『放課後』
一日の終わりを示すチャイムが人の声に包まれた教室に鳴り響いた。
[はい。じゃあ、気をつけて帰るよーに。]
[あ、中野はちょっと残って。じゃあさよーなら。]
え、嘘。えぇ…まじかぁ….。
何かしたかなぁと思いながら、私は散りゆく人を掻き分け先生の元へと向かった。
「なんですか?」
[ぁあ中野。お前さ、この前の図書委員サボっただろ。]
「あ。すいません、忘れてました。」
[司書の神田先生が資料渡したいって。]
「分かりました。ありがとうございます。」
口ではそう言いつつもわざわざ別の校舎の図書室に行くのはめんどくさかった。重たい足を動かし、私は窓から見える校舎に向かって歩いていた。
「し、しつれいしまぁす。」
中に入ると、中には誰もいなかった。先生を待つついでに、暫く本棚を眺めていた。
普通の人なら行けない受付にも行ってみた。
コロコロつきの椅子でぐるぐる回ってみたりもした。
あれ?何これ。
カウンターの下の方に、DVDのようなものが落ちている。ケースが茶色くなっているから長い時間ここにおいてあったのだろう。目をクラクラさせながら、私はケースを拾った。DVDにはキレイな字で〈あなたへ〉と書かれていた。
『あ…中野さん?放課後に来て貰っちゃってごめんね。』
「あ、いえ。暇だったので、全然。」
先生に言えばよかったのだが、私はDVDをカバンの中に入れていた。
――私が貴方と図書室で出会ったのは、きっと運命だと思う。
『踊りませんか?』
私はいつもひとりだった。
みんなそうなのかもしれない。でも、みんな手を取り合って生きてる。
支え合って、笑いあってる。泣いたとしても、笑ってる。泣けなかったとしても、それを隠して笑うのだ。
学校は“社会に出る練習”なんて大人は言う。でも、練習にしては難易度が高すぎる。辛すぎる、でも笑う。
それが出来ないから私はひとり。
学校に行って、ともだちに挨拶する。一日がすぎるうちに何度も何度も〈私が居なくてもいいんだろうなぁ〉と思う。
帰ってきてソファーに落ちる前に、手馴れた手つきで制服を脱ぐ。母が置いていった1000円で今日は何を買おう?何を買ったら笑えるのかな―
目を落とすとテーブルに化粧道具が置いてあった。
高そうなやつ。しかもたくさん。また男の人と出かけたのかな。私はお母さんのマネをして、化粧をした。我ながら上手くできた。服も、靴もお母さんのを借りて外に出た。
外を出ると、あたりは真っ暗だった。ハイヒールはとっても歩きにくかった。ドレスで歩幅は小さくなるし、ピチピチだ。夜の街はきらきらしててきれいだった。ぜんぶがぜんぶ。
その中でも、きらきらしてた場所に入った。 なにかのパーティー会場みたいだった。私と同じような格好をした女の子と髪をカチッと固めた男の子が笑って踊ってた。
踊り方がわかんないから、私は隅っこで夢の世界を見ていた。
そしたら、隅っこにいた男の子と目が合った。ニコって笑って、近づいてきて。
『こんにちは。あ、こんばんはか。』
「こ、こんにち、は。」
『はじめて?』
「う、うん。はじめて。」
『俺も。一緒。』
「そ、そうなんだ。」
『あの、お、俺と踊ってくれませんか?』
踊ってる時、私は自由に慣れた気がした。ほんとに笑えた気がした。自分がひとりじゃないって分かった気がした。
『夜景』
マンションの一室に、私は居た。
目の前には、倒れた人がいた。
もう二度と起き上がることはない。
ぼさぼさになった髪を解き、手ぐしを通そうとした。
紅く染った手や服を見て、私は罪を犯したことを悟る。
汚れてしまった服を脱いで、その部屋にあった服を着た。どの服も売れば、すぐ金になるようなものばかりだ。
罪を犯して気が抜けたのか、空腹が一気に襲ってきた。
手袋すればよかったと後悔しつつ、冷蔵庫に手をかける。
整頓された冷蔵庫には、昨日食べるであろう月見団子が置いてあった。
私は、月見団子を屍の隣で食べた。
20%の半額シールが貼られた月見団子はやけに味が濃い気がした。
電気をつけていない部屋は、月明かりに照らされている。窓から見える夜景は、この家に来た時と変わらずとても美しかった。
