捨てる。捨てない。一旦保留。
捨てない。捨てる。保留、かな。
捨てない。捨てない。す、捨てる?
保留。す、捨て――。
「だーっ! 無理~!」
「またかよ! 諦めるの早ぇな!」
折角分別した山にダイブした僕に隣から檄が飛んだ。
分かっている。居候している身分で、君のスペースまで侵食するほどに物を増やした僕が悪い。
彼の雷が落ちる前にと、自主的に整理整頓し始めたところまでは良かったのに。
なかなか思い切った決断が出来なくて、結局彼まで巻き込んで、断捨離を続行する羽目になっている。
「もう僕には無理だよ~。全部大事に思えてくるもん! 僕の馬鹿!」
「別に全部捨てる必要はねえだろ? 大切なものがあるなら取っておけばいいし。まずは分類してみろよ」
僕が飛ばした物を寄せ集めながらに彼が言う。
「事務所は広いし、まだ置き場所はあるからよ。ジャッジさえしてくれりゃ、その後も一緒に片付けてやるからさ」
「ほ、本当に?」
「本当ホント」
丸めた雑誌でぽんぽんと頭を叩かれる。
おかしいな。いつもなら鬼のように怒る君が、今日は神様のように見えてきた。
笑いかけてくれる笑顔が輝かしい。
「その代わり」
油断したところへ、彼の目がギラリと光る。
「これからはネットで衝動買いは控えろよ。努力は認めてやるから、ほら! もう一回やるぞ!」
「う、うん!」
前言撤回。やっぱり君は怒っていた。
これ以上怒らせる前に終わらせないと、今日のご飯は無いかもしれない。
心を入れ換え、問題の山と向き合った。
捨てる。捨てない。
い、一旦保留。
捨てる――。
(2024/08/17 title:051 いつまでも捨てられないもの)
*** Zzz... ***
(2024/08/13 title:050 心の健康)
風が吹いて、馴れ親しんだメロディーが運ばれて来る。
ライブでの十八番。インディーズの頃から歌い続けている私の定番曲だ。
顔を上げれば、待ち合わせの公園。
ベンチに座って私を待つ君を見付けた。
ヘッドホンを着けて、リズムに合わせて肩を揺らす。
鼻歌どころか、うっかり小声で歌っちゃってること、君は気付いているのだろうか。
学生の時から演技はピカイチで、今や注目株の俳優となった君だけど、相変わらず歌はちょっと苦手みたい。
私が歌うのとはちょっと違う。調子外れの歌声に、通りかかる人たちがこっそりと笑って過ぎて行く。
ちゃんと変装はしてきているからばれてはいないようだけど。皆さん、そこのちょっと陽気な音痴さんは、今期ドラマで活躍している若手俳優ですよ。
誰も気付いていないのと、本人も気にせずノリノリで口ずさみ続けているのが可笑しくて、私まで思わず笑ってしまった。
高校の頃から、変わらない。
何と言われようと応援し続けてくれた、君が好きだ。
その思いを書いた曲なんだけど、今も君は気付いていないみたい。
ファン一号だと豪語している癖に、肝心なところで節穴なんだから。
そんなところも含めて好きだけど。
「お。お疲れ! 待ってたよ」
彼の歌をもう少し聴いていたかったけれど、残念ながら向こうもこっちに気が付いたみたい。
私も変装しているのに、迷わず見付けてくれるとは流石です。
いつも君は遠慮するけれど、今日こそ、ご飯の後カラオケにでも誘おうか。
君の歌も聴きたいし、鈍感な君へその歌を、特等席で歌ってみせるとしよう。
(2024/08/12 title:049 君の奏でる音楽)
「何だこれ」
夜遅く、聞き込みを終えて事務所に帰ってみると、来客用も兼ねたローテーブルの上には小物がズラリと並べられていた。
日焼け止めローションにデオドラントシート。
ハンドタオルにアイスネックリング。
スポーツドリンクとサングラス。
他に大きなものでは男性用日傘や麦わら帽子まで。
選り取り見取りの暑さ対策グッズが所狭しと広げてある。
「おかえり~」
よくもここまでかき集めたものだと感心して見ていれば、物音を聞き付けて、奥の方から買い揃えたであろう本人が顔を出した。
麦わら帽子を掲げてみせて、寄ってくる相棒へ問いかける。
「どうしたんだ、こんなに。おまえ外に出ないだろう?」
「ううん。君に使ってもらおうと思って用意したんだよ~」
「えっ俺に?」
驚いて、手持ち無沙汰にくるくると回していた麦わら帽子を取り落とした。
拾い上げ、テーブルの上の小物と相棒を見比べる。
この一式全部、俺用に?
