あっちへウロウロ。こっちへウロウロ。
お惣菜屋さんの前で思案する。
コロッケにメンチカツ。
お店が変わってハンバーグに焼き鳥と、向こうの方には焼売か。
種類にお値段もそうだけど、家族の人数で割り切れるかも重要だ。
去年までは祖母も居たから六の倍数で揃えるのは大変だった。
亡くなってしばらくはよく、おかずを数えて、
「ろく……じゃないか。五でいいんだっけ」
と、お店の前で独りしょんぼりしたものだ。
それから半年もしないうちに、今度は祖父が入院、退院後は施設へと移ってしまい、またもや家にいる家族が減ってしまった。
今では四の倍数と、すっかりご飯のための買い物がしやすくなってしまったのがやっぱり寂しい。
幼い頃から六人家族でずっと過ごしてきたから、最近になって変わっていく日常に上手く付き合い切れないでいるのが否めない。
目ぼしいおかずをかごに揃え、ふと売り場を見れば、みたらし団子とお稲荷さんが残っていた。祖母の好物だ。
立ちはだかる人混みをすり抜け、さっとかごに確保する。
帰ったら仏壇にお供えしよう。
結局、家族を思う気持ちは何だかんだで変わらない。
この際だから、祖父の面会に持っていく手土産も探そうか。
レジへ向けた足を翻し、和菓子コーナーへと狙いを変えた。
祖父の好きな大福セットは残っているだろうか。
売り場が近付き、遠目に目当ての大福が並んでいるのが見て取れた。
よし、あれも買って帰るぞ!
楽しみに待っててね、おじいちゃん。
(2024/06/22 title:040 日常)
「書く習慣アプリ」なんてものに手を出しているくらいなのだから、昔から読書は大好きである。
好みのジャンルを読み漁った末に「自分も書いてみよう」と、ペンを取るなり、パソコンやスマホで執筆するようになったのは、皆似たような経緯ではなかろうか。
近頃は疲労が貯まるばかりで。小説にしろ漫画にしろ、ビニールカバーを剥いてすらいない積ん読が増えていくのが悲しいところである。
本を広げたまま居眠りしてしまうなんて昔は無かったのになあ。
通勤時間の合間だけじゃなく、腰を据えて、寝食忘れて夢中に読み進められる時間と体力が欲しいものだ。
さて、「好きな本」か。浮かんでくるものが多くて絞り切れない。どの本のことを話そうか。
うーむ。
こうやって文字を打っているくせに、先に浮かぶのが漫画で申し訳ないが、やはり田村由美先生の「BASARA」は外せないバイブルの一つだ。
私の世代が読むには少し一昔前となる作品で、多分自分の興味だけでは出会うことは無かった作品だ。
切っ掛けは、知り合いのお姉さんがオタク卒業を機に、断捨離のように大量に譲ってくれた古い漫画本の中に入っていたのを見付けたところからだった。
後の「7SEEDS」やその他の短編にも共通するように、様々な登場人物たちが織り成す群像劇はとても魅力的で。
段ボールから取り出しては、目が離せないストーリー展開に夢中になったものだ。
そうして最終巻だと思い、覚悟して読み進めた十五巻。何とそれは超気になるところで終わる物語の転換部で。
驚いて段ボール内を探すもその続きは入っておらず。
続きが読めない事態にショックを受けたのを今でも覚えている。
当時はまだ単行本からの文庫版化もされておらず、電子書籍版で読むという手段もない頃で。
連載が終了して旬を過ぎた作品の続刊を書店で買い集めることは難しく、その先を読み進めることを一度は泣く泣く諦めた。
しかしながら、その後に奇跡が起きた。
ぽろっとその事を友人に漏らしたところ、何と友人の姉が全巻持っているという巡り合わせがあったのだ。
友人と通う大学は別だったものの、通学で一緒になる最寄駅で示し合わせては貸し借りをして。
無事最後まで読破をした思い出が懐かしい。
そんな思い入れもあり。晴れて文庫版も発売された現在は、ばっちり買い揃えて本棚に収まっている大事な本である。
近年は「ミステリと言う勿れ」のドラマ化や映画化で話題となり、大好きな先生の作品が注目されて、ファンとしても嬉しい限りだった。
それだけに、ドラマ化に際しての改変は物申したいところがあって残念である。
ただ、そうは言っても、菅田将暉扮する整くんの活躍をもっと見たいとも思っているので、映画化記念の単発ドラマのように、いつかまた続きを製作してもらえたらな、と期待している。
