始まりには終わりがある、
その間に何があるかは分からないけど。
ダチが死んだ。私とした約束を残して。
まぁかぁぁあはんにゃぁぁあはらみぃぃたしんぎょぉ〜
どうやって出会ったかは分からない。でも、私はダチだと思ってた。なんにも考えられなくて、とりあえずいつものカッコで葬式場に来てみた。
お焼香して、手を合わせる。棺桶に入ったダチはいつもよりメイクが薄くて、違和感があった。
ダチの顔に触れてみる。冷たかった。これからやっと動き始めそうなくらい。気持ち悪さは感じるけど、なんか心地よくて。なんかおかしい。
何も言えなくて、言う言葉が出てこなくて。
電池切れの姿のダチをじっと見ているしかできなかった。
全身に力が入らない中、帰ろうとしているとおばさんから声をかけられた。
[あの、美和子さん、ですか?]
「はい?急になんですか。」
[美紗が、これを、あなたにって。]
ミサトってほんとはみさって言うんだ。
おばさんはどうやら、ミサト…みさの親戚らしい。
手には、カセットテープとライターとタバコがあった。
「え、いいんですか?あたし未成年ですよ。」
[えでも…美紗が渡してって言ってたから。持ってって。]
強引に渡されたそれは、ふんわりミサトの匂いがしたような気がする。ミサトが生き続けてるみたい。
―勝手に終わらさないでよ。
王冠をつけた黒い車が、あたしの隣を通り過ぎて行った。ライターを買いに、あたしはコンビニへ向かった。
【終わらせないで】
人に落ちていく瞬間というのは、割と身近にあって、本当に一瞬なんだと思う。
週末の夕方。
電車の中にいるのは、目が死んでいながらも休みに希望をもつ人々だ。私もそのうちの一人なのかもしれない。
就職が決まった時に母が買ってくれた鞄。
そこには私のたくさんのミスと、誰かの怒号が詰まった書類が山のように入っている。
私が家に帰るのは、1ヶ月ぶりだった。でも、会社ではそれがなかったことになる。残業代も、残業記録も残っていないからだ。
『次は〜』
電車のアナウンスは聞こえず、私は最寄りより少し遠いところで電車をおりてしまった。
何も考えず、真っ暗な道をフラフラ歩いていた。それがなんか面白くなってきて、
「ははっ、は、ふはは。」
笑いながら歩いていると、急に人とぶつかった。
「あっ、すいません。」
ぶつかった人は、そういう私を気にせずスタスタ歩いていった。
東京の人は言わないのか、そういうこと。
そう思いながら顔を上げる。そこに広がっているのはキラキラした照明に囲まれた街だった。就職する前から絶対行かないと決めていた街。でも、体はその街へと足を進めていた。
ボロボロになった街。でも、輝いていた。
[あの、すいません。]
突然、男性から声をかけられた。茶髪で、何もセットしていないボサボサの髪だった。
「は、はい。」
[あの、ハンカチ、落としてます。]
「あ、ありがとう、ございます。」
[あと、、あの、靴擦れしてます。]
「え?」
足元を見ると、足には赤い靴擦れが出来ていた。
[あの、よかったら、手当します。僕、お店近くなんで。]
「あ、え、いや。大丈夫です。あの家近いんで。」
[でも、お姉さん、結構歩きづらそう、]
不意に目が合ってしまった。前髪の向こうから見えたのは、何も知らないような目だった。就職したばかりみたいな、。
[とりあえず、行きましょう。あの、靴も余ってると思うんで。]
「は、はい」
[あの、利用しよう、とか、思ってないんで。ただ、心配で、]
「え、、、はい。」
ボロボロだけどキラキラした街で私はこの人に落ちてしまったのかもしれない。落ちてしまっても、いいのかもしれない。
【落ちていく】
『歪んだ世界』
あの子は変わった。
丁度、大学に入って2回目の紅葉を見た季節だった。初めは化粧が濃くなったなと感じるだけだった。おかしいなと思い始めたのは、いつも出ていた一限に出ていなかったことからだ。LINEの返信も遅くなった。
「ねぇ〜、みさとぉー。今日、ランチ行かない?」