こんなに沢山、急に何故。
「ひょっとして、海か山に行く依頼でも入ったのか?」
「違うよー。普段から外に出るときに使った方が良いでしょ。毎日死ぬほど暑いんだからさ」
「え、ええ~?」
出た。こいつの過剰なお節介。
心配してくれるのは構わないが、時折こうやって暴走するのが厄介だ。
「要るか? こんなに。この中の一個か二個で充分だろ」
「何言ってるの!」
戸惑って不満をそのまま口にすれば案の定、機嫌を損ねた相棒は頬を膨らませてぶすくれた。
「ニュースでも厳重な警戒をって言ってるでしょ! 君は無頓着過ぎ。暑いって愚痴る癖に、いっつも軽装で出て行くから心配だよ!」
「そうは言っても、聞き込みするのに重装備も邪魔で変だろう? 全部着けてみろ。逆にこっちが不審者だ」
「ダメダメ! 太陽のパワーを甘く見ちゃいけないよ。あいつはその光だけで吸血鬼を殺せるんだから。馬鹿にしてると人間だって死ぬよ!」
そこを言われると反論もしづらいところだ。
言い返す言葉もなくなって、テーブルに置かれた装備品を睨み付けた。
確かに、冗談じゃなく最近の暑さは死ぬレベルだ。熱中症で搬送、最悪亡くなるニュースも後を断たない。
日傘を差して出歩く男を見るのも珍しくなくなってきた。
ここは大人しく相棒の助言に従うべきか。
「にしても、流石に一度に全部は使えねーかな……」
ハンディファンの電源を入れて風を浴びる。
うん、まあ涼しいかな。
渋々折れた俺に満足し、無理やり麦わら帽子を被せて相棒がにっこり笑う。
「大丈夫、だいじょーぶ。ちゃんと似合ってるよ!」
「はいはい」
まあ、心配かけていたのは事実だし。
ここは気持ちを有り難く受け取っておくとしよう。
使いこなしはその次だな。
明日からの自分の姿を想像し、相棒には内緒でこっそり笑った。
(2024/08/11 title:048 麦わら帽子)
「三十七度……」
天気予報が知らせる最高気温にげっそりと呟いた。
今日の仕事の予定は外での聞き込み。ターゲットが贔屓にしている店などを訪ねて歩こうと思っていたが、あちこち動き回るにはしんどい気温の高さに、外へ出るのを躊躇してしまう。
けれども、昨日も同じ理由で予定を変更している。
そう毎日延期にもできないし、依頼の消化は早いに越したことはない。
仕方がない。今日は諦めて外へ出るか。
「うわ~。今日も外は暑いんだね。気を付けて出掛けておいでよ~」
決心してのそりと立ち上がれば、隣に転がる相棒からふわふわとエールを送られた。
こいつは良いよな。外に出ないんだから。
「まったく他人事みたいに言いやがって」
「だってしょうがないじゃ~ん。その分、こっちの仕事はきっちりやるからさ!」
どでかいソファーに寝そべって、ノートパソコンを弄る姿は何とも優雅なものだ。
これから猛暑の中へ繰り出す自分とは対照的に余裕な様に、ついつい嫌みの一つや二つ言いたくなる。
しかしながら、こいつの言う通り。こればっかりは代わりようがないことなので諦めるしかない。
仕事はシビアにこなしたいスタンスの俺だって、流石に吸血鬼のこいつへ、日中の聞き込みに行って来いと言うほど鬼ではない。
人間にとっても連日死にそうな暑さだが、こいつにしてみればちょっとした日差しでさえも命取りだ。
だから、ここは適材適所。
俺が足を使って聞き込みをする間、相棒のこいつには、SNS関連のネット絡みから集められる情報を探るように任せている。
本人曰く、「引きこもりスキルを駆使した情報収集は大得意」だそうで。
実際にそれで、なかなか精度の高い情報を見付けてくるのだから侮れない。
そういう訳で、俺らにとっては利に叶った役割分担なのだ。
お互いに納得した上でのことだから、いくら酷暑でも、炎天下の外へは俺が行くしかないのである。
「なあ。たまには交代とか……」
「じょ、冗談でしょ!」
「だよな」
無理な相談なことは分かっていた。俺らしくない、女々しい冗談でも、何となく言ってみたかっただけだ。
まずいな。弱気に拍車がかかる前に、とっとと出掛けて終わらせて来るとしよう。
「太陽もたまにはお休みすればいいのにね」
「本当にな」
見送る相棒に手を振って、涼しい事務所を後にした。
(2024/08/06 title:047 太陽)