家の灯りの数だけ、灯りの数以上に人々は今日も息をしている。
最後の晩餐で、私は灯火の数々と命の美しさを、知った。
『突然の君の訪問。』
ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。《やっほー。》
高校生からひとり暮らしになった私には身の丈に合わない大きな部屋。そこに彼女の声は響く。
私は驚いた。だが自然とドアを開けた。彼女はボサボサの髪にボロボロの制服で、脚を引きづっていた。私は彼女を見て何も言えなかった。
[ねぇみてー。また、やられちゃった。]
作った泥団子を見せるように彼女は笑った。
「は、早く入りなよ。今日、酷くない?」
[えへへ。、やったぁ。]
そう言うと彼女は私に覆い被さるように、寄りかかってきた。彼女の重たい体を引きづりながら、私は椅子に座らせた。幾度も座りすぎて、ほぼ彼女の私物である。
実家から持ってきた救急箱で、私はテキパキと手当をした。
「今日は何人?」
[5人、、ぐらいかな。あ、もっと、いたかも。]
[あいつら、厚底か、ヒール、だったからさ。ちょぉ、痛い。]
彼女の傷は相当酷いものだった。切り傷や擦り傷はいつものものもあるが、今日のは酷すぎる。今日は骨折もしたのだろうか。
「はい。終わったよ。」
[んぁ、ありがとぉ。]
そう言うと、彼女は床によりかかるように座った。
私も隣に座ると、彼女はへへっと笑った。
[これ、いつまで、続く、のかな。]
「…どうだろ。」
[そつぎょう、したら、、どっかいこうね。]
「うん、、約束。」
気づくとお互いに泣いていた。でも、口は今日の月よりも、綺麗な三日月形をしていた。
私たちは、いつの間にか眠りについた。
あなたがいなくなったのは、みらいの話をしたあの日からだった。
『海へ』
あの日の後、私は何回か朝日さんのところに通った。
今日も、あの人の元に行こう。そう決めて、私はいつもの道を駆け下りた。ここに来るといつも胸が踊る。
でも、朝日さんの様子がおかしい。いつもピアノを弾いているのに、今日は私がいつも座る席に座っている。
[こんちは…]
「お!きた!まってたよ。おれ。」
入ってきた瞬間に畳み掛けられたので私は驚きを隠せなかった。
[え、あ…はい。]
「今日さ、ピアノ教室はお休みにして出かけない?」
「校外学習!あ、教室だから…室外学習か。行くよね?」
そう言いながら私にキラキラした瞳を向けてきた。
[あの、、行きたい、です。室外学習。]
「やった。決まり。おれ、こう見えてバイク乗れるんだ。乗って乗って!」
そう言って、彼はバイクを持ってきた。スクーターだった。
ヘルメットをつけ、後ろに座る。オドオドしていると、彼に手首を掴まれた。
「、ちゃんと掴まっててね。ケガしちゃうから。」
[は、はい。]朝日さんの背中は暖かかった。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
着いた先は、海だった。何年ぶりになるだろう。
[わぁっ。]
パシャ。朝日さんの方をむくとカメラを向けられていた。
[え、ちょ、消して、]
「あー。ごめん、これフィルム。現像したら見してあげる。」
悪戯気味に笑った彼に、そう言われた。
[じゃあ、それまで通います。これからもたくさん教えてください。]
「喜んで。」
そんな会話をしたあとは水掛けをしたり、砂浜でお絵描きをしたり、朝日さんとずっと笑っていた。
―帰りたくないと、思ってしまった。
現像した写真を見るのがちょっと楽しみな自分がいた。
《朝からの使者》EP.5 シャッターとあなた
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〇執筆日記
こんにちは。読んでくださり、ありがとうございます。
今、皆さんに読んでいただいた《朝からの使者》ですが私的にはまだ2人の物語を書きたいなと思っております。どうぞお付き合い下さい。
合間合間に短編も挟みますが、この作品を楽しんでいただけると嬉しいです。
このあとも、素晴らしい体験をお楽しみください。