ヒロ

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8/18/2024, 9:59:24 AM

捨てる。捨てない。一旦保留。
捨てない。捨てる。保留、かな。
捨てない。捨てない。す、捨てる?
保留。す、捨て――。

「だーっ! 無理~!」
「またかよ! 諦めるの早ぇな!」

折角分別した山にダイブした僕に隣から檄が飛んだ。
分かっている。居候している身分で、君のスペースまで侵食するほどに物を増やした僕が悪い。
彼の雷が落ちる前にと、自主的に整理整頓し始めたところまでは良かったのに。
なかなか思い切った決断が出来なくて、結局彼まで巻き込んで、断捨離を続行する羽目になっている。

「もう僕には無理だよ~。全部大事に思えてくるもん! 僕の馬鹿!」
「別に全部捨てる必要はねえだろ? 大切なものがあるなら取っておけばいいし。まずは分類してみろよ」
僕が飛ばした物を寄せ集めながらに彼が言う。
「事務所は広いし、まだ置き場所はあるからよ。ジャッジさえしてくれりゃ、その後も一緒に片付けてやるからさ」
「ほ、本当に?」
「本当ホント」
丸めた雑誌でぽんぽんと頭を叩かれる。
おかしいな。いつもなら鬼のように怒る君が、今日は神様のように見えてきた。
笑いかけてくれる笑顔が輝かしい。

「その代わり」
油断したところへ、彼の目がギラリと光る。
「これからはネットで衝動買いは控えろよ。努力は認めてやるから、ほら! もう一回やるぞ!」
「う、うん!」
前言撤回。やっぱり君は怒っていた。
これ以上怒らせる前に終わらせないと、今日のご飯は無いかもしれない。
心を入れ換え、問題の山と向き合った。

捨てる。捨てない。
い、一旦保留。
捨てる――。


(2024/08/17 title:051 いつまでも捨てられないもの)

8/13/2024, 9:01:13 PM

近頃、職場であまり怒らなくなった。

先日の面談でも指摘されたところを見るに、自分の自覚だけでなく、周りから見てもこの変化は確かなものであったらしい。

いや、そもそもの話。社会人として職場で怒りを爆発させるのは良くないことだと百も承知している。
分かってはいるが、過去の怒りっぽかった自分について一応の言い訳をさせてもらうのならば、私の職場は医療機関の一つ。
医療事故を未然に防ぐ意識をもって業務に当たるのは心構えとして当たり前。
それなのに、ヒヤリハットの観点から見ても、明らかな手順違いや勝手な解釈で雑な作業を行うスタッフに、物申したくなった私の気持ちも察して欲しい。
再三の指摘にも無視をして、憮然と仕事を続行する様には堪忍袋の緒が切れた。
堪らず当時の上長へ異議を唱えれば、
「地元で有名なクリニックの息子さんだから注意できない」
と言って庇い続け、挙げ句の果てには私の方が悪者になる始末。
日頃から頓珍漢なことをのたまうおかしな御仁だったが、 この日を境に彼らへの信用が地に落ちたのは言うまでもない。
百歩譲って。嘘も方便に、「ご時世上、ちょっとの注意もパワハラになりかねないから」などとでも話してくれていれば、私の溜飲も下がって拗れずに済んだだろうに。
今思い返しても気分の悪くなる話である。

さて。そのような経緯もあって、腸が煮え繰り返ることも度々あった私だが、冒頭にて述べた通り、めっきりと怒らなくなった。
まあ、細かいことを申せば、不満に思ったり、怒れることは未だにある。
それでも目に見える変化があったのは何故だろうか。

怒る必要がなくなった――と言えたら一番理想的だが、おそらくそうではない。
某クリニックの息子は今も在籍しているし、おかしなことも忘れた頃にやらかしてくれている。
懲りない勤務態度にいよいよ愛想が尽きて、目くじら立てる気も失せてきた。という面も大きい気がするが、それよりも、気をそらせる趣味や楽しみで、プライベートのときに心をリセット出来るようになったからのように思えている。

簡単レシピでお店並みのご飯が食べられた。
お見舞いに行ったときに祖父の笑顔が見られた。
心待ちにしていた漫画の続きが読めた。
アカペラ動画のハモリに感動した。
推しているシリーズの続編制作発表に歓喜した。
リスペクトしている脚本家さんの愛読書に、自分も好きな本のタイトルを見付けて舞い上がった。

