ヒロ

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中学最後に応募した作品展で、俺が描いた絵が入賞した。

表彰後、入賞者の絵は市内のショッピングモールで飾られると聞かされて。
いつもならそんな展示に興味はないけれど。
同世代の他の人たちは、一体どんな絵を描いたのか。
気紛れに、何故だかふと気になって。
家族との買い物ついでに、展示会場へもふらりと立ち寄った。
その時だ。
俺の隣に飾られた君の絵に、思わず目を奪われたのは。
黄色に緑という優しい色使いは、俺と同じテーマのはずなのにまた違う雰囲気で。
こんな描き方もあったのか、と目から鱗ですっかり魅せられた。

その絵を描いた女の子の名前は印象深く覚えていて。
季節は巡って受験も終わり、無事に入学した高校での初日。
昇降口に貼り出されたクラス分け一覧の中に、あの子の名前を見付けたときはとても驚いた。
残念ながら、彼女と俺は違うクラスで。
同姓同名の別人の可能性も考えると、わざわざ声をかける勇気は出せなかった。
入部した美術部にも彼女は現れなかったから、ただ同じ名前の人違いかも、と。その時は接点を持つ機会を諦めた。

それでも、やっぱり。
彼女の存在は何となくずっと気にかかり。
高校ではもう絵を描かないのか、とか。
趣味と部活は別にしたいのかも、だとかの勝手な想像は膨らんで。
一度は知り合いに尋ねて、彼女がどの子か教えてもらったりもしたけれど。
廊下からちらりと覗いた件の彼女は、遠目にも分かるほどに大人しそうな女の子で。
俺なんかがうっかり勢いで声をかけでもしたら怖がらせてしまいそうな印象に、結局話しかけることはしなかった。
そんな感じに踏ん切りのつかない思いを何度か繰り返して。
彼女のことを頭の片隅に残したまま、そうこうしている内に季節は移り変わって秋となった。

俺が入った美術部は、あまり活発な活動はしておらず。
そもそも、四月に入部した時点で部員は三年生しか残っていなかったのだ。
受験を控えた先輩たちは殆ど部活には顔を出さない上に、悲しいことに俺以外の新入部員も入らなかったから、放課後はほぼ一人でひたすら絵を描く毎日。
おかげで文化祭を飾る作品の数には困らなかったけれど、流石に俺一人で展示スペースの切り盛りは出来なくて。
仕方がないから先輩たちと相談して、当日は交代の当番制で会場の番をすることで落ち着いた。
先輩たちの絵はほんの少しで、残りの殆どが俺が描いた作品たち。
先輩たちにも許可を得て、俺の作風に合わせて、宇宙空間のような装いに飾り付けたスペースはまるで俺の個展会場のような様相で。
作品もデコレーションも満足のいく仕上がりとなり、文化祭当日がちょっと楽しみになっていた。

ただし、そうは言っても。美術部員の数からもお察しのように、この高校の生徒は美術分野への関心は薄いようで。
ある程度予想出来ていたとは云え、美術部のスペースを訪れる人数はとても少なかった。
先輩と当番を交代した午後の時間。
展示した作品に悪戯をする者が居ないかを見張りつつ。
時折質問をして来る同級生や先生の相手も一段落して、同じようなやり取りの繰り返しに飽きてあくびが出だした頃、転機が訪れた。
あの、ずっともやもやと気にかかっていた女の子が独りスペースを訪れたんだ。

この間までの臆病はどこへやら。
願ってもない大チャンスに、すぐにでも声をかけようと受付の椅子から腰を浮かせたが、真剣に俺の絵を見て回る彼女の姿に、邪魔をしてはいけないと我に返った。
でも、その我慢も長くは続かなくて。
わざわざ興味を持って展示を見に来てくれたのだから、もう去年の絵の主で確定だろ、とか。
絵のことで何か尋ねてくれやしないだろうか、とか。
うずうずと沸き上がる好奇心を持て余し、会場を一巡りする頃合いを見計らって声をかけてみた。

