ヒロ

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5/16/2024, 11:19:09 PM

相手に尽くせるかどうか。
誠心誠意対応できるのか。
そのラインはどこで決まるのか。

「愛があれば何でもできる?」

この問いに二択で答えるならば、それはNOじゃなかろうか。
「愛」など大層な言葉を掲げると、何だかこそばゆくて判断の勢いが鈍る。
けれども、その言葉を分解すれば、そこは自分の寛容さだとか、譲れない逆鱗のポイントだとか。
そういった色んな判定基準をクリアして初めて、実際の行動に移せるものだと私は思う。

分類するのも変な話だが、愛にも種類がある。
身近な人たちに対する家族愛に始まって。友人へ向ける友愛や、職場の同僚や訪れる患者さんに対する博愛や慈愛であったりと、場面場面で様々だ。
愛を向けるその相手が誰かによっても先の質問の答えは変わるだろう。
まあ、この手の問いかけならば、対象は最愛の人に限定されるのだろうけれど。
ぶっちゃけ。さほど相手に愛はなくとも、例えばいざ仕事ともなれば、普段家族にもしないようなことだって出来てしまうこともあるのだから。
最愛の人に限らずとも、似たようなジャッジは無自覚の内に繰り返されているように思う。
そんなことをうだうだ考えてしまうのは、つい昨日、職場であった出来事がちらつくからだろう。

沢山の患者さんと話をしていれば、同じお話でも、要約すれば話はシンプルなのに、自分の頭の中で順序立ててからでないと話せない患者さんもいらっしゃる。
私はそのスピードに合わせて根気よく話を聴けるけど、片やそれが待てずにイライラと態度に出して対応するスタッフも、残念ながら実際にいる。
そこは私と彼女でジャッジのポイントが異なるからだろう。
訪れる全ての患者さんに対して大きな博愛や慈愛の精神を向ける必要は無いし、カスハラのような無理難題に応える必要も勿論ない。

しかしながら、ここは医療機関なので。
患者さん側がマナーを守った上での相談ならば、親身にお話を聴くのは別に構わないのではなかろうか。
ましてや、まだ対応中のところへ端から横槍を入れて、嫌な空気をぶつけて来るのは違うように思う。
イライラは心の内に納めて、もう少し思いやりを持って仕事をすれば良いのに。

話が逸れてしまい申し訳ない。
お題に触発されて、ついつい思い出してしまった。
何れにせよ、相手に心を傾けられるかは場合に依りけり。
その見極めは、間違えないようにしたいものである。


(2024/05/16 title:035 愛があれば何でもできる?)

5/13/2024, 1:05:18 PM

スマホを握りしめ項垂れる。
時刻は朝の六時を回ったところ。
今日こそは、早起きしてお昼のお弁当を作ろうと、いつもより早めに目覚ましまでかけたのに。
ぐっすり寝こけた自分が恨めしい。

念のために補足しておけば、普段通りの時間に起きただけで、決して遅刻するほどの影響が出ている訳ではないのだけれど。
アラームの履歴を見るに、ご丁寧にスヌーズまで解除した形跡も伺えるのが情けない。
おかしいな。そんな記憶はないのだけれど。

ベッドの上で後悔したところで、眠り過ぎて失われた時間が巻き戻る訳でもない。
仕方がない。
悔しいけれど、用意した材料は夕飯のおかずにでも回そうか。
――うん。昨日も同じように諦めたっけ。重ね重ね情けない。
まあ、そもそも連日残業で、疲労が溜まっているのが一番いけないんだろうけれど。
まずは早く帰って来ないとな。
夕飯を食べて、お風呂へ入って。
好きなテレビを見て、早寝早起きでリフレッシュ。
明日こそは、お弁当作りを頑張ろう。


(2024/05/13 title:034 失われた時間)

5/10/2024, 12:26:14 PM

春の象徴の一つとして。
蝶がヒラヒラと舞う様を見て、素直に和める幼い時期も確かにあったのだが。
中学の頃だったろうか。
クラスメイトが放った一言のインパクトが尾を引いて。
それ以来蝶を見かけても、単純に春の訪れだと喜べなくなっている節がある。