『え、いいけど。』
講義が終わったあと、あの子から電話が来た。
カフェに行くと、彼女はヒラヒラと手を振った。久しぶりに会ったあの子の眼は、闇に堕ちていた。
「久しぶりぃー。」
『久しぶり…。』
気まずいながらも、久しぶりに沢山話した。話をしてくれるのが嬉しかった。
「あぁ〜。やっぱみさとおもしろー笑。
あ、あのさ話変わるんだけどさ…お金貸してくれない?」
巻いた黒髪を指でいじりながらあの子はそう言った。
『え?なんで、?』
「いやぁ、明日締め日でさ。担当NO.1にしたいから。」
『…は?』
「あ、担当って、ホストね。…あたしの担当見る?ちょぉかっこいいんだよねぇ。」
「将来、、結婚するの。だからお願い。貸して。」
『…いくら?』
「じゅぅまん…だめかな?」
お願いって手を合わせてお願いされた。
締め日って…きっとホストのことだ。
目の前で目をキラキラさせて見つめる彼女。
キラキラした瞳と相対的にあの子の顔が歪んでいく。私じゃダメなんだろうか。
【可愛い子猫】なんていわれなきゃ、あなたの心は満たされないのだろうか。それほどまでに、あの子はこわれていたのだろうか。
「私がやらないと、、、。」
目の前で全部がぼろぼろになった子猫は、暗転したであろう世界で、笑っていた。
穏やかなあの子の日常はもう、狂っているようだ。
【子猫】
『粧』
いつものバイト先に出かけるために私は化粧をする。
鏡に映る自分は今日も汚れている。化粧は私にとって、汚れた私を綺麗に見せるための作業だった。自分を隠す手段でもある。私は“美麗”。私は“美麗”
「ふぁ~、美麗おはよぉ〜。」
[玲奈おはよ。今日早いね。]
「うん。今日ね、ソラくんとのアフターなんだぁ!」
[そっか。楽しんできてね。]
「美麗もバイト頑張ってね!」
玲奈と住み始めてからおよそ半年。お互いに苗字も知らない。それがお互い心地ちょうど良かった。
玲奈は世に言うホス狂というものらしい。
1人の男性とご飯に行くために。派手な装飾の着いたシャンパンボトルを開けるために。一体、何枚のお札が飛んでいくのだろうか。
私には玲奈が“ソラくん”にすがっているようにしか見えなかった。でも、それが羨ましい気もする。
ドアの前で自分の顔を確認する。バイトはどんな格好で行ってもいいので気が楽だ。
大丈夫。言い聞かせるように頭の中で唱える。
「行ってきます。」
本当の私を知る者は誰もいない。隠し通してやる。
覚悟を決めて私はドアノブを捻る
誰も知らない、おねぇちゃんのために。
【鏡の中の自分】
「画面の向こう」
あの後、私はいつも以上に早歩きで帰った。バックの中に入る1枚のディスクに私は気が気ではなかった。
普通ならつけるはずのポータブルプレーヤーもつけるのを忘れていた。
妹の部屋で私は急いでDVDを入れた。四角い画面には一人の少女が映っていた。
黒髪でメイクもしていない。髪もコテで巻くには短い。西野カナの真逆のようなイメージだ。
それでも、何故か私は見入ってしまった。
『えーっと…。今これを見ているあなたへ。
こんにちは…。私、高橋紬です。突然ですが、私のお願いの代行をあなたへお願いしたいです。とりあえず、図書室。夏目漱石の[こころ]。牛みたいにゆっくりでいいから。』
そこで映像は途切れてしまった。妹にバレないようにディスクをきちんとケースにしまって私の部屋に向かった。ふとケータイを見ると、レナから連絡が来ていた。コムにも連絡が来ている。でも、なんか連絡する気になれなかった。
今日はメイク落として寝ちゃおっかな。今日盛ってなかったし。自堕落な私はそれしか浮かばなかった。
紬…さん?、誰なんだろ。夏目漱石の[こころ]忘れないように私は手に油性ペンで[こころ]と書いた。
眠りにつく前に私の頭の中は紬さんでいっぱいだった。
【眠りにつく前に】
〇あとがき
こんにちは。NNです。
前回の投稿のお話の続きを書きました。
よかったら読んでみてください。