(2024/06/15 title:039 好きな本)
中学最後に応募した作品展で、俺が描いた絵が入賞した。
表彰後、入賞者の絵は市内のショッピングモールで飾られると聞かされて。
いつもならそんな展示に興味はないけれど。
同世代の他の人たちは、一体どんな絵を描いたのか。
気紛れに、何故だかふと気になって。
家族との買い物ついでに、展示会場へもふらりと立ち寄った。
その時だ。
俺の隣に飾られた君の絵に、思わず目を奪われたのは。
黄色に緑という優しい色使いは、俺と同じテーマのはずなのにまた違う雰囲気で。
こんな描き方もあったのか、と目から鱗ですっかり魅せられた。
その絵を描いた女の子の名前は印象深く覚えていて。
季節は巡って受験も終わり、無事に入学した高校での初日。
昇降口に貼り出されたクラス分け一覧の中に、あの子の名前を見付けたときはとても驚いた。
残念ながら、彼女と俺は違うクラスで。
同姓同名の別人の可能性も考えると、わざわざ声をかける勇気は出せなかった。
入部した美術部にも彼女は現れなかったから、ただ同じ名前の人違いかも、と。その時は接点を持つ機会を諦めた。
それでも、やっぱり。
彼女の存在は何となくずっと気にかかり。
高校ではもう絵を描かないのか、とか。
趣味と部活は別にしたいのかも、だとかの勝手な想像は膨らんで。
一度は知り合いに尋ねて、彼女がどの子か教えてもらったりもしたけれど。
廊下からちらりと覗いた件の彼女は、遠目にも分かるほどに大人しそうな女の子で。
俺なんかがうっかり勢いで声をかけでもしたら怖がらせてしまいそうな印象に、結局話しかけることはしなかった。
そんな感じに踏ん切りのつかない思いを何度か繰り返して。
彼女のことを頭の片隅に残したまま、そうこうしている内に季節は移り変わって秋となった。
俺が入った美術部は、あまり活発な活動はしておらず。
そもそも、四月に入部した時点で部員は三年生しか残っていなかったのだ。
受験を控えた先輩たちは殆ど部活には顔を出さない上に、悲しいことに俺以外の新入部員も入らなかったから、放課後はほぼ一人でひたすら絵を描く毎日。
おかげで文化祭を飾る作品の数には困らなかったけれど、流石に俺一人で展示スペースの切り盛りは出来なくて。
仕方がないから先輩たちと相談して、当日は交代の当番制で会場の番をすることで落ち着いた。
先輩たちの絵はほんの少しで、残りの殆どが俺が描いた作品たち。
先輩たちにも許可を得て、俺の作風に合わせて、宇宙空間のような装いに飾り付けたスペースはまるで俺の個展会場のような様相で。
作品もデコレーションも満足のいく仕上がりとなり、文化祭当日がちょっと楽しみになっていた。
ただし、そうは言っても。美術部員の数からもお察しのように、この高校の生徒は美術分野への関心は薄いようで。
ある程度予想出来ていたとは云え、美術部のスペースを訪れる人数はとても少なかった。
先輩と当番を交代した午後の時間。
展示した作品に悪戯をする者が居ないかを見張りつつ。
時折質問をして来る同級生や先生の相手も一段落して、同じようなやり取りの繰り返しに飽きてあくびが出だした頃、転機が訪れた。
あの、ずっともやもやと気にかかっていた女の子が独りスペースを訪れたんだ。
この間までの臆病はどこへやら。
願ってもない大チャンスに、すぐにでも声をかけようと受付の椅子から腰を浮かせたが、真剣に俺の絵を見て回る彼女の姿に、邪魔をしてはいけないと我に返った。
でも、その我慢も長くは続かなくて。
わざわざ興味を持って展示を見に来てくれたのだから、もう去年の絵の主で確定だろ、とか。
絵のことで何か尋ねてくれやしないだろうか、とか。
うずうずと沸き上がる好奇心を持て余し、会場を一巡りする頃合いを見計らって声をかけてみた。
「気に入ってもらえた?」
しかしながら、早速初手からアプローチを間違えた。
後ろから声をかけたせいもあって、彼女をとても驚かせてしまったようだ。
振り向いた彼女と目が合うのも束の間に、俺を見るなり、みるみる内に顔を真っ赤に縮こまってしまったのだ。
ああ、やってしまったよ。
これじゃあ、折角話しかけたところでゆっくり話も出来やしない。
何かお詫びになるものを、と考えるも、やはり俺から返せるものは絵くらいしか思い浮かばず。
彼女の側を離れて、思い付きのままに受付テーブルの方へと引き返した。