「小さいときはさ、蝶だ! 可愛い! て好きだったんだけど」
と、前置きの上で彼女は続けた。
「理科の教材のさ、便覧で見たんだよね。蝶の拡大写真」
「頭とか、顔みたいなところとか。あれ見たらさあ。蝶見ても、もうモスラにしか思えなくって。駄目、もう無理だわ」

もちろん、モスラは蛾がモチーフの怪獣で。蝶とは違うものなのだけれど。
彼女が似ていると言うその言い分も分かるけれども。
おかげでこのかた。蝶が飛んでいる様を見れば、彼女の言葉が呪いのように蘇り。
和む時間は一瞬で、浮わついた気持ちがフリーズする。
凍りついたその後には、モスラやら件の拡大写真が頭を過ってしまい、微笑ましくきゃっきゃと騒げなくなってしまったのが残念だ。
十年以上経った今でさえ。未だにしつこく思い出してしまう辺り、自分には無かった着眼点が衝撃的だったと伺える。
そもそもの言い出しっぺの彼女自身は、そんな発言などもう忘れてしまっているのだろうから悔しいな。
まあ、確かに。
花と同列に並べて愛でる言葉もあるけれど、所詮は蝶とて虫なので。
改めて画像検索してみても、蝶の頭はやっぱりモスラ顔で間違いなく。
これは一生忘れなさそうだ。


(2024/05/10 title:033 モンシロチョウ)

5/8/2024, 9:59:29 AM

高校に入学して初めての文化祭。
お祭りの喧騒を離れて訪れた、美術部の展示スペースにて。
ひっそりと飾られていた、そこに広がる作品群に思わず足を止められた。

黒地をベースに彩られた青に黄色。
時折混じる、白と赤がアクセントとなって光り輝く銀河の海。
そんな宇宙の星々を、可愛らしくデフォルメされたキャラクターたちが巡る冒険譚。
漫画のように台詞や言葉はなくとも、絵本のように雄弁に語りかける世界観に魅入られて、絵の中の宇宙へ吸い込まれたかのようにして私は夢中になった。

「気に入ってもらえた?」

不意に背後から声をかけられて、私は驚いて飛び上がった。
慌てて後ろを振り返れば、口元に手を当てくすくすと笑いをこらえる男の子が一人立っていた。
「びっくりさせてごめんね。これ、俺が描いたんだ。すっごい真面目に見てくれてるから、嬉しくって」
そう言って笑う彼は本当に嬉しそう。
一方の私は、突然の作者登場に頭が追い付かず。
食い入るように眺めていた一部始終を見られていたのかと思うと、恥ずかしくて顔から火が出る思いだった。
何とか気持ちを落ち着かせて、
「色使い、とか、あと、宇宙人が、可愛く、て」
と感想を捻り出したものの。
緊張の追い討ちで、途切れ途切れにロボットのような受け答えになってしまったのが悔やまれる。
ああ、何たる醜態。挙動不審でごめんなさい。

けれども、そんな私の間抜けさは、彼にとっては些細なことだったらしい。
焦る私には気にも留めず、彼は満足そうに微笑んだ。
「ねえ。どの絵が気に入ったの?」
彼に問われるまま少し考えて、私は部屋の隅にある絵を指差した。
指差した先を見届けると、彼は短く「へえ」と相槌を打ち、そのままくるりと背を向けて入り口付近の机まで戻って行く。
その途中。次いで「じゃあ宇宙人は?」と質問を投げかけられ、私もまた同じように絵を差して、「あの丸い子」と返して、遠退く彼を目で追った。
「よし分かった」
彼はペン立てからマジックペンを取り出すと、机の上でさらさらと何かを描き出した。
それはあっという間の出来事で。
一分もしない内にそれを描き上げると、彼は一枚のカードを持って私のところへ帰ってきた。
「はい、どうぞ」
彼が手渡してきたそれは、先ほど私が好きだと指差した絵のポストカード。
裏面には同じく好きだと答えたキャラクターが即興で描かれており、その横には吹き出しで「ごめんね」の四文字と、彼の名前がアルファベットで小さく綴られていた。

