“終わりなき旅”
彼が死んだ。と彼との共通の友人から連絡がきた。
見ず知らずの子どもを庇って死んだらしい。
彼らしいとはあまり思えなかった。
正義感が強くて生真面目で努力家だけど、自分は自分他人は他人というやつだったから、少し変だった。
彼と競いあって、殴り合って、戦場みたいな青春を乗り越えてきたあの頃からもう20年近く経っていて、そりゃあ彼も丸くなるかあと不思議と笑えた。
お前も式にくるか?と聞かれたが、断った。
そうか、忙しいよな。いつか他のやつらと一緒に線香でもあげに行こうな。電話の向こうの友人はあっさりとそう言った。
向こうもきっと、あっさりしているなと思っただろう。
一時期付き合っていたのに、20年も経って別の相手と結婚してしまえば、そんなもんかと思われただろうか。
そう、彼と俺は昔少しだけ付き合っていた時期があった。同性恋愛が深夜ドラマなんかで取り上げられる様な時代だったが、俺たちにはそれぞれ裏切れない立場があって誰にも、実を言えば彼にさえ言葉にはできなかったのだが、愛しあっていた。
共通の友人の一部にはなんとなくバレていたようだが。誰にも知られてはいけないことだった。
好き、と彼に言ったことはないし言われたこともない。
ただ時間があれば隣で過ごし、そっと小指を重ねたり肩に頭を預けたり、驚くくらいプラトニックで幼い恋人ごっこだ。
彼とはすぐに別れなければいけないことがわかっていたし、男同士での愛の確かめ方なんか俺たちはなにも知らなかったからそれだけで充分満たされていた。
別れも当然あっさりしたもので、別れの言葉一つ贈らず気づけば俺は他の女の人を好きになり結婚した。
結婚式に彼は来なかった。
だから俺もいかない、と決めていた。
彼も他の女の人と付き合ってはいたが、色々あって結婚式は挙げずに死んでしまってそんな機会もなかったから葬式にくらいとも思うがやっぱり、邪な想いを抱えたまま彼の恋人に会いたくはなかった。
葬式にはでられない。
俺にとって、彼の死は別れではないと思ってしまっているから。今生ではけして結ばれない彼の死は、地獄の底での再会への第一歩なのだから。
言葉にして約束したことはないけれど、なんとなく彼は地獄で俺を待っていてくれてるのだと思う。
本当は俺の方が先に死ぬと思っていたから、ずっと彼が地獄に落ちてくるのを待っているつもりだったけど人生の最後にくらい彼を待たせるのも悪くないだろう。
きっと彼はぶっすり不貞腐れながらも生真面目に待っていてくれるだろうから、待った?なんてデートの待ち合わせみたいなノリで声をかけよう。
それで、彼の手を握ってあわよくばキスなんてして、そして二人で終わりなき旅に出よう。
彼と二人でなら、地獄の底でだってきっと笑い合えるから。
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天国と地獄のお題に少し寄ってますが世界観の統一してないので繋がっているかは微妙(同じ人目線ではあります)
“「ごめんね」”
ごめんね、と誰かが誰かに向かって謝る声が、嫌いだ。
そのひと言を耳にするだけで、俺の意識はいつでもどこでも、あの最低な日のあの最悪のワンシーンに引き戻されていく。
あの日は昼過ぎまでシトシト雨が降っていた。そのせいでその後からは快晴だったというのにやけに蒸し暑かった。
俺とアイツは放課後の教室で課題を纏めていた。
二人組でテーマを決めて調べなきゃいけない課題だったのだが、お互いに調べるテーマを譲れず数日の遅れをとっていたのだ。
テーマが決まれば後はスムーズだったのだが、やはり数日の遅れは巻き返しきれず、しかたなく放課後に残ることになった。
お互いに特に話もなく、ただずっとサラサラ文字を書く音だけが二人以外誰もいない教室に響いていた。
グラウンドが水浸しなせいか、運動部の声もせずまるでこの建物に俺とアイツしかいないんじゃないかと思う程の静かさだった。
刺さる様な西日に気が散り、俺はカーテンを閉めようと顔をあげた。
その時だった。
なぜか俺をガン見しているアイツと目が合った。
アイツは俺と目が合ったことで酷く動揺しているようで、息を飲み込む仕草がやけにスローモーションにみえた。
いつもは勝ち気な目が不安げに揺れていて、それがなんだかとても可愛く見えて、俺も酷く動揺した。
……可愛いって、なんだ?