少数だが物販の品として、今回の展示品をポストカード化したものが幾つかある。
「どの絵が気に入ったの?」
簡単に質問を重ねて、彼女の好みを探ってみる。
彼女の焦りも徐々に落ち着いて。
教室をぐるりと見回して、指差しで俺の質問に答えてくれたから、それと同じ絵のポストカードを用意した。
さらさらとペンを動かして、彼女が好きだと答えたキャラクターを描き加える。
吹き出しで「ごめんね」と、謝罪の言葉も忘れずに。
少し迷ったけれど、アルファベットで小さく俺の名前もちゃっかり書き添えた。
それを持って、彼女が待つ壁際まですぐに戻ったんだ。
とっさの思い付きだったけれど、即席のメッセージカードは効果抜群で。
立ち尽くす彼女へ手渡せば、たちまち彼女は顔を綻ばせた。
驚きながらも、嬉しそうに俺とカードを見比べる様に、こちらまで笑顔がこぼれてしまう。
良かった。喜んでもらえたならば何よりだ。
――だからね、うっかり油断してしまったんだ。
「折角なら、描いているところも近くで見させてもらえば良かったな」
彼女の警戒も解けただろう。と、俺まで安堵したところに、そんなぽつりとした呟きが耳に入ったものだから。
「え。いいよ?」
嬉しい一言に、思わずこちらも反応した。
「描いてるところ、見たいんでしょ? 俺、描いてるとき周りの視線とか気にならないから構わないよ。ほら、こっちにどうぞ」
急いで受付の机まで戻り、避けてあった椅子ももう一脚用意して手招きした。
そんなお節介が過ぎたのかな。
さっきまで笑ってくれていたのに、彼女の顔は真っ赤に逆戻り。
「し、失礼しました!」
一言叫んで教室を飛び出した彼女は速かった。
慌ててその後を追うも、既に廊下に彼女の姿は見えなくて。遠くの階段を、バタバタと駆け降りる足音だけが反響していた。
「ま、マジで~」
予想外の展開に戸口にへたりと座り込んだ。
いや、予想外という訳でもないか。
大人しそうな雰囲気は以前から感じ取っていたのだから、このくらいのことは想定しておくべきだったかもしれない。
折角の機会を不意にして、ああすれば良かったなどと今更ながらに後悔の念が渦巻いた。
「どうすっかなあ」
直ぐにでも追いかけたいところだけれど、残念ながら今それは出来ない。
文化祭が終わるまでは、このスペースを離れられないからだ。
だから、次のチャンスは明日以降。
幸い、彼女のクラスは知っている。
ここまで来たら、彼女としっかり話をしたい。
もう俺のことは知ってもらえたのだから、こうなったらあとはもう当たって砕けろだ。
彼女のクラスへ向かったら、まずは何から話そうか。
何度も驚かせてしまった謝罪をして。
そして、今度こそ去年から知りたかったことを聞いてみたい。
ねえ、あの時の絵は君が描いたの?
絵を描くことが好きだったら、美術部に興味はありませんか?
もし。もしも答えがイエスなら、俺は君を歓迎するよ。
(2024/05/29 title:038 「ごめんね」)
さてさて、今日はどの服を着て行こうか。
最高気温が二十六度で、最低気温が十六度?
ええ~。昼と夜で十度も差があるの?
悩ましいなあ。最近の一日で夏と冬が一度に来るような気温差はどうにかならないものか。
毎日服装に迷って仕方がない。
と言っても、元は人間が原因の異常気象なのだから、我々の自業自得なんですけれどね。
それはさておき、本当に何を着ようかしら。
二十五度を超えるなら、やっぱりここは半袖のブラウスか。
帰りが夜の九時は過ぎる予定だから、そちらに合わせるならば薄い長袖でも良いところ。
けれども、近頃は職場のエアコンの調子もまた当てにならないしなあ。
うーん。ここは昼間の快適さを優先して半袖かな?
上から白衣も着ることだしね、そうしよう。
一応帰りの気温に合わせてカーディガンも持って行くとするか。
荷物が増えるけど、少しの重みくらい我慢だ我慢。
健康第一。風邪でも引いたら面倒だもの。
温度調整出来るようにしないとね。
よし、これで今日の服装も完成だな。
時間も頃合いだし、そろそろ仕事へ出かけるとしよう。
外へ出れば、昨日の悪天候が嘘のような晴れ模様。
うん。やっぱり半袖で正解だ。
日差しもギラリ。暑い一日になりそうだ。
それではいよいよ、行ってきます!
(2024/05/28 title:037 半袖)
疲れた。ああ疲れた!