そういった小さな喜びの積み重ねで、仕事のときに生じたマイナスの感情を相殺、或いは塗り替えられるようになっていたのではないのかと分析する。
とは云えこれらだって、事柄は違えど以前から続いていることなので、どうして急にプラスとして大きく作用するようになったかははっきりしない。

まあ、強いて上げるとするならば。
その楽しみの中の一つとして、今年になって気紛れに始めた、この『書く習慣アプリ』が一役買っているところもあるのかもしれない。
本来ならば、一番の趣味は絵を描くこと。けれども最近は、昔のような頻度ではなかなか描くことが出来ていない。
年に一回、年賀状のイラストを描くくらいなのが寂しいところだ。
そういった知らずのフラストレーションも。次点で好きだった物書きの真似事をすることで、発散できるようになったことが一番の変化だったかもと、今更ながらに気が付いた。

お世辞でも何でもなく。
フィクションの空想話だったり、ノンフィクションで日記めいた話であったり。
くたびれて書けない日もままあるが。
徒然と思うままに吐き出すことが、日々のメンタル維持に、案外大切だったのかもしれないと、そう思う。


(2024/08/13 title:050 心の健康)

8/13/2024, 10:00:40 AM

風が吹いて、馴れ親しんだメロディーが運ばれて来る。
ライブでの十八番。インディーズの頃から歌い続けている私の定番曲だ。
顔を上げれば、待ち合わせの公園。
ベンチに座って私を待つ君を見付けた。

ヘッドホンを着けて、リズムに合わせて肩を揺らす。
鼻歌どころか、うっかり小声で歌っちゃってること、君は気付いているのだろうか。
学生の時から演技はピカイチで、今や注目株の俳優となった君だけど、相変わらず歌はちょっと苦手みたい。
私が歌うのとはちょっと違う。調子外れの歌声に、通りかかる人たちがこっそりと笑って過ぎて行く。
ちゃんと変装はしてきているからばれてはいないようだけど。皆さん、そこのちょっと陽気な音痴さんは、今期ドラマで活躍している若手俳優ですよ。
誰も気付いていないのと、本人も気にせずノリノリで口ずさみ続けているのが可笑しくて、私まで思わず笑ってしまった。

高校の頃から、変わらない。
何と言われようと応援し続けてくれた、君が好きだ。
その思いを書いた曲なんだけど、今も君は気付いていないみたい。
ファン一号だと豪語している癖に、肝心なところで節穴なんだから。
そんなところも含めて好きだけど。

「お。お疲れ! 待ってたよ」

彼の歌をもう少し聴いていたかったけれど、残念ながら向こうもこっちに気が付いたみたい。
私も変装しているのに、迷わず見付けてくれるとは流石です。
いつも君は遠慮するけれど、今日こそ、ご飯の後カラオケにでも誘おうか。
君の歌も聴きたいし、鈍感な君へその歌を、特等席で歌ってみせるとしよう。


(2024/08/12 title:049 君の奏でる音楽)

8/12/2024, 10:01:50 AM

「何だこれ」
夜遅く、聞き込みを終えて事務所に帰ってみると、来客用も兼ねたローテーブルの上には小物がズラリと並べられていた。

日焼け止めローションにデオドラントシート。
ハンドタオルにアイスネックリング。
スポーツドリンクとサングラス。
他に大きなものでは男性用日傘や麦わら帽子まで。
選り取り見取りの暑さ対策グッズが所狭しと広げてある。