「――えっ! い、いいの?」
突然の贈り物にびっくりして、手の中のポストカードと彼を交互に見比べる。
慌てる私が面白いのか。彼は「いいよ」と笑って手を振った。
「折角集中して見てくれていたのに邪魔しちゃったから、そのお詫び。どうぞ、受け取って」
「あ、ありがとう」
改めて受け取ったカードを見返した。
丸い宇宙人が、「ごめんね」とぺこりと頭を下げて謝っている。本当に可愛い。
あんなに早く描けちゃうなんて凄いな。
折角なら、描いているところも近くで見させてもらえば良かった。
なーんて、そんなこと言ったら贅沢かなあ。

「え。いいよ?」
「――え?」
まるで心を読んだかのようなタイミングの言葉に、三度驚いて顔を上げた。
見上げた先には、同じくきょとんとして私を見下ろす彼の顔。
首を傾げて彼は続ける。
「描いてるところ、見たいんでしょ? 俺、描いてるとき周りの視線とか気にならないから構わないよ。ほら、こっちにどうぞ」
そう言って踵を返すと、彼は机の方まで戻って行き、今度は椅子まで用意して私を手招きした。
初めは彼の言っていることが分からなかった私も、次第に状況を理解する。
馬鹿な私はうっかり願望まで口に出していたらしい。
は、恥ずかしい!
「し、失礼しました!」
「え? あ、ちょっと待って!」
彼の制止を振り切って、私は脱兎のごとく美術室から逃げ出した。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!

――その後日。
逃げた私を気にかけて。
美術部の彼が私の教室まで訪ねて来るのを、茹で蛸の私はまだ知る由もない。

絵をきっかけにして知り合って。
お互い初めて恋を知る。
そんな二人の絵描きの、始まりの思い出話。


(2024/05/07 title:032 初恋の日)

5/6/2024, 9:58:37 AM

人間なんて脆いものだ。
転べば血が出るし、大怪我ともなれば簡単に死んでしまう。僕たち吸血鬼の頑丈さに比べたら吹けば飛ぶようなか弱さだ。

それだと云うのに、僕の大家さんときたら人間の癖に無鉄砲で。
拉致されたビルから自力で脱出しようと大暴れ。
見張りの半数をのしたところまでは良かったけれど、大立ち回りした本人も力尽きてそこでダウン。
幸い致命傷こそ少なく済んだから良いものの、探し出して早々、ぐったりと大の字に倒れ込んだ彼を目にしたときは血の気が引く思いだった。
「本当にもう。にんにくも十字架もないのに、びっくりしてこっちが死んじゃうかと思ったよ! あんな無茶はもう絶対にしないで!」
「あ痛っ! 手当てするなら叩くな馬鹿!」
「はいはーい。怪我人は黙っててくださーい」
湿布を貼り付けるついでにもう一発引っ叩けば、傷に響いた彼が小さく呻く。
まったく、こっちの気も知らないで良い気味だ。僕が到着するのが遅れていたら、こうして二人で事務所へ帰ってくることも叶わなかっただろうに。少しは反省してほしい。
「――おまえさ」
「はいはーい。文句は受け付けませーん」
「違う。おまえ、あんなに強かったのかよ」
「へっ?」
てっきり手荒い手当てに対する苦情かと思ったのに。そうではない、急な問いかけに思わず変な声が出た。
弾みで顔を上げると、僕を見下ろす彼と目が合った。からかう訳でもなく、ただ僕を見る。その表情に、続けようとした軽口も引っ込んで、逆に僕の方が黙り込んでしまった。
少しの間があって。ため息を吐いた彼は視線を外し、手当てのために腰かけていたソファーへ深く沈んで背中を預けた。そうしてそのまま天井を仰ぎ見、言葉を続ける。
「さっきさ。助けてくれたとき、おまえ滅茶苦茶強かったじゃん。阿呆のふりして、本当は凄い奴だった訳?」
「あ、阿呆って。酷いこと言うなあ」
相変わらずに口が悪い。それでいて真っ直ぐに疑問をぶつけられ、どう答えて良いか分からずに、お愛想のように苦笑いがこぼれた。
「うーん。凄い、かあ。どうだかなあ」
へらりと笑って曖昧に返す。彼が言うところの阿呆のふり、とやらだ。
そんなつもりは無いのだけれど、実のところ、彼にどこまで話して良いものか迷っているというのも事実である。
首を傾げたまま目を閉じて、遥か昔に閉じた記憶の扉を押し開ける。

