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“誰にも言えない秘密”


締め切りまで余裕があるとどうしても集中力が保たないもので、俺は早々に自室で課題をこなすことを諦め寮生用の自習室に移ることにした。
少し遠いのだが、気分転換も兼ねてのんびりと歩く。
つい先日、最上級生たちが卒業を縣けた大事な課題に取り組んでいたせいかピリピリとしていた寮内も提出期限が過ぎたからか随分と穏やかになった。
俺が集中できないのはきっとこの上級生たちの開放感に感化されたせいだな、と思ったところで自習室にたどり着いた。

中にはあまり人がいる気配もなく、これならば集中できるだろうと中に入る。個室という程ではないが数席ごとに衝立があり、利用人数が少なければほとんど個室の様になる。
入口付近と人がいるところを避けて席を探していると、奥の方に見覚えのある後頭部が衝立の上にはみ出ているのが見えた。
げぇっと心の中で悪態をつく。その後頭部の持ち主は俺がなんとなく苦手としている先輩で、俺はさりげなく彼の死角になりそうな席を選んだ。
テスト勉強なんて授業を聞いていたらわかるだろう、と平然と言ってのける様な典型的な天才様であるあの先輩がなぜこんな休日の日中から自習室なんかにいるんだろう?
筆記用具を取り出しながらさりげなく覗いていると彼の隣にもう一人誰かがいる様だった。
よく見るとその人は眠ってしまっているみたいだった。
一体どういう状況なんだ?とつい眺めていると、先輩が寝ている人の髪を撫でて、そしてその横顔に顔を寄せるのが見えてしまって俺は慌てて頭を引っ込めた。

……見てはいけないものを、見てしまったのではないか?普段は近寄りがたさを感じるような無表情がちな先輩が浮かべた、愛おしい物を見るように緩んだ表情が頭にこびり付いて離れない。
ドキドキする心臓の音が静かな自習室に響いてしまいそうで俺は両手で押さえつけた。
俺は何も見ていない。ふうふうと深呼吸をしているとふいに目の前を人が通った気がした。顔をあげるとあの先輩と目があってまた心臓が跳ね上がる。

先輩は先程の蕩けるような顔のまま口に人差し指を当ててそのまま自習室を出ていった。

『誰にも秘密な』

そう声に出さず動く口元と表情と全てがキャパオーバーだ。
もう今日は課題なんてできそうにない。
さっき出したばかりの筆記用具をいそいそしまい立ち上がると先程まで寝ていたはずの人物が顔を上げ、今度はこっちと目が合ってしまう。
いやでもこの人は寝ていたはずだから、と軽く会釈をする。
寝ていた人物は先程の先輩より一つ上であの先輩とはよくくだらないことで喧嘩をしているいわゆる犬猿の仲と言われるような人だった。
デリカシーのない、感情の起伏の少ない先輩がいけ好かない様で良く突っかかっているのを見ることがあったがまさか。
絶対にこの人にはバレちゃいけない。そそくさ出ていこうとすると彼はニンマリ笑って、やっぱり口に人差し指をあてて声にはださずに唇を動かした。

『誰にも言うなよ』

そしてまた彼はパタリと頭を伏せて寝たフリをしだした。
こんなこと、いったい誰に言えるっていうんだ。
俺はもう二度と自習室は使わない、と誓をたてて自室に駆け込んだ。
いつの間にやら同室のクラスメイトが戻ってきていて俺の勢いに目をまるくしていたが何も言う気になれず俺は体調不良とだけジェスチャーで伝えてベッドに潜り込んだ。


6/6/2024, 6:53:09 AM