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“「ごめんね」”


ごめんね、と誰かが誰かに向かって謝る声が、嫌いだ。

そのひと言を耳にするだけで、俺の意識はいつでもどこでも、あの最低な日のあの最悪のワンシーンに引き戻されていく。
あの日は昼過ぎまでシトシト雨が降っていた。そのせいでその後からは快晴だったというのにやけに蒸し暑かった。
俺とアイツは放課後の教室で課題を纏めていた。
二人組でテーマを決めて調べなきゃいけない課題だったのだが、お互いに調べるテーマを譲れず数日の遅れをとっていたのだ。
テーマが決まれば後はスムーズだったのだが、やはり数日の遅れは巻き返しきれず、しかたなく放課後に残ることになった。

お互いに特に話もなく、ただずっとサラサラ文字を書く音だけが二人以外誰もいない教室に響いていた。
グラウンドが水浸しなせいか、運動部の声もせずまるでこの建物に俺とアイツしかいないんじゃないかと思う程の静かさだった。
刺さる様な西日に気が散り、俺はカーテンを閉めようと顔をあげた。
その時だった。
なぜか俺をガン見しているアイツと目が合った。
アイツは俺と目が合ったことで酷く動揺しているようで、息を飲み込む仕草がやけにスローモーションにみえた。
いつもは勝ち気な目が不安げに揺れていて、それがなんだかとても可愛く見えて、俺も酷く動揺した。
……可愛いって、なんだ?
頭が真っ黒に、いや真っ赤になった。
差し込む西日のせいじゃない。アイツのことを可愛いと思った瞬間、自分の身体を制御するのが難しくなった。
まるで映画のワンシーンを第三者目線で見てるみたいだった。
気づいたら俺はアイツにキスをしていたし、アイツは俺が唇を寄せた瞬間逃げるどころか目を閉じてそれを受けいれていた。
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
今度は俺が目を泳がす番だった。
なんて言い訳したらいい?こんなの、ありえない。
俺もアイツも男だ。俺にもアイツにも大切な子がいる。

「……っ!」
「…………ごめんね」

動揺している俺と対象的に冷静さを取り戻したらしいアイツが口にした謝罪の言葉の意味がわからなかった。
謝るのは、俺の方だ。
言葉一つ口にできない俺をもう見ることなく、アイツはさっさと荷物を纏めて、教室を出ていってしまった。


夕日はいつの間にか沈み始めていて、教室はやけに暗く感じた。
あの日から、俺はずっと変だ。
もうあの最低な日から何年も経ったのに、俺は未だにおかしくてずっとあの最悪のワンシーンから抜け出せないままでいる。


アイツが最後に口にしたごめんねの意味を、未だに探している。


5/29/2024, 3:50:14 PM