実際、凄くはあったのだろう。
力が強く、能力も高い。一族始まって以来の神童などと呼ばれもした。
何かにつけては担ぎ上げられ、延いてはその恩恵を得ようと、周りの者はとかく躍起になったものだ。

けれども、そんな一族の期待にそぐわずに、そもそもの渦中の僕は争いを好まなかった。
力を誇示して脅かすこともなければ、他者を従えることすらしようとしない。誰かを蹴落とすだなんてもってのほか。
おまけに聡く、言葉巧みに傀儡にしようとする悪意を退けては先回り、なかなか皆の思惑通りには進まない。
無理矢理言うことを聞かせようにも、誰も僕には太刀打ち出来ないのだから、事はいつまで経っても堂々巡り。
頑な僕に業を煮やし、いつしか皆の期待と関心は薄れていく。
鳴かぬ鳥に用はない。使えぬ駒は捨てられるのだ。

斯くして皆の反感を買い、一族きっての神童とは過去の話。
僕は一族始まって以来の厄介者に成り下がった。
一部の者は未練がましく僕の力に固執していたが、やがては彼らの煩わしい干渉もなくなって、利用価値のない僕は晴れて自由の身と相成った。

その後は一族を離れて引きこもり。
それにも飽きると、拠点を転々と移しては人と関わって。頃合いを見て、人外の噂が立つ前に引きこもる。
それを幾度と無く繰り返して、永い時を過ごしてきた。
人の成す世は面白い。
僕がのらりくらりとしている間にも、何度も技術革命が巻き起こり。
最近ではスマホの登場に、ネット通販サービスの向上と宅配ロッカーなんてものまで現れて。
お陰さまで、日中に活動の出来ない僕のような者にも優しくて、随分住みやすい時代となってきた。

とりわけ、今の大家の彼と出逢ってからの毎日は楽しくて。
早々に吸血鬼とばれたのは予想外だったものの、その後恐れて僕を敬遠する訳でもなく、寧ろ隠れて住む場所に困った僕を下宿人として招き入れてくれたときは驚いたものだ。
今では僕を仕事の相棒として認めてくれてまでいるのだから、こんなに嬉しいことはない。
まあ、ぶっきらぼうにドライな性格を気取っている彼だから、感謝の気持ちを伝えたところで、素直に受け取ってくれやしないだろうけれどね。

そうして今日。
大切な友を拐われて、流石の僕も頭に血が上ってしまったようだ。
力を使ったのはかなり久しぶりで。
加減が掴めず、人間相手にちょっと大人げなかったかもしれないから、彼が驚いたのも無理はないだろう。
でもまあそこは、先に危害を加えてきたのはあちらさんなので。相応のお仕置きということで勘弁してもらおうか。
長い間ずっと宝の持ち腐れだった僕の力も、彼を助けることに役立ったのならば何よりだ。

「――おい。いい加減、何か喋れよ」
彼の質問にはっきり答えないまま黙りこくり。
終いにはニマニマと声なく笑い出した僕を気味悪がって、渋い顔で彼が眉根を寄せた。
まったく、そんな顔をして。
内心、答えにくい質問をしてしまったのか、などと考えて後悔しているのだろう。
本当、僕と似てお人好しなんだから。
「うふふふふ。まあ、いざとなればまた僕が助けてあげるけれど。でもね、今日みたいな無茶は二度としないでよ!」
「言われなくても、あんなヘマはもうしねーよ」
「本当に~?」
彼の言葉をからかって、手当ての仕上げにくるくると包帯を巻いていく。

僕は吸血鬼で、君は人間。
寿命の違いはもう仕方の無いことだけれど。
頼むから、あんまりハラハラさせないでね。
僕の大事な大家さん。


(2024/05/05 title:031 君と出逢って)

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