「おかえり~」
よくもここまでかき集めたものだと感心して見ていれば、物音を聞き付けて、奥の方から買い揃えたであろう本人が顔を出した。
麦わら帽子を掲げてみせて、寄ってくる相棒へ問いかける。
「どうしたんだ、こんなに。おまえ外に出ないだろう?」
「ううん。君に使ってもらおうと思って用意したんだよ~」
「えっ俺に?」
驚いて、手持ち無沙汰にくるくると回していた麦わら帽子を取り落とした。
拾い上げ、テーブルの上の小物と相棒を見比べる。
この一式全部、俺用に?
こんなに沢山、急に何故。
「ひょっとして、海か山に行く依頼でも入ったのか?」
「違うよー。普段から外に出るときに使った方が良いでしょ。毎日死ぬほど暑いんだからさ」
「え、ええ~?」
出た。こいつの過剰なお節介。
心配してくれるのは構わないが、時折こうやって暴走するのが厄介だ。
「要るか? こんなに。この中の一個か二個で充分だろ」
「何言ってるの!」
戸惑って不満をそのまま口にすれば案の定、機嫌を損ねた相棒は頬を膨らませてぶすくれた。
「ニュースでも厳重な警戒をって言ってるでしょ! 君は無頓着過ぎ。暑いって愚痴る癖に、いっつも軽装で出て行くから心配だよ!」
「そうは言っても、聞き込みするのに重装備も邪魔で変だろう? 全部着けてみろ。逆にこっちが不審者だ」
「ダメダメ! 太陽のパワーを甘く見ちゃいけないよ。あいつはその光だけで吸血鬼を殺せるんだから。馬鹿にしてると人間だって死ぬよ!」
そこを言われると反論もしづらいところだ。
言い返す言葉もなくなって、テーブルに置かれた装備品を睨み付けた。
確かに、冗談じゃなく最近の暑さは死ぬレベルだ。熱中症で搬送、最悪亡くなるニュースも後を断たない。
日傘を差して出歩く男を見るのも珍しくなくなってきた。
ここは大人しく相棒の助言に従うべきか。
「にしても、流石に一度に全部は使えねーかな……」
ハンディファンの電源を入れて風を浴びる。
うん、まあ涼しいかな。
渋々折れた俺に満足し、無理やり麦わら帽子を被せて相棒がにっこり笑う。
「大丈夫、だいじょーぶ。ちゃんと似合ってるよ!」
「はいはい」
まあ、心配かけていたのは事実だし。
ここは気持ちを有り難く受け取っておくとしよう。
使いこなしはその次だな。
明日からの自分の姿を想像し、相棒には内緒でこっそり笑った。


(2024/08/11 title:048 麦わら帽子)

8/7/2024, 3:31:30 AM

「三十七度……」

天気予報が知らせる最高気温にげっそりと呟いた。
今日の仕事の予定は外での聞き込み。ターゲットが贔屓にしている店などを訪ねて歩こうと思っていたが、あちこち動き回るにはしんどい気温の高さに、外へ出るのを躊躇してしまう。
けれども、昨日も同じ理由で予定を変更している。
そう毎日延期にもできないし、依頼の消化は早いに越したことはない。
仕方がない。今日は諦めて外へ出るか。

「うわ~。今日も外は暑いんだね。気を付けて出掛けておいでよ~」
決心してのそりと立ち上がれば、隣に転がる相棒からふわふわとエールを送られた。
こいつは良いよな。外に出ないんだから。
「まったく他人事みたいに言いやがって」
「だってしょうがないじゃ~ん。その分、こっちの仕事はきっちりやるからさ!」
どでかいソファーに寝そべって、ノートパソコンを弄る姿は何とも優雅なものだ。
これから猛暑の中へ繰り出す自分とは対照的に余裕な様に、ついつい嫌みの一つや二つ言いたくなる。
しかしながら、こいつの言う通り。こればっかりは代わりようがないことなので諦めるしかない。
仕事はシビアにこなしたいスタンスの俺だって、流石に吸血鬼のこいつへ、日中の聞き込みに行って来いと言うほど鬼ではない。
人間にとっても連日死にそうな暑さだが、こいつにしてみればちょっとした日差しでさえも命取りだ。
だから、ここは適材適所。
俺が足を使って聞き込みをする間、相棒のこいつには、SNS関連のネット絡みから集められる情報を探るように任せている。
本人曰く、「引きこもりスキルを駆使した情報収集は大得意」だそうで。
実際にそれで、なかなか精度の高い情報を見付けてくるのだから侮れない。
そういう訳で、俺らにとっては利に叶った役割分担なのだ。
お互いに納得した上でのことだから、いくら酷暑でも、炎天下の外へは俺が行くしかないのである。

「なあ。たまには交代とか……」
「じょ、冗談でしょ!」
「だよな」
無理な相談なことは分かっていた。俺らしくない、女々しい冗談でも、何となく言ってみたかっただけだ。
まずいな。弱気に拍車がかかる前に、とっとと出掛けて終わらせて来るとしよう。
「太陽もたまにはお休みすればいいのにね」
「本当にな」
見送る相棒に手を振って、涼しい事務所を後にした。


(2024/08/06 title:047 太陽)

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