頭が真っ黒に、いや真っ赤になった。
差し込む西日のせいじゃない。アイツのことを可愛いと思った瞬間、自分の身体を制御するのが難しくなった。
まるで映画のワンシーンを第三者目線で見てるみたいだった。
気づいたら俺はアイツにキスをしていたし、アイツは俺が唇を寄せた瞬間逃げるどころか目を閉じてそれを受けいれていた。
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
今度は俺が目を泳がす番だった。
なんて言い訳したらいい?こんなの、ありえない。
俺もアイツも男だ。俺にもアイツにも大切な子がいる。
「……っ!」
「…………ごめんね」
動揺している俺と対象的に冷静さを取り戻したらしいアイツが口にした謝罪の言葉の意味がわからなかった。
謝るのは、俺の方だ。
言葉一つ口にできない俺をもう見ることなく、アイツはさっさと荷物を纏めて、教室を出ていってしまった。
夕日はいつの間にか沈み始めていて、教室はやけに暗く感じた。
あの日から、俺はずっと変だ。
もうあの最低な日から何年も経ったのに、俺は未だにおかしくてずっとあの最悪のワンシーンから抜け出せないままでいる。
アイツが最後に口にしたごめんねの意味を、未だに探している。
“半袖”
昨日の夜からの大雨の名残か、やけに蒸し暑い6月1日の朝。
衣替えの移行期間が始まった初日から半袖にするのもな、と選んだワイシャツに若干後悔しながら学校までの坂を登る足取りは重い。
車道の向こう側の歩道を楽しげにキャラキャラ笑う女子集団が袖を捲くりあげているのをみて、ああなるほどと真似してみることにした。
移行期間が始まったばかりだからか、同じ学校の同じ制服を着ているはずなのにみんな違うように見えてくる。
特に女子は色々な着こなし方をしていて面白い。
男の俺がジロジロみては気持ち悪かろうとさり気なく眺めてみる。
薄めの長袖のセーターを着ている人もいれば、袖のないニットセーターの人もいるし、セーターを着てない人もいる。
……あの人はどんな感じなんだろう。
色々な着こなし方の人を眺めてはそれら全てに意中の先輩の姿を当てはめて妄想をしてしまう。
涼やかな見た目の、涼やかなよく通る声の、驚くほど細くて白い手のひらで俺に殴りかかってくる、あの人はどんな夏服姿なんだろうか。
あと少しで校門に着くというところであの人の声が聴こえてきた様な気がして、妄想しすぎて幻聴まで聴こえてきたのかと顔を上げた。
そこには風紀委員たちの姿が見えていて、そういえば今日は1日じゃないかと気づく。
偶数月の1日は風紀委員による服装チェックがあるのだ。ということは風紀委員であるあの人もそこにいるのではないか?途端に軽くなる気持ちと足取りに、冷静な自分が少しだけあきれている。
でも、恋ってそういうもんだろう。
慌ててスカートの丈を直している女子集団を避けて校門を通り抜けると一番奥にお目当ての後ろ姿を見つけた。
暑いからか、今日はハーフアップではなくポニーテールで白い項が夏の日差しに晒されていてドキッとする。
声をかける前に振り向いた先輩は少しだけ目を開いてそしてよく通るその声で俺の名前を呼んだ。
「おはようございます。先輩」
「……違反はしてないみたいね」
足のつま先から頭の先まで、まるで違反があれば良いのにと思っているかの様にジロジロみる彼女の様子にはもう慣れたもので、俺も彼女の姿を目に焼き付けるために足のつま先から頭の先まで見返してやる。
風紀委員であること以上に、根っから生真面目な彼女は、生徒手帳に貼付されてる夏服のイラストからそのまま抜け出して来たかの良いな姿だが、惚れた弱みでなんでも可愛く見えるのだからコスパのいい男だと自分でも思う。
きっちりと着る半袖のワイシャツから覗く白くて細い腕を掴んで引き寄せたら、どんな顔をするんだろうか。
つい思考が邪な方へズレていったのがバレたのか、軽く頭をはたかれる。
「早く行け!後ろが詰まる!」
「……すいません」
引き寄せたところで一瞬くらいはビックリしてくれるだろうがすぐこうやって手を挙げられて終わる気がするな。
彼女が誰かに怒鳴っている声を背中に聞きながら校舎へ向う俺の足取りは多分この場にいる誰より軽かったと思う。
“天国と地獄”
