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“半袖”


昨日の夜からの大雨の名残か、やけに蒸し暑い6月1日の朝。
衣替えの移行期間が始まった初日から半袖にするのもな、と選んだワイシャツに若干後悔しながら学校までの坂を登る足取りは重い。
車道の向こう側の歩道を楽しげにキャラキャラ笑う女子集団が袖を捲くりあげているのをみて、ああなるほどと真似してみることにした。
移行期間が始まったばかりだからか、同じ学校の同じ制服を着ているはずなのにみんな違うように見えてくる。
特に女子は色々な着こなし方をしていて面白い。
男の俺がジロジロみては気持ち悪かろうとさり気なく眺めてみる。
薄めの長袖のセーターを着ている人もいれば、袖のないニットセーターの人もいるし、セーターを着てない人もいる。

……あの人はどんな感じなんだろう。
色々な着こなし方の人を眺めてはそれら全てに意中の先輩の姿を当てはめて妄想をしてしまう。
涼やかな見た目の、涼やかなよく通る声の、驚くほど細くて白い手のひらで俺に殴りかかってくる、あの人はどんな夏服姿なんだろうか。

あと少しで校門に着くというところであの人の声が聴こえてきた様な気がして、妄想しすぎて幻聴まで聴こえてきたのかと顔を上げた。
そこには風紀委員たちの姿が見えていて、そういえば今日は1日じゃないかと気づく。
偶数月の1日は風紀委員による服装チェックがあるのだ。ということは風紀委員であるあの人もそこにいるのではないか?途端に軽くなる気持ちと足取りに、冷静な自分が少しだけあきれている。
でも、恋ってそういうもんだろう。

慌ててスカートの丈を直している女子集団を避けて校門を通り抜けると一番奥にお目当ての後ろ姿を見つけた。
暑いからか、今日はハーフアップではなくポニーテールで白い項が夏の日差しに晒されていてドキッとする。
声をかける前に振り向いた先輩は少しだけ目を開いてそしてよく通るその声で俺の名前を呼んだ。

「おはようございます。先輩」
「……違反はしてないみたいね」

足のつま先から頭の先まで、まるで違反があれば良いのにと思っているかの様にジロジロみる彼女の様子にはもう慣れたもので、俺も彼女の姿を目に焼き付けるために足のつま先から頭の先まで見返してやる。
風紀委員であること以上に、根っから生真面目な彼女は、生徒手帳に貼付されてる夏服のイラストからそのまま抜け出して来たかの良いな姿だが、惚れた弱みでなんでも可愛く見えるのだからコスパのいい男だと自分でも思う。
きっちりと着る半袖のワイシャツから覗く白くて細い腕を掴んで引き寄せたら、どんな顔をするんだろうか。
つい思考が邪な方へズレていったのがバレたのか、軽く頭をはたかれる。

「早く行け!後ろが詰まる!」
「……すいません」

引き寄せたところで一瞬くらいはビックリしてくれるだろうがすぐこうやって手を挙げられて終わる気がするな。
彼女が誰かに怒鳴っている声を背中に聞きながら校舎へ向う俺の足取りは多分この場にいる誰より軽かったと思う。

5/28/2024, 2:23:48 PM