あのくそ野郎、チョロチョロ移動しまくって。尾行して追っかけるこっちの身にもなれってんだ。
おかげで浮気の証拠はばっちり揃ったが。
何が休日出勤の出張だ。こんな夜中まで女と遊び回りやがって。
絶対ばれねえと思って安心してんだろうな。
全然振り返りもしねえし。
だいたい、奥さんはとっくに感付いてんだよ。おめでたい奴。舐めんじゃねえよ。
俺が一部始終を見ているとも露知らず。
件のカップルは別れ際にしっかり抱き合うと、互いに投げキッスまで残して漸く側を離れて行った。
「さて、と」
今のもしっかり写真に納めたし、これでこの件も粗方終わりだな。
あとは依頼人と連絡取って、調査結果を報告すれば終了だ。
俺もさっさと帰るとしよう。
二人の後を追っている間に日付も変わって、時刻はもう深夜一時近くとなっていた。
疲れた。すっげえ疲れた。
奴らを追いかけ回った肉体的な疲労も勿論だが、奥さんの気持ちなんか微塵も考えていない、馬鹿騒ぎみたいなデートには吐き気がして、こちらまでごっそりメンタルが削られた。
仕事だからとやりきりはしたが、しばらく浮気の素行調査はやりたくねえな。
報告書のまとめは一旦置いといて、今はとにかく帰って休みたい。
事務所まで帰る道すがら、ただそれだけを考えて暗い夜道を急ぎ車を走らせた。
それなのに。
「おっかえり~!」
事務所に到着して早々。
扉を開けるなり、騒がしい馬鹿と爆ぜるクラッカーが俺を出迎えた。
奴が夜に元気なのは元々だ。吸血鬼の性だから仕方がない。
それにしても、今日は一段と浮かれている。
満面の笑顔の馬鹿の頭の上にはパーティー用の三角帽子。
視線を外してその後ろを伺えば、来客用テーブルにはサラダに始まって肉料理、高い酒までが所狭しと並んでいた。
「――何だこれ」
訳の分からない状況に、疲れでツッコミも追い付かない。
戸惑う俺を他所に、元凶の馬鹿は「え~ノリ悪~い」とブー垂れた。
「いやマジで。何のパーティーだ? 騒ぎたいなら昼間にしろよ。夜中だぞ」
「やだー。ちょっと、何そのリアクション。まったくピンとも来てないの? 人間は短命だけど、流石に呆けるにはまだ早いでしょ。しっかりしてよ探偵さん」
「ちょ、やめろって!」
奴が近付いて、からかうように頬を突っつかれる。
うざい煽りから逃れるため、立ち尽くしていた入り口から中へ進んで遠ざかる。
そうして初めて、壁に掲げた日めくりの日にちが目に留まった。
依頼人から謝礼と一緒にもらって、何となく下げているだけのカレンダー。
めくり忘れることも多いその日めくりが、今はしっかりと更新されている。壁のパーティー飾りと一緒にデコられて、電飾に彩られピカピカと輝いていた。
日付が変わった今日は――。
「俺の、誕生日?」
漸く合点がいった。
振り向けば、にんまりと笑った相棒とばっちり目が合う。
「そうだよー。やっと気が付いてくれた?」
「俺、おまえに教えたか? 誕生日なんて」
「バーのお姉さんに聞いたんだよ。あと、念のため間違ってると恥ずかしいから、君が寝ている間に免許証を失敬してね」
マジか。油断も隙もあったもんじゃない。身内とはいえ、所持品管理には気を付けねえと。
「さあさあ。これで理由は分かったでしょ! いつもお世話になってるし、一番にお祝いしたかったんだ~。早く食べよ!」
呆気に取られている間に背中を押され、テーブル前のソファーに座らされた。
御馳走の匂いに釣られて腹も鳴る。
そういえば、見失わないように尾行するのに必死で、昼から飯を食べ損ねたままだった。自覚した途端に食欲も沸いてくる。
あんなに疲れていたはずなのに、こいつの陽気に引き摺られて、いつの間にか体も少し軽くなっていた。
「――そうだな。食うか」
誕生日パーティーなんて柄じゃねえけれど、たまには誘いに乗ってやるのも悪くない。
珍しく素直にグラスを取った俺に、向かいの相棒もぱあっと笑顔を輝かせた。
ワインをついで、グラスを掲げる。
「誕生日、おっめでとー!」
「恥ずいわ馬鹿」
口ではいつものように毒づいて、グラスを鳴らして乾杯した。
一口飲み干して、ふと疑問が浮かぶ。
「そう云えば、おまえこそ、歳いくつなんだ?」
「えっ今それ聞くの? そこはミステリアスなままで良くない?」
「勝手に免許証見た奴がそれ言うか?」
「ノ、ノーコメントで!」
二人で騒いで酒を煽る。
ずっと独りの仕事だったけれど、こうして笑う相棒が居るのも良いもんだ。
ま、吸血鬼で不老のじーさんだけど。
いつかこいつの誕生日も暴いてやるか。
(2024/05/17 title:036 真夜中)