数えきれない程の人を手にかけてきた。
手にかけてきた人だけじゃない、その人の周りの人々の幸せだった人生をどれだけ刈り取ってきたのか。
俺にはわからない。
だから、死んだときには間違いなく地獄へ行くのだろう。そしてそれは、俺と同じくらいに人をあやめてきた彼もきっと同じだ。
頭の中に一人の男の後ろ姿が思い浮かぶ。
しゃんとまっすぐ伸びた背中は、身長や体格こそ俺の方が大きいというのに、どうしてかとてつもなく大きく見える。パッと見では性別がわからないほど綺麗な顔に似合わず男前で。そしてついぞ一度も伝えることができないまま別れてしまった、俺の初恋の人。
その端正な顔立ちはきっと幼い頃には天使の様なと耳にタコができるほど言われていただろうに、行き着く先は俺と同じ地獄の底になるのだ。
あの頃、まだ顔を合わせて話ができた頃言葉にはできなかったが俺たちは多分、そうだった。
俺も彼も男で、そしてそこは戦場だった。
言ってしまえば、聞いてしまえばきっと変わってはいけないものが変わってしまいそうで俺たちは結局手の一つも繋がないままだった。
そして今となってはお互いに、お互い以上に守りたいものができていた。
直接顔を合わせることは、きっともう死ぬまでないだろうけど。死んだら地獄の入口ででも彼を待っていようかなと思っている。
生きているうちには伝えられなかったことを言えたら。
触れられなかった手を握りしめられたら。
誰にも何も言われない場所で、ただただ彼のことだけを見つめられたら。彼に見つめてもらえたら。
きっとそこがどんな地獄でも、俺にとっては天国なのだ。
“月に願いを”
朝目が覚めたら、遠距離中の彼女から月の画像が1枚だけ、なんの説明もなく送られてきていた。
満月でも三日月でもなんでもない月の写真だ。
何より何のメッセージもなく写真だけというのがひっかかる。通勤中に調べてみたり、休憩中に職場の人たちに聞いたりしてみたもののしっくりくるものはなかった。
月といえば、I Love You.を月が綺麗ですねって訳した文豪がいましたよね、なんて若い女性社員たちが話していたがその話は信憑性にかける逸話なのだと当の彼女から聞いているのでその線はなさそうだ。
藤原道長の歌になぞらえて、満ち足りていてすごく幸せですってことじゃないのか?と平安文学にハマっている先輩がニヤニヤしながら言ってきたが、あの歌には色々な解釈があってどうのこうのと熱く考察していた彼女の姿から思うにその説も薄いんじゃないかと思う。
いろんな人に聞いてまわった結果、正直なところあんまり意味はなかったんじゃないだろうか、なんて可能性も出てきた。
ただ綺麗だったから、ただ寝落ちてメッセージを送り忘れたから、そっちの方が彼女らしいんじゃないか。
休憩の終わり間際に綺麗な月だね、なんて結局当たり障りのない返事を送ったが、仕事中も頭の片隅にあの写真がチラついていた。早く仕事を終わらせて電話したい。
なんとか定時に終わらせて帰り道で電話をかけるとすぐにケラケラと彼女が笑う声がした。
『あの写真、なんだったの?』
『ふふっ。なんだったと思う?』
からかう様な彼女の声色にすら、可愛いななんて思ってしまうのは惚れた弱みってやつなんだろうか。
電話越しの彼女に見えるはずないけれど、俺は片手を上げて降参のポーズをとった。
『今日一日ずっと考えてたけどわかんない。降参降参』
『……ふぅん。一日中考えてたんだ』
『なに?疑ってる?本当に一日中考えてたよ。』
職場の人たちにも聞いて回ったんだから、と話せば彼女がどんどんご機嫌になっていくのがわかる。
なんだか良くわからないけど、一日中考えていたのは彼女的には大正解のようだ。
『ねぇ、結局なんだったの』
『……ないしょ!』
結局教えてもらえないまま通話は切れてしまって答えはわからずじまいだ。だけどまあ、彼女がご機嫌ならそれでいい。
明日も明後日もずっと、彼女がご機嫌に笑ってくれますようにと満月でもなんでもないただの月に祈って、俺はその月の写真を彼女に送っておいた。
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※I Love Youのくだり、並びに望月の歌の解釈はかなりエアプです、事実と異なる可能性があります