「気に入ってもらえた?」

しかしながら、早速初手からアプローチを間違えた。
後ろから声をかけたせいもあって、彼女をとても驚かせてしまったようだ。
振り向いた彼女と目が合うのも束の間に、俺を見るなり、みるみる内に顔を真っ赤に縮こまってしまったのだ。

ああ、やってしまったよ。
これじゃあ、折角話しかけたところでゆっくり話も出来やしない。
何かお詫びになるものを、と考えるも、やはり俺から返せるものは絵くらいしか思い浮かばず。
彼女の側を離れて、思い付きのままに受付テーブルの方へと引き返した。
少数だが物販の品として、今回の展示品をポストカード化したものが幾つかある。

「どの絵が気に入ったの?」
簡単に質問を重ねて、彼女の好みを探ってみる。
彼女の焦りも徐々に落ち着いて。
教室をぐるりと見回して、指差しで俺の質問に答えてくれたから、それと同じ絵のポストカードを用意した。
さらさらとペンを動かして、彼女が好きだと答えたキャラクターを描き加える。
吹き出しで「ごめんね」と、謝罪の言葉も忘れずに。
少し迷ったけれど、アルファベットで小さく俺の名前もちゃっかり書き添えた。
それを持って、彼女が待つ壁際まですぐに戻ったんだ。

とっさの思い付きだったけれど、即席のメッセージカードは効果抜群で。
立ち尽くす彼女へ手渡せば、たちまち彼女は顔を綻ばせた。
驚きながらも、嬉しそうに俺とカードを見比べる様に、こちらまで笑顔がこぼれてしまう。
良かった。喜んでもらえたならば何よりだ。
――だからね、うっかり油断してしまったんだ。

「折角なら、描いているところも近くで見させてもらえば良かったな」
彼女の警戒も解けただろう。と、俺まで安堵したところに、そんなぽつりとした呟きが耳に入ったものだから。
「え。いいよ?」
嬉しい一言に、思わずこちらも反応した。
「描いてるところ、見たいんでしょ? 俺、描いてるとき周りの視線とか気にならないから構わないよ。ほら、こっちにどうぞ」
急いで受付の机まで戻り、避けてあった椅子ももう一脚用意して手招きした。

そんなお節介が過ぎたのかな。
さっきまで笑ってくれていたのに、彼女の顔は真っ赤に逆戻り。
「し、失礼しました!」
一言叫んで教室を飛び出した彼女は速かった。
慌ててその後を追うも、既に廊下に彼女の姿は見えなくて。遠くの階段を、バタバタと駆け降りる足音だけが反響していた。
「ま、マジで~」
予想外の展開に戸口にへたりと座り込んだ。
いや、予想外という訳でもないか。
大人しそうな雰囲気は以前から感じ取っていたのだから、このくらいのことは想定しておくべきだったかもしれない。
折角の機会を不意にして、ああすれば良かったなどと今更ながらに後悔の念が渦巻いた。
「どうすっかなあ」
直ぐにでも追いかけたいところだけれど、残念ながら今それは出来ない。
文化祭が終わるまでは、このスペースを離れられないからだ。
だから、次のチャンスは明日以降。
幸い、彼女のクラスは知っている。
ここまで来たら、彼女としっかり話をしたい。
もう俺のことは知ってもらえたのだから、こうなったらあとはもう当たって砕けろだ。

彼女のクラスへ向かったら、まずは何から話そうか。
何度も驚かせてしまった謝罪をして。
そして、今度こそ去年から知りたかったことを聞いてみたい。

ねえ、あの時の絵は君が描いたの?
絵を描くことが好きだったら、美術部に興味はありませんか?
もし。もしも答えがイエスなら、俺は君を歓迎するよ。


(2024/05/29 title:038 「ごめんね」)

5/30/2024, 5:29:58 AM