瞬間、自分の身体を制御するのが難しくなった。
まるで映画のワンシーンを第三者目線で見てるみたいだった。
気づいたら俺はアイツにキスをしていたし、アイツは俺が唇を寄せた瞬間逃げるどころか目を閉じてそれを受けいれていた。
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
今度は俺が目を泳がす番だった。
なんて言い訳したらいい?こんなの、ありえない。
俺もアイツも男だ。俺にもアイツにも大切な子がいる。
「……っ!」
「…………ごめんね」
動揺している俺と対象的に冷静さを取り戻したらしいアイツが口にした謝罪の言葉の意味がわからなかった。
謝るのは、俺の方だ。
言葉一つ口にできない俺をもう見ることなく、アイツはさっさと荷物を纏めて、教室を出ていってしまった。
夕日はいつの間にか沈み始めていて、教室はやけに暗く感じた。
あの日から、俺はずっと変だ。
もうあの最低な日から何年も経ったのに、俺は未だにおかしくてずっとあの最悪のワンシーンから抜け出せないままでいる。
アイツが最後に口にしたごめんねの意味を、未だに探している。